フィリップ・リドリー作品『ガラスの葉』に取り組む演出家、白井晃にインタビュー![インタビュー]

 役者業のみならず、演出家として精力的に活動している白井晃。彼が、2002年の『ピッチフォーク・ディズニー』、2003年の『宇宙でいちばん速い時計』に続き、フィリップ・リドリー作品に取り組むことになった。『ガラスの葉』は、萩原聖人、田中圭扮する兄弟を中心に、銀粉蝶演じる彼らの母、平岩紙演じる兄嫁との関係を繊細に描いていく家族の物語だ。家族というものの在り方を誰もが考えさせられる、悲しくも美しい作品となる。リドリー作品に思い入れも深い白井に、どんな舞台になりそうか語ってもらった。

お互いに触れてはいけないものを抱えたまま均衡を保っている家族の物語です

――白井さんがフィリップ・リドリー作品に取り組まれるのは3作品目ですね。リドリー作品のどういうところに魅力を感じられていますか。

 リドリーの人を見る目というものが、すごく興味深いんですよね。過去にやった2作品に関しては人間が自分を守るためには、時として凶暴になったりする人間の本質というか動物性みたいなものを突きつけられるような作品でした。それをどこかおとぎ話のような世界の中で物語を作っていくので、そこが何とも面白いんです。グロテスクなファンタジーというかね。でも、そこにいつもあるのが切なさ。人というものはなぜこんなにも、自分を侵害するものを拒絶し、それでも生きていこうとするのか。その切なさが、リドリー作品の魅力だと思います。

――そのリドリー作品の中から、今回『ガラスの葉』を選んだ理由は。

 過去やった2作品やその他の作品と違って、『ガラスの葉』は非常に柔らかい作品なんですね。僕はほぼ、彼と同年代の人間なんですが、リドリーの心境が今ここにきてるんだな、ということをすごく感じまして。家族で一つ屋根の下に住んでいても、触れてはいけない部分というものはある。それを知りつつ、みんな共に生きている。家族ですら、自分を守るための被膜を作りながら生きているという感じがあって。

――家族同士であっても本音でぶつかりあうことはない、ということですか。

 そう。この作品に出てくる家族も、息子は本音でぶつかりあおうとするんだけれども、母親は「クッキー食べなさい」って話をそらすんです。でもこれって今の日本の家族でも、どこでもあることだと思うし。本音を言ってしまったら、そこで爆発して壊れてしまう。本音で話し合っても解決できないどころか、腹を割って話したがゆえに全部ダメになってしまうことがある。

――壊れてしまうのがわかっているから、みんな隠している。

 隠して触れないってことが、生きていくための最高の術ということもあるんだというね。もう今、自分の中で本当にこの作品がいとおしくてしょうがなくて。

――切ないお話なんですね。

 萩原くんと田中くんが演じる兄弟のお父さんは亡くなっていて、その死には秘密があり、お父さんとお母さんの間にも秘密がある。その秘密を息子たちは少しだけ知っている。そして兄の奥さんも、自分のだんなの持っている闇みたいなものを感じているんだけど、そこには触れられずにいる。そこに新しい生命が生まれてくることになり、その状態が延々繰り返されていくかもしれないことを予期させる部分もあって、この関係ってなんだか、卵の硬い殻をとっちゃって薄い被膜だけで白身と黄身がぶよぶよと包まれている状態のような。まあ、そんなことはなかなかできない状態だけど(笑)。

――ちょっとでも傷がつくと。

 ぐちょんって、潰れちゃう。でも今はギリギリ均衡を保っているという、そういう感じ。これって日本でもありえる関係だと思うんですよ。たとえばお父さんが浮気をしているとして、誰もがそのことを知っているんだけど、お母さんは息子たちにそのことを言えない。子供たちも実は知っているんだけど、お父さんが帰ってきても、そのことを家族で話題にはできない。

――それでなんとか均衡を保っている家族も、たくさんある。

 「それはそれでしょうがないんだよ」っていうのが、リドリーの視線のような気がするんです。積極的に肯定しているわけではないんだけどね。そうやってひとりひとりが薄皮一枚のところで自分を保とうとしているのだから、そこを無理に解決しようとするとむしろ壊れてしまうこともあるんだよ、というね。その切なさを知ってる目線がある。そういうとき、ひとつの正義みたいなものや理念や真理をふりかざしたところで、壊れてしまうだけなんですよね。ある意味、一つの理念で家族4人が全員疑問を持たずに「そうだね」って言ってる状態のほうがかえって気持ちが悪いですよ。

――それはそれで、ありえない。

 お互いがバラバラで、触れちゃいけないところがあるのをみんなわかっていながら、その均衡を保っているほうが実は人間らしい。それでいいんじゃないのかなって思えてくるんですよ。

僕の中では本当に切なくて優しい、とてもいい作品になる予感がしています

――今回の出演者4人をキャスティングしたいきさつを教えていただけますか。

 萩原くんとはリドリー作品を一緒にやるのが2回目なんですね。前回の『ピッチフォーク〜』ではナイーブな問題を抱えている少年の役だったんですが。あれから10年近くたってますし、今度はもっと大人の役というか、弟のナイーブさを逆に上から見ている立場の兄の役をやってもらおうと思ったんです。

――前回とは違う方向からアプローチする役で、と。

 そうですね、真逆といってもいいくらいの役です。圭くんと舞台をやるのは僕は2回目で、彼には舞台役者としてもとても期待しているので、今回はこのナイーブな弟役をやってほしくて。前回ご一緒した『偶然の音楽』では少年の役だったんですが、これがすごく良かったんですよ。だからまたぜひ近いうちに一緒にやりたいと思っていたので、今回はとてもいい巡り合わせだなという気がしています。

――では白井さんにとっては、まさにベストなキャスティングなんですね。

 それに加えて、僕はリドリー作品に母親や不思議な年輩の女性が出てくると、いつも必ず銀さんの顔が浮かぶんですよ。母親になってしまった女性の切なさとか悲しみが出せる方のような気がしていて。母親にあるのは優しさとか包容力だけではないじゃないですか。その一方で、子供の父親になる悲しさっていうのもあって。自分の遺伝子を継いだ生命が誕生するという意味での喜びはあるんだけど、でも同時に自分と同じ悲しみや苦しみも受け継がせなければならない。そういう切なさもすごく感じるんです、この作品には。ここにはもうひとり、大きな要素として父親の存在があって。

――舞台に、登場はしないけど。

 ええ。その父の遺伝子をこの息子たち二人は受け継いでいくわけですしね。その息子にも、またさらにそれを受け継ぐ子供が宿る。だから、そういった意味では重要な登場人物は6人なんです。

――そして、兄嫁を演じるのが大人計画の平岩さんというのも少し意外な感じがしました。

 平岩さんはとても魅力的な女優さんだと、僕は前から思っていたんです。もちろん大人計画ではちょっと素っ頓狂な面白いキャラクターもやられていますが、実は端正な立ち居振る舞いも含めて、僕みたいなこういう作品を作る人間とも組んでみたら新しい魅力が出て面白いんじゃないかなぁと思いまして。この兄嫁はぽわんとしているというよりも、わりとしっかりしている役なので、平岩さんがどういうふうに演じてくれるか僕自身も楽しみなんです。

――現時点で一番楽しみにしていることというと、どういうことですか。

 僕の中では本当に切なくて優しい、とてもいい作品になる予感がしているんです。出演者たちとそれを共有できて、見てくれた人たちにも静かにこのお芝居の情感というものが伝わってくれたらいいなあ、と。こんなこと作り手が言うのもなんなんだけど、演出プランを考えながら台本を読んでいると、切なくて切なくて。もう、泣いちゃいそうみたいな感じなんですよ(笑)。

――演出家自らが泣いちゃうというのは、珍しいかもしれないですね(笑)。

 でも言ってみれば、その泣いちゃいそうって気持ちをお客さんにちゃんと伝えたいなと思うんです。自分はなぜこの作品を読んで泣きそうになっちゃうのかってところをね。この作品は誰もがきっと、自分の家族史とか個人史の中に移行して思い出せるようなことがたくさんあるはずですし。

――では最後に、お客様にお誘いのメッセージをいただけますか。

 どこにでもある家族の話ですが、その家族の間に触れてはいけない秘密があって。それに触れてしまった瞬間に、大きな波紋ができてしまうわけです。そんな彼らの姿を観ながら、みなさんも自分のことや家族のことを考えてもらえるような、とても切ない、でも美しい、優しいお芝居です。ぜひ観に来てください!




2010-08-01 10:30 この記事だけ表示