演出・蜷川幸雄の傑作ギリシャ悲劇『トロイアの女たち』。主演の白石加代子さんにインタビュー![インタビュー]

激しい戦争が終わり、廃墟となったトロイアの地に響く女たちの悲痛な嘆き――。
演出家・蜷川幸雄がこのたび世界に問う「トロイアの女たち」は、この傑作ギリシャ悲劇を、日本人俳優、イスラエル国籍のユダヤ系、アラブ系俳優たちと共に創り上げ、日本、次いでイスラエル・テルアビブで上演しようという意欲的な試みだ。俳優たちはそれぞれ、日本語、ヘブライ語、アラビア語でセリフを交わすこととなる。主役のヘカベを演じる白石加代子が、作品について大いに語ってくれた。



白石加代子さんにインタビュー!

――今回の公演に参加を決めた理由からおうかがいできますか。

 前に一度、劇団(「早稲田小劇場」)時代に一度「トロイアの女」でヘカベを演じた経験があるんです。だから今回はどんな風に新しく創っていかれるかという興味がまずありましたね。この作品では、半分くらい、ヘカベが一人で長ゼリフをしゃべっているんです。息子を奪ったヘレネに対する憎しみであるとか、孫が殺されたことに対する悲しみや恨みなんかをつらつらと、彼女が全部説明するんですね。そんな役どころですから、女優にとっては何度でも挑戦したいという感じなんです。汲んでも汲んでも尽きせぬ魅力がヘカベにはあるなと思います。ギリシャ悲劇には、例えば子殺しのメディアであるとか、夫殺しのクリュタイムネーストラーであるとか、主役、あるいは主役を張れるような強い女がたくさん出てくるんです。他のジャンルの戯曲を見てみても、なかなか女が主役の作品ってないですよね。ここまで強い女って、今見つけるとすれば、例えば犯罪者くらいなものかしらね。

 以前ヘカベを演じたときは、松平千秋さんの訳だったんです。日常的な言葉を排除して、韻を踏んで連なっていく名訳で。今回は山形治江さんの翻訳なんですが、日常語を駆使してどれだけギリシャ悲劇を語れるかというところに挑戦なさっていて、まったく新しい戯曲に取り組むような感じで、今苦心してセリフを覚えているところです。華やかに歌い上げるところは歌い上げつつ、日常語でわかりやすく、お客さまにとっては、そんなところも魅力なのではないかなと思っています。
 セリフを読んでいて感じるのは、ヘカベは一瞬、物語の中から出たり入ったりしているところもあるんですよね。狂言回し的なところもあるし、作者のエウリピデス自身の思い入れが出ているところが感じられたりもしますね。

――来日されたイスラエル系、アラブ系の俳優の方たちとのワークショップを行なわれたそうですが、どのような経験でしたか。

 お互いの身体の感じ方や動かし方、また、それぞれの国の言葉でセリフをしゃべったときの聞こえ方などの印象を通じてお互い知り合っていくためのワークショップで、蜷川さんも見守ってくれてました。あらゆる経験がまったく異なる三つの文化圏から集まった者同士というおもしろさもありましたし、そこに私一人、「トロイアの女」に出演経験のある人間が加わるということで、とても特殊な公演になるなという気がしましたね。役者さんたちはお互い、ある種のいがみ合いがある文化圏からの参加で、ワークショップ中に言い合いになったりということもあったらしいです。けれども、人間同士ですから、例えばワークショップでお互いの肉体をさわり合ったり動かしたりしていくうちに、人間としてのあたたかいものが不思議と流れていくんですよね。無視し合って遠くにいるより、近くにいていがみ合う方がいい、身体同士ぶつかり合う方がいい、そう思いましたね。

 私が所属していた劇団は、外国に行って公演をしたり、外国の方と一緒に公演をしたりということに対して非常に開かれていた集団でしたし、私も以前、アメリカの役者たちとギリシャ悲劇を立ち上げるという経験をしているんですね。お互いの言葉でセリフを丁々発止でやりとりするという感じで。日本人同士でも役者はやはりお互い手探りというところがありますが、外国の方相手だとそこにもう一つ壁が加わる感じかな。でも、呼吸さえわかれば大丈夫という自信があるんですね。もう45年も役者をやってきていますので、長い間の積み重ねの中で、相手の呼吸を感じやすいように訓練されてきたところもあると思いますし。ギリシャ悲劇だとお話をご存じの方も多いし、半分くらい私が説明でしゃべっているので、そこから相手の方の言葉を読み取っていただくのも、お客様にとっては簡単だと思います。

――「白石さんはどのようにこの言葉を発されるのだろう」と、戯曲を読みながら非常に楽しみにしているのですが、とりわけギリシャ悲劇のセリフのような言葉を発される際、白石さんは一種トランス状態に入られているように思えて、それを観て聞いている方も大いに気持ちよさを感じるということがあると思うんです。こういったセリフを語られる醍醐味はどんなところにあるのでしょうか。何かが降りてきたりといったことを感じられたりするのでしょうか。

 ないのよ、そんな人じゃないもの(笑)。普段はただの、のんきおばさんなんだから(笑)。“狂気女優”とか、“情念の女優”とか、“憑依女優”とか、そんな風に言われることが多くて、でも決していやじゃないんですよ。そんな風に見て下さっているんだなと思いますし。でも、普段の私は憑依から非常に遠いところにある人だし、そういった状態を演じているときはとても醒めてるんですね。
 こういったセリフをしゃべる上では、身体の重心、中心がどこにあるのか常に意識して、手先だけの演技をしないとか、大地と自分との関係をいつも測りながらやっているという感じですね。腰を上下させないような訓練もしてきましたし。あとは声の出し方の訓練ですね。セリフを、日常的な上下をしないようにしゃべる。華やかなテンションの高い言葉と、日常的な言葉とが両方入っているところに、今回の山形さんの訳に取り組む難しさもあるなと思いますが。

 狂気や憑依の状態を演じる上では、その瞬間、自分が押さえていなくてはいけないポイントを全部押さえているんです。非常にたくさん稽古を積み上げたあと、やっとそこにたどり着くわけなんですが。日々演じていく上では役者は再構築ということをしなくてはいけない。声はこのあたりから出して、ここでこのレベルに持っていってなどということが、全部頭の中にあって、何回も何回も稽古するうちに、声も身体も意識も、全部の押さえどころを考えることなく押さえることができて、そうして、イメージしていた地点に行けるという感じで。その上で、毎日同じことをやっているとまず自分が飽きてしまうので、鮮度を保つためにどうすればいいかということがあって、そのために準備しなければならないこともたくさんあるし。だから、ただ狂った状態になればいいというのとは全然違うんですよね。

――非常に知的な作業の積み重ねでいらっしゃるんですね。

 役者さんは皆さんそういった作業をされてると思うんです。ただ、私は特殊な役がとりわけ多かったですよね。狂気、憑依、夫を殺す女、男、神の役もやりましたし。普通の役だともう誰もおもしろがってくれないものね(笑)。そういう意味ではおもしろい役を本当にたくさんやらせていただいていて、その中から、狂気や憑依のイメージもたくさんためこんできたものがあるなと思いますね。
 若いときは、自分に近い役って難しいなと思っていたのね。日常の自分が舞台に出てもどうにもならない、表現でないとだめなわけだから、そういう役はやりたくないなと思っていたんです。でも、歳をとってからは、日常の自分のどういうところを利用すればいいのかもわかってきましたし、「百物語」シリーズではのんきなおばさんの役もずいぶんやらせていただいていますね。

――蜷川さんとのお仕事についておうかがいできますか。

 稽古の初日に本番通りの装置が稽古場にあるということは、役者にしたら大変なことなんです。自分の方でも、それくらいのものを稽古初日からお見せしないといけないということですし、セリフを入れていかないと稽古にならない。その一方で、こういう世界なんだ、こういう中で動けるんだということが稽古初日からわかっているというのは、本当にありがたいことでもあるんですよね。だから蜷川さんにあふあふ言って追いついていかないとという感じで。
 ちょっと世代が近いからか、蜷川さん、私には、他の人より優しくしてくれてる気もするんですね。こんなこと言って、急に厳しくなっちゃったらいやだけど、まだ私には灰皿は飛んできてない(笑)。でも、私がいた劇団ではよく椅子が飛んできてたから(笑)。うまいですよ、私、椅子よけるの。手を出したりしてよけるとケガするのね、あれ。ここ(と、胸を指す)で受けるとケガしないのよね(笑)。そっちがそれくらいするならこっちもこう対処します! っていうところを見せなきゃだめなのよ、演出家との闘いなんだから。ただ椅子がとんでくる一方じゃ、悔しいものね。でも、役者も商売道具ですから、演出家もケガさせないようにうまく投げてるものなのよね。それに、そうやって役者を追い込んでもくれてるわけだから。椅子を投げられて、あ、そうか、ってわかることもあったし。

――イスラエル系、アラブ系の方が参加される今回の公演は、テルアビブでの公演も予定されています。

 ワークショップをやっていても、皆さん、人見知りされないんですね。日本人とはちょっと違う感覚があって。私たちとも打ち解けようとするのに、どうして、いや、だからこそ、互いにいがみ合うのかな、宗教のことが大きいのかな…なんて考えたりして。蜷川さんの中には、この問題を素通りしたくないというお考えがあるんだと思うんです。だから、今回、手伝ってくれとお話があって、お受けした以上、私も蜷川さんの後ろから見つめてみたいなという気持ちがあって。21世紀になってもまだ、こんな風に各地で戦争、紛争がある、それもまた現実なんですよね。取材されている方みたいな勇気はなくて、役者は板の上で踏ん張るだけですけれども。

 演劇においては、スト―リーが語られていくわけだけれども、ちゃんとできた作品の背後には、それ以上の何かが見えるはずだと思うんです。役者も内面をさらけ出して、お客様にお見せするんだし。ストーリーとは別に、役者の身体性や、その作品にどのくらいの姿勢で関わっているかが見える。お客様ってすごくいい目をしていらっしゃるわけだから。そういう意味では、役者として頑張らなきゃいけないなと思いますね。
 今回、宝塚の元トップスターの和央ようかさんがヘレネを演じられますが、「ドラキュラ」のDVDを拝見したんだけれども、立ち姿が魅力的な方だなと思って。ヘレネって、トロイア戦争を引き起こすほどの絶世の美女でしょう。前に劇団でやったときは、配役が難しいからって言って、カットしちゃったのね(笑)。国を滅ぼすほどの美しさというと、単なる美形とかそういうことではなくて、立ち姿の美しさ、オーラのようなものではないかなと思っているので、ヘレネをどんな立ち姿で見せてくださるのか、非常に楽しみにしているんです。

[取材・文=藤本真由(舞台評論家)]
〔インタビュー写真/平田貴章〕

公演概要

『トロイアの女たち』

<公演日程・会場>
2012/12/11(火)〜12/20(木) 東京芸術劇場 プレイハウス (東京都)

<キャスト&スタッフ>
作・演出作:エウリピデス
演出:蜷川幸雄
出演:白石加代子、和央ようか、ほか日本人俳優+イスラエルのユダヤ系、アラブ系俳優




2012-11-07 12:41 この記事だけ表示
 
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