山海塾、あるいは沈黙との対話から見出される真理[お勧めピックアップ!]
文・岩城京子(フリーランス・ライター)


 東京という名のメトロポリスではすべてがそろう。国際的大企業も巨大歓楽街もレストランも美術館も劇場も。すべてのインフラが完璧に整えられ人々は24時間365日、休むことなく活動しつづけられる。だが、この街にはひとつだけ大きなものが欠けている。それは目に見えないものであり、満目騒音の世界に暮らしていては意識さえできないもの。つまりこの街には「沈黙」という名の必要物が欠けているのだ。沈黙がどれほど人間にとって不可欠な養分なのか。それはこの無音の力強さを実地に体感した者しか理解できない。というのも現代情報社会に生きる多くの人々は、効率性・利便性・即効性といった側面からコミュニケーションと向かい合わざるをえず、次から次に流れ込んでくるベルトコンベアー上の情報に対処することに必死だから。その情報の放流があるとき途絶えると、とたんに不安に駆られ、その貴重な沈黙の時間をたわいのない言葉や行動で埋めようとしてしまうのだ。

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しかしいったん勇気を持って、この強迫観念的な「活動中毒」に対する考えを捨ててみる。そして、ゆったりと沈黙のなかに身をゆだねてみる。すると、外の情報に向けていた目が、おのずと内に向かうようになり、それまでとは明らかに異なる風景が見えてくる。思索的に内に向かうことで、余剰な夾雑物が自分の心から洗い落とされ、心の底からなしたいことや考えたいことがシンプルに浮かび上がってくるのだ。これは飲み会ではしゃぐことや、ショッピングに興ずることや、株式投資で大金を稼ぐこと以上に、喜びに満ちた体験だといえる。沈黙と対話することで見えてくる真理――、自分の価値観がくっきりと見えてくることほど人生が十全たる意義に満ちあふれることはない。

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『時のなかの時―とき』(C)Sankai Juku

では、そんな有意義な沈黙をこの巨大都市のどこで得ることができるのか。筆者が薦めたいひとつの方法は、山海塾の舞台と向きあうことだ。世界43カ国で活躍を続けるこの国際的舞踏カンパニーの舞台には、筆舌に尽くしがたい美しい沈黙がある。まるで最小限の言葉で最大の哲学を語るような。シンプルでいて力強い思考時間がそこには流れている。だから彼らの舞台に臨むと、人はおのずと日常の世俗的な思考――今日の夕飯のおかずはどうしようだの、明日の会議の資料をそろえなきゃだの、から切り離され生死・時間・宇宙といった茫洋たる思索の海に身を浸らすことができるようになる。そしてそこから顧みて、自分の人生の意味を問いただすことができるのだ。人生を顧みるなんて十代の若者じゃあるまいし青臭い、と顔を赤らめる人もおられるだろう。けれど、たまには自分の価値観を触発し押し広げ浄化してくれるようなこうしたアート作品に触れることは、人として視野狭窄な状態に陥らないためにも必要な行為であるように思える。そう考えると議論し哲学し思索することを愛するフランス人が、山海塾を四半世紀以上にわたり評価しつづけてきたことにも納得がいく。

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『時のなかの時―とき』(C)Sankai Juku

山海塾の演出・振り付け・デザインを一手に引き受ける天児牛大は、自身の創作の原点に関して、かつてインタビューで次のようなことを語ってくれた。以下のような平易な質問が、平易であるがゆえに、絶対的な解を得ることなく常に天児の鋭い創作衝動を刺激しつづけているというのだ。

 生死とは何か。
 時間とは何か。
 身体とは何か。

これらは古代哲学の時代から現在に至るまで、洋の東西を問わず人間がつねに考えつづけてきた命題だ。そして普遍的な問いであるがゆえに、いまだ老若男女の誰をも惹きつける力強さを持っている。山海塾の舞台ではこうした始原的な問いを、幽玄な舞、無駄のない美術、叙情的な音楽などを通して観客に投げかける。そして舞台と客席とのあいだにダイアローグのブリッジを築き上げる。一方的に舞台上から哲学を押しつけることはない。彼らは彼ら独特のエナジーレベルの高い沈黙のなかで、観客個々の能動的な思考を押し広げていくのだ。

今回の2年半ぶりとなる日本ツアーでは、『かがみの隠喩の彼方へ―かげみ』『時のなかの時―とき』そして今年5月にパリ市立劇場でワールドプレミアを迎えたばかりの『降りくるもののなかで―とばり』の3作を上演する。それぞれに焦点をあてているテーマは少しずつ異なるものの、上記にあげた、生死・時間・身体という普遍的な問いはすべての作品から丁寧にあぶり出されてくる。

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『降りくるもののなかで―とばり』 (C)Sankai Juku

特に最新作となる『とばり』では、生死や時間に対する「なぜ」を宇宙規模にまで拡張。茫洋たる宇宙のなかでちっぽけな人間が誕生し、喜びも哀しみも、光も闇も、夏も冬も、とどまることのない時間のなかでほぼ同等に享受し、いつか訪れる宇宙の終焉に向けて果敢な前進をつづける生命体の姿が描かれる。すでに30年という長き歴史をもつ山海塾だが、フランスの全国紙ル・モンドが『とばり』に関して「この心癒される哲学的な作品に観客は思わず見入ってしまう」と賞賛するように、山海塾の、観客の深い思索を促すスタイルはいまだ力を失うことはない。今年の秋はテレビやケータイやiPodによってもたらされる狂騒的な情報の渦から数時間抜け出して、沈黙の思索のときに、ゆったりと向かい合ってみてはどうだろうか。

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『降りくるもののなかで―とばり』 (C)Sankai Juku


>>チケットの詳細・申込み

山海塾 08/10/1〜08/10/5 世田谷パブリックシアター (東京都)
(新作)『降りくるもののなかで−とばり』
http://sort.eplus.jp/sys/T1U14P006001P0050001P002001588P0030023

山海塾 08/10/10〜08/10/13 世田谷パブリックシアター (東京都)
『時のなかの時−とき』
http://sort.eplus.jp/sys/T1U14P006001P0050001P002001588P0030024

山海塾 08/10/25 グリーンホール相模大野 大ホール (神奈川県)
『かがみの隠喩の彼方へ−かげみ』
http://sort.eplus.jp/sys/T1U14P006001P0050001P002001588P0030025

山海塾 08/9/20〜08/9/21 北九州芸術劇場 中劇場(リバーウォーク北九州6F) (福岡県)
(新作)『降りくるもののなかで−とばり』
http://sort.eplus.jp/sys/T1U14P006001P0050001P002001588P0030022

山海塾 08/9/27〜08/9/28
びわ湖ホール 中ホール (滋賀県)
『時のなかの時―とき』
http://sort.eplus.jp/sys/T1U14P006001P0050001P002001588P0030021

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