十八代目中村勘三郎襲名披露 松竹大歌舞伎 全国芝居小屋公演 製作発表レポート[製作発表レポート]

昨年3月、歌舞伎座から始まった「十八代目中村勘三郎襲名披露」。3ヶ月にわたる歌舞伎座公演からスタートし、大阪松竹座・名古屋御園座・博多座と続き、本年の7月と9月に全国各地の芝居小屋にて襲名披露公演を行う。
製作発表では、かねてより熱望していたという昔ながらの芝居小屋での公演が実現した喜びと意気込みを、勘三郎が熱っぽく語った。その模様をレポート!

コクーン歌舞伎や平成中村座など、意欲的な取り組みを精力的に続けてきた勘三郎だが、その出発点となったのが、金丸座でのこんぴら歌舞伎だったという。

「最初に金丸座でやった時、お客様の近さや間合いの取り方など、すごく勉強になりました。芝居小屋には、昔から出てる役者さんの魂のようなものがあるので、そういうところで演じられるのはとてもありがたいです」

その金丸座には、十数年ぶりの登場となる。

「芸が少しは良くなったかな、というものをお見せできればと思います。(今回の演目である)『身替座禅』は金丸座でもやったものですが、男が浮気をして帰ってくる場面で、お客様が「俺だったら怖くて帰ってこれねーなー」とおっしゃる声が、舞台が近いので聞こえたんです(笑)。そういう近い感じが非常に面白かったのが懐かしいです。青年団の人たちや、紙ふぶきをいつも切ってくれるおばちゃんに、早く会いたいですね。初期の頃、ボランティアの青年団の方々が、揚幕の開け閉めを自宅のカーテンで練習してくれたことを聞きまして、本当にじーんとする思いでした」

今回は、中村屋の発祥の地である名古屋・中村区にて、高校の体育館の中に「中村座」を構築するという実験的な試みも行われる。
「後ろは開きません(笑)。体育館が壊れちゃう」と笑わせながらも、今回の試みが成功すれば、日本全国、そして外国にも持っていけるシステムになるとのこと。出自の地での「中村座」公演に、ひときわ深い意気込みを見せた。

また、古くから存在する芝居小屋は、近代的な設備の整った劇場とは違うところも多々あり、東座については機構の関係で演目も他とは変えるとのことだが、その違いまでも、勘三郎にとっては「面白い」ことであるよう。

「ちょっと暗いですが、だからこそ、白塗りが映えるし、白塗りにした理由も良く分かります。それに、舞台さえあれば不自由なところでも歌舞伎は出来るんですよ。うちの親父は、中国に慰問に行って、トラックの上で道成寺を踊りましたからね(笑)」

なお、今回、地方の芝居小屋をまわることで、その地域の活性化につながるのでは?という質問に対しては、
「地方の活性化を考えるのは役者一個人がいうのはおこがましいこと。結果的にそうなれば嬉しいし、金丸座もそうでした。でも、金丸座だけで公演をやることで、本当は土地の方々に向けてやりたかったことが、変にブランドになってしまった。自分の思いは、いろいろな人の利害に振り回されるのではなく、ただ土地の方に良い芝居をお見せしたいというところにあります。近郷近在の方にいらしていただきたいし、普通でいたいですなぁ」と、熱っぽく語った。

会見の最後には、襲名披露興行を金丸座で行うことへの特別な思いが語られた。

「うちの親父が最初に金丸座の舞台に立った時、土地の方々が「待ってました、中村屋!」と熱狂して迎えてくれたことに感極まって、泣いちゃってへたりこんだそうです。ですが「来年も絶対に行くぞ!」と言って、心待ちにしていた公演の直前に亡くなりまして。その、来年も行くよと言った勘三郎の名前に私もなりましたので、うちの親父の代わりに、勘三郎という名前で金丸座に行きます」


平成18年に行われる、十八代目襲名披露。
残念ながらイープラスでの芝居小屋公演の取り扱いは、現在のところ予定されていないが、一部の地方会館公演は発売中。残席わずかなため、早めにチェックして欲しい。

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