憎めない悪漢・杉の市の壮絶な生き様が軽妙に、そして残酷に描かれる井上ひさし作、野村萬斎主演の傑作舞台『藪原検校』が3年ぶりに再演中![公演情報]

 2012年に“井上ひさし生誕77フェスティバル"の一環として上演された栗山民也演出、野村萬斎主演版の『藪原検校』が3年ぶりに待望の再演を果たし、2/23から世田谷パブリックシアターで上演中だ。その初日の舞台を観た。

どれだけ悪の限りを尽くしてもなぜかチャーミングな杉の市を
野村萬斎がそのしなやかな身体表現と圧倒的な存在感で怪演!

 開幕と同時に、通常の芝居の幕開きよりも明らかに長い時間、暗闇に閉ざされる客席。少し不安になってきた時、仄明るい程度の弱めの照明が入り、津軽三味線にも似たもの哀しいギターの旋律が劇場に響き渡る。そこに登場する、盲の“語り部"。人を騙し、殺し、金を奪うことに何の躊躇もない稀代の大悪党、二代目藪原検校こと杉の市の一代記の始まりだ。

 シンプルな舞台上を縦横に区切っているのは目に鮮やかな数本の赤い紐。盲目の座頭たちはこの命綱を頼りに暗闇を歩く。この赤い紐はなんだか、光のようにも血のようにも見えてくる。

 物語は杉の市がこの世に生まれ落ち、波乱万丈な人生を送り、28歳で衝撃の最期を遂げるまでが描かれる。この作品もやはり「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく…」というのが信条だった井上ひさしの作品らしく、残酷で哀しい展開になるにもかかわらず、たくさん笑いながらも様々なことを深く考えさせられ、激しく感情を揺さぶられる上質な悲喜劇となっている。

 因縁めいた出生から、生まれつきの悪党のようにも思えてしまう杉の市を、今回も野村萬斎はそのしなやかな身体表現と圧倒的な存在感で実にチャーミングに演じ切る。血なまぐさい事件を次々と起こしながらも、江戸時代の盲人の最高位である検校の位にまで駆け上がっていく杉の市は、相当な人でなしなのになぜか憎めない存在だ。特に、その杉の市が語る“早物語"(台本上では11ページにもわたる長いもので、リズムに合わせて黒子餅と白子餅の合戦の様子がユーモラスに語られる)の場面は、まさに今作の見どころ、聴きどころのひとつだといえる。

 さらに中越典子、山西惇、辻萬長といった、この再演から参加するキャストもそれぞれに新たな魅力を発揮。中越は凄味さえ感じさせる体当たりの演技で杉の市の“運命の女"ともいえるお市役を熱演し、語り部の盲太夫役の山西は膨大な量のセリフを見事に操り、この物語を軽妙にわかりやすく語ってくれている。そしてこまつ座唯一の所属俳優でもある辻萬長は杉の市に相対する人格者として描かれる塙保己市をその品性溢れる演技で表現し、物語を引き締める。

 また、言葉遊び満載の楽しい歌詞による楽曲がたっぷり盛り込まれていることで陰々滅々にはならず、非常にコミカルな印象が強く残り、むしろこの癖のある悪役が活躍することがだんだん痛快にも思えてくる。人間は、自分が実際に手を染めることがなくてもどこかで“悪"に心魅かれてしまうもの。それが単なる“悪"ではなく、チャーミングであればあるほど、魅かれていく気持ちはもはや止められない。

 それにしても、これほど光と影をくっきりと意識させる芝居は他にないかもしれない。限界まで光量を絞った照明に、音楽はたっぷり使われているとはいえ演奏は千葉伸彦が爪弾くギター一本のみ。実にシンプルな舞台装置。だが静かだからこそ耳に残るセリフ、心に響く歌詞があり、光量が少ないからこそ一瞬の輝きが目に突き刺さるのだ。さらに、クライマックスにはこの照明が少し切り替わることもあって、観客も大衆のひとりとしてこの劇世界に入り込み、衝撃の場面を登場人物たちと共に目撃している気分になる。急に現実感をもはらみながら、ものすごいインパクトを持って胸に迫ってくるこのラストシーン。ぜひ覚悟して、心に刻んでほしい。

[取材・文=田中里津子]
[撮影=谷古宇正彦 (2015年世田谷パブリックシアター) ]

公演概要

「藪原検校」


撮影=谷古宇正彦

<公演日程・会場>
2015/2/23(月)〜3/20(金) 世田谷パブリックシアター (東京都)

<キャスト・スタッフ>
作:井上ひさし 演出:栗山民也
出演:野村萬斎 中越典子 山西 惇 大鷹明良 酒向 芳 春海四方
明星真由美 家塚敦子 山ア 薫 辻 萬長   ギター奏者 千葉伸彦

2015-02-26 19:54 この記事だけ表示