映画監督であり、大泉洋らTEAM NACSが所属する芸能事務所の社長でもあり、そして企画・構成に携わった人気番組『水曜どうでしょう』(HTB)では“ミスター”として自ら出演もしていた鈴井貴之。彼がまた、新しいことを企んでいるという。“OOPARTS”、かつて彼が結成していた劇団の名前でもあるこのプロジェクトが、この秋からスタートする。一体、どんなことを仕組もうとしているのか、鈴井本人を直撃した。
「OOPARTSプロジェクトは北海道発信なんでね、僕らはあくまで邪道なんです(笑)」
――今回は“OOPARTS”のVol.1ということですが、これが旗揚げ公演になるということでしょうか?
いえ、“OOPARTS”は劇団ではなく、あくまでも僕のソロプロジェクトなんですよ。その第1弾の取り組みが、たまたま演劇であるというだけです。このプロジェクトに関しては今後、可能性は制限せず、この名義で映像を作ったり、もしかしたら音楽や出版みたいなこともやるかもしれないし、極端なことをいうと“OOPARTS”という名前のラーメン屋さんを札幌で出すかもしれません(笑)。そういうところまで含めた枠にとらわれない幅広い活動、と考えていただければと思います。
――このプロジェクトを始動しようと思われたいきさつは。
僕の場合は全国的に知っていただくきっかけになったのが、大泉洋君とやってる『水曜どうでしょう』(HTB)という番組なんですね。そこで僕は“ミスター”と呼ばれておりまして。さらには映画監督としても活動しているのですが、今までに作った作品がたまたま家族を中心軸にしたハートウォーミングな内容のものが多かったので「鈴井さんってそういう人なんですね」というイメージが定着してしまったみたいなんです。すると、ちょっと残酷な、ダークな話を僕がやろうとしたときに「“ミスター”のイメージじゃない」と言われてしまって。かつて僕は北海道で演劇をやっていて、そのころはダークな世界観のものもやっていたし、ラジオも10年くらいやらせていただきましたけど、かなり毒舌だったので、そういう面もあることは北海道では知っている方もいるかと思いますが、だけど全国の方にはどちらかというと“大人しくていい人”というイメージがあるらしい。じゃあ、鈴井貴之という名前で「イメージじゃない」と言われるのであれば、わかりやすく違う名前“OOPARTS”という名前でやらせていただこうかなと思ったわけです。
――今回は場所がライブハウスだったりして、普通のいわゆる演劇とは違う匂いがプンプンするなと思ったんですが。
ちょっと違った演劇をやりたいという思いはありますけど、特に新しい取り組みをしようというわけでもないんですよ。過去の、非常に才能あふれる演劇人がいろんな取り組みを既にしておりますので、僕が今さら新たに提示するものはないです。ただ、今はそういうことはやらなくなったけど昔はやっていたよねっていうようなこと、たとえば寺山修司さんや状況劇場の唐十郎さんたちがやっていたことに近い実験的なことを、今の時代に反映させてやるようなことはあろうかなとは思います。だから、それを知らない人は新しいと思うかもしれないですね。
――実験的なこと、ですか。
ええ。それとOOPARTSプロジェクトは北海道発信なんでね、僕らはあくまで邪道で行きたいと思います。僕の考え方としては王道、正道なことというのは東京が作り上げているものだと思いますので。財力、才能、人材いろんなものが東京にはありますけど、地方にはそういうものが足りない。お金も限られて、優れた人もそんなにはいない、ノウハウもあまり持ってない。そこで正道なことを目標としてやっても到底、東京には及ばない。であれば、僕らは邪道なことをやるしかないですからね。で、今おっしゃっていただいたとおりで、ZEPPでやることでまず面白がっていただけるじゃないですか。これが普通のホールであれば引っかからないと思います。僕らはそういうことをやらなきゃいけないんです(笑)。
「初日、バッキバキに緊張している自分が想像できます」
――映画の現場が舞台になるそうですが、こういう物語にしようと思ったのはなにかきっかけがあったんですか。
これは結局、自分が体験、体感している世界観であり、その中のバックヤードの話なんですね。そこには、表に出せないことって、いろいろあるじゃないですか。それを演劇という完全なる虚構の世界に反映させれば、言えるんじゃないかなと思ったんです。つまり「これはウソですよ」という大前提があるわけなので。
――演劇である、ということで。
だけど、その中に真実もいくつか散りばめていくことによって、もしかしたらそこに観客の推測が生まれ、その物語をどう受け取っていただけるか。それが、僕の興味があるところなんです。ですから観る人によっては「えっ、映画業界ってあんななの?」ってすべて信じ込む人もいれば、一方では「あんなことあるわけないじゃん、現実の世界では」っていうような、両極端の意見が生まれると思う。それに対して僕は、どこまでが本当でどこまでがウソですよとはあえて言いませんし。
――正確なところは、教えない(笑)。
はい。でも、根本的には「演劇はウソです、架空のドラマですから」とは言いますけどね。でもそこには、僕が実際に映画監督であり、タレント事務所の社長でもあるという事実もある。全部、僕が実際にやってきたことなのでね。そういう人間がやるっていうところで、リアリティが出てくると思うんです。だからこそ、観てくださった方に「どこまでがホント?」というようなせめぎ合いが生まれて面白いんじゃないかなと思います。
――今回は個性の強いメンバーが集まりましたが、キャスティングのポイントは?
まず脚本を先に作って、その役柄にあてはめてどういうキャラクターの人がいいかなということで選ばせていただきました。本当にひと癖もふた癖もありそうな、個性的な方ばかりですよね。ひとつの系統に偏らない、てんでバラバラな人たちを集めることによって、どんな相乗効果が生まれるのか、期待値はかなり高いです。
――今回は鈴井さんも役者として出られますが、役者としての面白さとは。
うーん、わからないですねえ。役者として出ると言っちゃったことを今、実は後悔しているんでね(笑)。本当にもう30年近く前になりますけど、舞台に初めて立った時と同じ感覚を得られるんじゃないかと思うんですよ。初日が札幌なんですが、今から想像できますよ、バッキバキに緊張している自分が。「やるって言わなきゃよかったー」って言いながら、情けない感じで楽屋にいるのが想像つく。でもたぶん舞台(イタ)の上にあがったらスイッチがポーンと入って、初日が終わったときには「うわーっ、またヤバイこと始めちゃったなあ、これはクセになるなあ」って思うんじゃないかと思います。
――初日、楽しみですね(笑)。
初日……なければいいのに!(笑) ま、そんなことはありえないですけどね。
――今回のキャストで、緊張している鈴井さんを面白がりそうな方はいらっしゃいますか?
みんな面白がるんじゃないですか?特に増沢望君、彼は20代のころ、札幌の違う劇団だったんですが同じ稽古場をシェアしていたり、テレビとかでもちょっと二人でユニットを組んでコントをやったりしていたこともあるんで。彼だけが唯一、僕が昔、役者だったことを知ってるんですよね。そうだよ、ヤバイなあ、彼は知ってるんだ、僕のすべてを(笑)。とか言いながらも、今回の僕の心のよりどころは彼でもあるんですけどね。
――では最後に、お客様へお誘いのメッセージをお願いします。
地方からの発信で、またなんかちょっとヘンなことをやろうかなとしているので、それに興味を持って下さった方はぜひ!意外とキャストは40代のオッサンが多いので、昔を懐かしんでいただくような年齢の方、僕らと同年代やもっと上の方も「昔はこういう芝居があったよな」とか思っていただいてもいいですし。それと今回、若い方にも来ていただきたいということで、後ろのほうの席にはなってしまうかもしれませんが、学割席というのを設けました。だからちょっと覗いてみようかなという若い方は、それを利用して気軽に観ていただけたらと思います。
〈取材・文/田中里津子〉
〈写真/渡辺マコト〉
ホームグラウンドである歌舞伎で次々と大役に挑む一方で、この秋は蜷川幸雄演出のシェイクスピア作品『じゃじゃ馬馴らし』にヒロイン役で主演するなど、活躍の場を拡げている若手歌舞伎役者・市川亀治郎。彼が8年前に立ち上げた自主公演「亀治郎の会」が、この夏で8回目を迎える。
ナマの舞台の面白さは、一生に一度だけでも味わっていただいて損はないと思うんです。
――なぜ「亀治郎の会」を始めたのですか?
これは要するにリサイタルで、自分のやりたいことをやりたいようにやろうという会です。現在活躍していらっしゃる先輩方もかつては自主公演をやっておられますし、ここでは演者としてだけでなく、プロデューサーとしての眼も養われる。もの作りの勉強ができる場なんです。
――今回の演目のひとつ「義経千本桜」について。
『義経千本桜 四ノ切』は伯父・市川猿之助が選定した猿之助四十八撰≠フ中でも、一番の代表作。澤瀉屋の家の芸ですから、主人公の狐忠信はいずれやるだろうと思っていました。静御前役の中村芝雀さん、義経役の市川染五郎さんをはじめすばらしい共演者に恵まれて、最高の配役で上演できます。
――歌舞伎屈指の人気演目ですが、その魅力はどこにあると思いますか?
子狐の親を慕う純粋な思いが、人間たちの胸を打つ。現代の観客が涙することができる、普遍的な物語であるという点に尽きると思います。歌舞伎というと「よく分からないけど、キレイ」といった見方もあるけど、分からない物語をやってもしょうがないと僕は思う。現代においても理解でき、感動できる物語、そして役者の魅力でも成立するものを目指しています。
――新演出や工夫など、何か暖めているアイデアは?
目的は古典歌舞伎の継承ですから、奇をてらうことなく、あくまで伯父の猿之助の指導通りにやります。新作の歌舞伎に比べて古典が非常に優れているのは、決して古いからじゃない。普遍的な素晴らしいものが詰まっているから、時代に左右されることなく伝えられているんです。古典を学ぶことで、僕ら歌舞伎役者は芸の引き出しを増やし、新作をやる上で必要となる部品を仕入れることができる。そして、澤瀉屋はものを作ることが伝統。その勉強をしようと思ったら、自主公演では古典の継承だけじゃなく、仕入れた部品を組み合わせた新作に取り組まないといけません。
――それが現代劇俳優・福士誠治さんとのコンビで見せる『上州土産百両首』ですね。
牙次郎と正太郎、幼なじみの男ふたりの友情を描いた、心温まる作品です。それに初演は歌舞伎ですが、新国劇や藤山寛美さんといった歌舞伎以外の役者が手掛けることで、新たな生命が宿ってきたということもある。福士くんとは以前ドラマで共演して、「いつか一緒に芝居をやろうね」と話していました。ちょうど正太郎のキャラクターとも合うし、同じドラマで出会った渡辺哲さんも出て下さいます。ただ、福士くんが舞台でどんな演技をするかはまだ僕にも分かりませんから、これは一種の賭け。その意味において楽しみだし、お客さまも楽しみにして下さったらうれしいなぁ。
――キャスティングの決め手は?
やっぱり仲間でひとつのものを作るときはチームワークが大事。このチームワークを前提にキャスティングを考えてゆきます。人柄が第一条件というのは、どんな世界でも一緒でしょ? ちなみにこちらは全くの新演出になりますし、脚本にも手を入れています。
――今回演じられるのはふた役とも立役=男性役で、女形をなさらないんですね。
女形専門と決めたわけではないし。まぁ、うちの家の芸がほとんど立役だっていうのもあるし、歌舞伎は封建制の強い時代に生まれた演劇だから、どうしても女形が主になる作品が少ないんです。
――TVで亀治郎さんを知って、これが初観劇という方も多いかもしれません。
今は芝居のチケットを取って劇場に行くのを面倒に感じてしまうような時代ですが、ナマの舞台の面白さは、一生に一度だけでも味わっていただいて損はないと思うんです。演者と観客が一体となっているその瞬間は、舞台から投げかけられたものを受取るだけじゃなく、お客さんから僕らに投げ返すことができる。それを僕は作品づくりで目指しているので、ぜひ参加≠オてほしいですね。それから「亀治郎の会」の目玉のひとつがプログラム。お陰様でプログラム売り場に大行列ができるほどですからね。舞台以外の要素も大いに楽しんでください。
〈取材・文/山上裕子〉
〈写真/渡辺マコト〉
日本を代表する劇作家のひとり、つかこうへいによる、激しくも哀しい名作『広島に原爆を落とす日』。タイトルからしていかにも刺激的だが、祖国とは、戦争とは、そして人を愛することとは……? といった深く重いテーマをカタルシスたっぷりに、ドラマティックに描いていく、まさに衝撃作だ。
この作品に取り組むのが、今年も映像に舞台にと大活躍中の筧利夫。「つかが書いたセリフを、ぜひとも筧の声で聞きたい」とのファンのアツい想いに応える形での、久しぶりのつか作品への登板となる。しかも『広島に〜』には1982年、1989年以来の3回目の挑戦となる筧。作品への思い入れも、一段と深いようだ。
『広島に〜』は、つかさんの芝居と最初にちゃんと触れあった作品
――『広島に原爆を落とす日』には筧さんは3度目の出演となりますが、これは以前に上演されたバージョンとはまた違うんですか。
それはもちろん、全然変わりますね。今回はつかさんの『広島に原爆を落とす日』の小説の方をもとにして、そのエキスと心意気を残しつつ、解体して演劇に再構成する感じです。
――やはり、作品への思い入れが強そうですね。
そうですね、思い入れはありますよ。僕が、つかさんの芝居と最初にちゃんと触れあった作品ですし。そのときは、つかさんの演出ではなくて劇団☆新感線のいのうえ(ひでのり)さんの演出だったんですけどね。しかも、この作品でいのうえさんとも初めて一緒に芝居をやったんですよ。確かに、記念すべき作品ではありますね。
――2回目の"ペーパーカンパニー"プロデュース公演のときのことは、小劇場界では伝説に残る舞台とよく語り継がれていますが。
本多劇場で3日間だけやってね。珍しくギャラをとっぱらいでもらったことを覚えてるよ(笑)。チラシは、かわぐちかいじさんでさ。よく描いてくれたよね。演出の"市堂起立"は、実はマキノノゾミさんだったんだ。
――改めて、つかさんの芝居ならでは感じる醍醐味とか、面白さとは。
うーん、言葉で言うのがすごく難しいんだよなあ、つかさんの芝居って。あの感覚は、なんて言えばいいんだろうねえ。あの、足し算引き算感というか。たとえばリンゴとモモの半分ずつのモノがぴたーっとくっついて、しかもそれがちょっとズレてる感じを出せるのはね、つかさんの演出じゃないとできないんだよね。音の選び方や、照明の入れ方とか、セリフとかも含めて全部、見事なんですよ。あんな人はね、ほかに見たことがないね。だからまた、今回もつかさんの作品にぶつかり稽古をしていく、という感じですよ。演出は岡村(俊一)くんだから、これはまるっきり新作ということにもなりますしね。
――新作となると、これまでの『広島に〜』と比べてどのへんが変わりそうですか?
もっと物語っぽくなりますよね、きっと。お話としては、わかりやすくなるのかも。アジアの演劇として、ブロードウェイで3年くらいできるような作品になるんじゃないの。岡村くんは、そういう芝居を作るから。つかさんの考え方と精神力を借りて、岡村くんの作り方で岡村ワールドにするという作品になるはずです。
――岡村さんはもう何度も舞台を一緒に作られてきている盟友のような存在だと思いますが、ここで改めて岡村演出の魅力とは?
そうだね、岡村くんのスゴイところはね。「この人とはどこでどう知り合ったんだろう?」という人をカンパニーに連れてくるんだよ。役者とかスタッフとかも含めて。昔からそうなんだ。プロデューサーとして、関西で演劇をやっている学生で人気があるヤツみんな集めて芝居をプロデュースしたりしていたしね。演出的には、とにかく最後にはなんとかする男だね! だから、そのへんはいつも安心してる。僕は性格的にイラチなんでアセっちゃうんだけど、時間がなくても絶対なんとかしてくれる男だからさ。
舞台の仕事が面白いのは、毎日毎日ゼロから始まるところだよね
――今の時点で、山崎という役をどう演じようと思われていますか。
とにかく、まずはセリフをよどみなく覚えて、よどみなくしゃべることがすべてなんですよ。演じるもなにもないです。どういう方向の芝居になるのかなあ。あんまり僕自身は歌って踊ってって芝居ではないという感じはするけど。そうだな、わかりやすく言うと、8月ごろにあるテレビの終戦特番で、ドキュメンタリーと半々になってるようなスペシャルドラマみたいな演劇になるかも(笑)。いや、ともかく本当に、コクーンでやるのにふさわしい方向のお芝居になるんじゃないですかね。きっと、ためにはなると思うな。
――ここのところ、映像のお仕事が多かったようでしたが、今年は舞台への出演も続きます。舞台の仕事の魅力は、どういうところに感じられていますか。
舞台の仕事が面白いのは、毎日毎日ゼロから始まるところだよね。スタッフとキャストがお客さんの様子を見ながら毎日細かく、手を入れて編集していく作業をするのが舞台なので。映画みたいに完全にできあがったものだと、お客さんが沸いているときでも静まっているときでも同じものを見せますけど、お芝居だと音の大きさや間をその場でちょっと変えたりするので。そういう面白さがありますね。バトンリレーやってるようなところがあるんですよ、芝居は。まあ、照明はなかなかその場では変えられないけど、音響さんとは録音の音を使っていても音量の調整をしたりして、意思を合わせられたりするんで。芝居の本番の醍醐味っていうのも、たぶんそこにありますね。
――特に今回、本番に向けて楽しみにしていることは。
演出の岡村くんが新しモノ好きなので、またどんな新しい技術をこの舞台に投入してくるつもりなのかが楽しみですよ。最先端のものを製作費そっちのけで投入するからね。今回もラスベガスで仕入れたネタがあるらしいですよ。マジシャンの人が、今回のステージではどんな新しいネタをやってくれるんだろう?みたいなところがあるんですよね。それは照明かもしれないし舞台装置かもしれないし、まだわからないんだけど。
――では最後に、お客様にメッセージをお願いします。
この夏、ぜひ私と一緒に見えない何かを乗り越えに劇場にいらしてください。私も、みなさんと一緒に乗り越えたいと思います!(笑)

岸谷五朗と寺脇康文による演劇ユニット〔地球ゴージャス〕の11作目『X day』。未だ明かされていないストーリーは「まさに"X"」と悪戯っぽく微笑む二人がこの最新作で挑むのは、6人の俳優(岸谷五朗 寺脇康文 中川晃教 陽月華 藤林美沙 森公美子)だけで繰り広げる濃密な世界だ。前作『星の大地に降る涙』では迫力ある群衆劇でエンターテイメントの爆発力を見せつけてくれた地球ゴージャス。さらなる一歩に向かって創作活動を続けるココロの内を聞いてみた。
基本的にやりたいことをやるのが俺たちの芝居。アタマで考えるんじゃなく、カラダが自然と求めるているモノを大事にしてそこに向かうというか。(岸谷)
──本作の構想はいつ頃からあったんですか?
岸谷 前回公演をやっている頃にはもう「次は少人数の芝居をやろう」っていうのは決まっていて…。
寺脇 ああ、いや、もうちょっと前からあったよね?
岸谷 そうだね。次の芝居、その次の芝居っていうことは常に別の回路として動いてるからね。前回の『星の大地に降る涙』は大人数の群衆芝居でとても地球ゴージャスらしいエンターテイメントでしたし、今後もゴージャスがお客様に見せていきたい芝居の形態だとは思うんですよ。でもそうすると一方でまったく違う系統の芝居にも欲が出て来る。
寺脇 決して戦略を話し合うとか、計算しているというわけではないんですよ。五朗ちゃんがよく「何に飢えてるか」っていうことを言うんだけど、基本的にやりたいことをやるのが俺たちの芝居。アタマで考えるんじゃなく、カラダが自然と求めるているモノを大事にしてそこに向かうというか。前作の『星の大地に降る涙』をひとつの集大成としてやり遂げられた次に求めているのは何? 何に飢えてる?っていう答えがここだったんですよね。
──違う人間同士でそこの感覚が合致するのは素敵ですね。ふたりのバイオリズムがしっかり同調している。
岸谷 まあ、そうなんでしょうねぇ。
寺脇 …ですね。この15年で徐々に大きな劇場でやれるようになってきて、「もっと行きたい!」「もっと行ける!」っていうときは二人でガンガン行きましたし、そこを経て今はまたちょっと人間の感情のほうにグッと入って行きたい気持ちになってるんですね、たぶん。
岸谷 それに、6人でやっても30人、40人でやるエンターテイメントを超えるモノが創れると思うんです。音楽と踊りという肉体表現と共に、ココロの隅っこをくすぐるような芝居を、ね。
──では、キャスティングのポイントと言うと?
岸谷 求めているのはやはり"板の上のエンターテイメント"なので、劇場に立つことを一番の仕事にしている人、オンステージのプロフェッショナルに集まってもらいました。
寺脇 ふたりでまず歌のうまい人、そして浮かれることなく舞台に足がガッチリついている人とやりたいっていうところから始めて…抜群のキャスティングになったと思います。
──現代劇ですか?
岸谷 そうですね。決して飛ばない…いや、ある意味飛んでいるとも言えるけど…。
寺脇 不思議な空間にはなるでしょうね。
──でもやっぱりストーリーは未だ秘密(笑)。
岸谷 そうなんですよ。まさに『Xday』。良かった〜、このタイトルにして(笑)。
俺と五朗ちゃんが25年前に始めて出会った日、これは確実にX day。(岸谷)
──(笑)。『星の〜』では"反戦"が大きなキーワードになっているというお話がありましたが、例えば今回は何かそういった物語の核になるようなコトバはありますか?
岸谷 うーん、ひと言でいうのは難しいですね。『X dax』っていうのは元々は何十年先でしたか、惑星が当たって地球が滅亡しちゃうかもしれないっていう話しがあってそこから取ったんですけど、実際、もの凄い数の星がある中で衝突する確立なんてまずないんですよ。それでふと思ったのは、実は僕らは毎日がx dayなんじゃないかって。僕らが創る芝居もそうだし、今回の6人の俳優が一同に揃うということももうX day。人間にとって誰かと出会うって、一番素敵なことでしょう? それが一生のつき合いにあるか本当にその場だけで終わってしまうのかはわからないけど、そういう"毎日の出会い"みたいなことは一個、テーマではあるのかなぁ。
寺脇 例えば俺と五朗ちゃんが25年前に始めて出会った日なんて、これは確実にX dayでしょうね。
岸谷 あ〜、そうだよねぇ。
寺脇 まだ不良みたいな格好してた五朗ちゃんが稽古場にいてね(笑)、その日僕が(スーパーエキセントリックシアターに)入団してそのまま飲み会に流れて…会った初日なのに気づいたら最後の最後、二人で残ってまだ飲んでた。
岸谷 当時40人くらい劇団員がいたのにな。考えてみればなんでアレ、二人だったんだろう。
寺脇 恐らく支払い済んでたからでしょうね。「まだ飲める!」って(笑)。
岸谷 そうか!
寺脇 ま、そのときの二人の想いはまだ劇団の中でいい役を取るっていうのが一番大きな目標だったんですけどね。

──でもそこからもう今日までずっと、変容し続ける目標に向かって共に走り続けてきたわけですよね。好きなものが似ている?
岸谷 そうですね。意見調整をしたっていうのでもなく、自然にここへ向かってたっていう感じですから。
寺脇 最終的にはね、そうですよね。例えばAとBの村があったら俺たちは迷わずAに行くんですよ、一緒に。で、着いてからはそれぞれ好きなことをしてるんだと思う。そこがいいんでしょうね。
──お客さんも芝居を通してそういう絆が結ばれてるふたりの創るモノが見たくて劇場にくるんだと思います。
岸谷 それはホントにありがたいです。今回も取材も何もまだ始まっていないうちにチケットが売れて、もう追加公演も出せることになって…。そういうのを見ていると、なんかね、「地球ゴージャスを観に行くとその度に新しいモノが観れて楽しめるよね」っていう意識が少しずつ広まって行ってるのかなっていうのは感じますね。「ゴージャスあるよ」「じゃあハズせないね」って思ってくれる人がたくさんいるんだなって。
寺脇 ゴージャスのファンクラブがあるのもそういうことなんでしょうね。だって、俺や五朗ちゃんが個人のファンクラブなんて持ったとしても…。
岸谷 あんなにはこないだろうねぇ〜(笑)。やっぱり芝居なんだよ。
寺脇 来ないね(笑)。芝居だね。だから地方にもどんどん行こうって決めてるんです。やっぱり東京・大阪だけだと来たくても来られない方がいらっしゃると思いますし。
──前回、三浦春馬さんが出演されたことをきっかけに、またゴージャスファンの裾野が若い人にも広がったような気がしますが。
寺脇 そうですね。春馬のファンで芝居を観に来てくれた若い子たちから「地球ゴージャスがすごく好きになりました」っていうお手紙ももらいましたし、芝居を通じて何か感じてもらえるものがあったと思うとそれがうれしいですよね。
岸谷 『星の大地に降る涙』をきっかけにいろんな芝居を観に行くようになったっていう声も届いてます。ゴージャスを体験して芝居自体を好きになって興味を持ってくれた。演劇人口を増やすという使命を果たせてるかなって思うと、それはもうホントにうれしい。
──だからこそ続けて行くプレッシャーみたいなモノを感じることは…。
岸谷 全然ないです。もちろんゼロから芝居を創るのはしんどいし憂鬱なんですけど、これはもう誰にやらされているのでもなく自分たちから勝手にやってることなので。泳ぐことが当たり前の魚のように、芝居を創るのがあたりまえっていうか。
寺脇 だからと言ってそこにあぐらをかいちゃいけない。毎回ゼロになって一生懸命創るってことを怠ったらお客さんにはすぐ見抜かれてしまいますからね。本当に苦しんで創らなければ伝わらない、これでダメだったら全部おしまいだぞっていうくらいの気持ちで挑むっていう意味での危機感は常にありますけど。
岸谷 作品はやっぱり僕らの年表ですよ。作品タイトルを見たらたぶん我々がそのとき何を思っていたかとか、そこに込められてますから。
──『X day』、ますます意味深なタイトルに聞こえてきます。
岸谷 結局ね、僕が本を創ると…まあそれがゴージャスのテーマでもあるんだけど、「生きること」になるんですよ。いかにして死ぬかはいかにして生きるかっていうような…大きく言えばね。でも今回はそこをもっともっと日常的に見つめて、非常にセンシティブに描こうと思ってるんです。誰もが抱えているような"小さなお話し"を。
寺脇 うん。小さなひとつひとつを乗り越えるステップが実はすごく大事なんだよっていう、より個人に返っていく作品になるんじゃないでしょうかね。
岸谷 まあ…頑張りますよ。これから本番に向けて稽古して飲んで稽古して飲んで稽古して。
寺脇 飲んで稽古して飲んで。
岸谷 稽古しないで飲んで。
寺脇 アッ。それ、一番だよ(笑)。
〈取材・文/横澤由香〉
〈写真/渡辺マコト〉


これまで歌舞伎作品では何度もタッグを組んで世間をアッと言わせてきた野田秀樹と中村勘三郎が、またしても新たな挑戦をすることがわかった。この秋、NODA・MAPの番外公演として上演される『表に出ろいっ!』は野田と勘三郎による"現代劇"ならぬ"現在劇"となるという。上演場所は、野田が芸術監督を務める東京芸術劇場、しかも小ホール。濃密な空間で、野田と勘三郎によるがっぷり四つの演技合戦が観られるという趣向だ。
私ども、このたびめでたく結婚をすることになりました。
5月某日、「野田秀樹と中村勘三郎の二人からお話ししたいことがございます」というなんだか謎めいた記者会見のお知らせが届き、詳細はなにも明かされないままに会場に集まったマスコミ陣。その前に野田と勘三郎が揃って登場し、早速その"企み"についてが語られ始めた。
まずは野田が「私ども、このたびめでたく結婚をすることになりました」と、いきなり衝撃の告白! とはいえそれはもちろん、このNODA・MAP番外公演で上演する芝居のなかでのお話。
「9/5〜28までの短期間の結婚でして、どちらが夫で妻かというと、私が妻の役です。古いタイプの夫唱婦随の家庭で、その家庭が崩壊していくドラマをお見せしたいと思っています」と、野田はいたずらっ子のような表情で企画の内容を明かしていく。
タイトルの「表に出ろいっ!」は、実際に勘三郎の口癖なんだとか。
「新橋かどこかで飲んでいるとき、若い女の子と芝居談議になって、その子が生意気なことを言ったら彼(勘三郎)は憤然と立ち上がり、その若い女に向かって「表に出ろいっ!」って言ったんです。それが私の頭に残っていたので、それをそのまま今回のタイトルにしました」
といっても、当の勘三郎は「私は覚えがございません」と苦笑い。野田と夫婦役を演じるのはもちろん初めてなうえ、今、現在を舞台にした芝居も勘三郎は「今まで一度もやってない気がする」とのこと。
「だから、よく一緒にやることになったなあと思ってね。これでもし僕が降ろされたら、ひとり芝居になっちゃうかもしれないよ(笑)。だけど僕もどうして引き受けちゃったんだろう。歌舞伎座が建て替えで、仕事がないんだよね。この芝居で食いつなぎますよ!」といかにも楽しそうに、笑いを誘うコメントを連発する。

ぜひ若い人にも、なんとか劇場に足を運んでほしい
そして今回はもうひとつ、企みごとがあると言い「二人は現在、娘を募集中です」との野田の言葉に、どよめく会場。
「夫婦の新居には、娘がほしいんです。それで、今からオーディションをしたいということですね。ちなみにオーディションは7/12に行います!」
つまり今回の芝居は夫婦とその娘による、三人芝居ということになる。それにしても、この夫婦の娘となるとどんな女の子を想定しているのだろうか?
「20歳から25歳に見える方で、性別はやはり女性のほうがいいかな。だって野田秀樹が女形をやるわけですから。まあ、女性に見えればいいんですけど。有名な方でもいいけど、無名な方でもOKです。とにかくイキのいい、可愛らしい人がいいですね」と勘三郎。野田によると、登場する家族は三人ともなにかにハマっているものがあるそうで……。
「夫はアミューズメントパークが大好きな能楽師。私が演じるのはアイドル系にハマっている妻。そして娘はファーストフード好きのロンドン帰りの留学生ということになります。ただ、セリフの分量がすごくある。だからかなり達者じゃないと……って、でもあまり最初からプレッシャーをかけてもよくないか(笑)」
その野田は、昨今の文化状況を憂える意味もあって、今回この経験未経験を問わないオーディションを考えたとも。
「若いところから新しい力が出にくくなっているなとは感じていたんです。大きな事務所とか、そういうものによって俳優が作られていきやすい状況なので、そうではないところ、演劇からも育てられないかなと思って。僕らのころは若い人の動きによって文化が始まっていたのに、それが今では若い人たちがだんだん文化に入れなくなってきている気がして、なんだかもどかしくて。それでぜひ若い人にも、なんとか劇場に足を運んでほしいということです。そして、この試みはこの芝居に限るわけではなく、第1弾としてはその前に上演されているNODA・MAP『ザ・キャラクター』(6/20〜8/8、東京芸術劇場中ホールにて)でも、限られた枚数ではありますが高校生には割引チケット1000円で観ていただきたいと思っています」

またそのあとの質疑応答では上演期間が近いということで、その『ザ・キャラクター』と『表に出ろいっ!』との関連性を聞かれた野田が「モチーフが"人が信じるもの"ということで関連性はあるのと同時に、実は仕掛けとして『ザ・キャラクター』のなかのある部分の話が『表に出ろいっ!』のなかにもちょっと出てきます」、そして「人が一回信じてしまうと、なかなかその呪縛からとけないというか、離れられなくなる。ちょっと向きを変えればその信じているものから逃げられるのに、というような話です」と芝居のヒントを少し教えてくれたほか、野田と勘三郎の初めての出会いは20代で、渋谷の道路ですれ違ったのが最初だったなど、思い出話にも花を咲かせていた。
会見の最後に行われた写真撮影ではなんと、よく観光地にある顔出しの記念写真用のパネルも登場。その穴から顔を出して、満面の笑顔の野田と勘三郎。25年以上にもなるという長年の付き合いから既に息もピッタリ、まさに固い絆で結ばれた夫婦のような二人の姿がそこにはあった。今回の企みもまた大きな話題を集め、演劇史に残る伝説の舞台となりそうだ。
〈文/田中里津子〉

NODA・MAP 公演情報
■NODA・MAP 第15回公演「ザ・キャラクター」
公演日:2010/6/20(日)〜8/8(日)
会場:東京芸術劇場 中ホール
作・演出:野田秀樹
出演:宮沢りえ/古田新太/藤井隆/美波/池内博之/チョウソンハ/田中哲司/
銀粉蝶/野田秀樹/橋爪功
★追加席販売決定! 6/5(土)10:00〜先着順受付
■NODA・MAP 番外公演「表に出ろいっ!」
公演日:2010/9/5(日)〜9/28(火)
会場:東京芸術劇場 小ホール1
★ヒロインオーディションの詳細はこちら
NODA・MAP公式サイト http://www.nodamap.com/

自身の劇団、ペンギンプルペイルパイルズ(PPPP)だけにとどまらず、劇団外のプロデュース公演などでの活躍も顕著な、今、注目の劇作家で演出家でもある倉持裕。2006年にM&O plays+PPPPプロデュース公演の第1弾として上演した『ワンマン・ショー』では、岸田國士戯曲賞も受賞している。その彼の最新作にあたる『窓』は、ロシアの文豪・ツルゲーネフの『はつ恋』に想を得た恋愛劇だ。舞台を日本に移し、ある女優をめぐる男たちの愛憎が渦巻く中で、成長していく青年の姿が描かれていく。悪女とも思える女優役に挑戦するのは野波麻帆、そして青年を演じるのは高橋一生。倉持作品にはどちらも初参加となる二人と、新境地ともいえるこの作品に取り組む倉持に話を聞いた。
「こういう悪女みたいな役ってやったことがないので、今回はすごく楽しみです」(野波)
――――M&O playsとペンギンプルペイルパイルズの共同プロデュースという形では2回目の公演になりますが、やはり前回の『ワンマン・ショー』をやられたときに、手応えを相当感じられたということでしょうか。
倉持 そうですね。手応えは確かにありました。あの公演以降、ペンギンでゲストの方を呼ぶ場合も怖気づかずにやれるようになりましたし。あれからいろいろなことをやってきて、そしてこの第2弾ということになるので、今回はまたちょっと違う形の公演になるかもしれないですね。
――――ツルゲーネフの『はつ恋』を下敷きにされるとのことですが。このモチーフを選んだのは、なにかきっかけがあったんでしょうか。
倉持 初めは若い男女と中年の男という設定で、違う流れのプロットを書いていたんですが、途中から『はつ恋』の物語を思い出してきて。まあ、実はそれほど好きな小説だったわけでもないんですけど、プロット自体は気に入っていて。あの相関図はわりと使えるんじゃないか、あれを自分なりに発展させて書きたいなと思ったんです。
――――高橋さん、野波さんはこの舞台に参加されることになって、まずどんなことを思われましたか。
野波 私は、今回のお話をいただいたとき、とにかくめちゃくちゃうれしかったんです。ペンギンさんの舞台は以前から観させていただいていて、「ああ、私も出たい!」とずっと思っていたので。だからすーっごい、うれしかったです! しかも今回は私、男性を魅了していくような役なので。果たして自分にそんな引き出しあるのかなあ?とも思いつつ、でもここは一生懸命がんばりたいと思います。
倉持 いや、野波さんなら大丈夫ですよ(笑)。
野波 だけど、こういう悪女みたいな役ってやったことがないんです。なんだかだんだん年齢があがるごとに、すごいアホな役ばかりやってる気がしていて(笑)。だから悪女役をやらせていただけるのは、すごく楽しみです。
高橋 僕は倉持さんとは『アイスクリームマン』(2005年)のときに、倉持さん演出の舞台ではないほうに出ていたんですけど。
――――岩松了さんの作品を連続上演するという企画の、別の作品に出られていたんですね。
高橋 ええ。でも倉持さん演出のほうも観させていただいたりしていたので。今回のも面白そうだなあ、ツルゲーネフを下敷きにするなんて一体どんなものになるんだろうなあって、すごく楽しみでした。人間の面白いところって、大戦慄より小戦慄だと思うんです。ちっちゃく戦慄しちゃうときが一番ゾゾ―ッとするというか、そのほうが人間味がものすごく出てきてしまったりする気がして。ツルゲーネフの『はつ恋』にはそれがあって、倉持さんの書かれたあらすじにもそれを強く感じましたね。
「あるときは滑稽であるときはすごく怖い。倉持作品は観ていて小気味良いです」(高橋)
――――倉持さんとしては、おふたりにはどういうふうに演じてほしいと思われていますか。
倉持 そうですねえ。そんなに、役を作り込まなくてもいいなとは思っていて。だから、野波さんだったら確かに悪女的な役なんだけれど、だからといっていかにも悪女っぽく振る舞わないほうが結局、男はひっかかるじゃないですか。ただ普通に会話しているだけなのに、っていうほうが。
高橋 うんうん。
野波 ふうん、そういうものですか。
倉持 話す相手によって、それぞれ違う過去をしゃべる女がいいなと思っているんです。生い立ちみたいなものを話すんだけど、全部ウソというか、どれが本当なのかわからない。それもひとつひとつ、ちょっとだけかわいそうな生い立ちだったりして。
野波 ああ〜、なるほど。
倉持 「そんな話を俺だけにしてくれた」ってことで、男は単純にグッときたりするから(笑)。ただ、結局、憎たらしい女だったなっていうイメージにはしたくなくてね。
野波 それって、難しそうですね!
倉持 そう?いや、演じる側としてはいつも通りで大丈夫。セリフで語られる内容の真偽の程がわからなくて観客は戸惑うとしても、役者はすべて本当のこととしてしゃべればいいわけだから。自然体でいいとは思うんですよね。
野波 それを聞いて少し、気が楽になりました(笑)。
倉持 一生くんに演じてもらうのは、人間観、人生観みたいなものをどんどん更新していくような役なんですよね。一応、シナリオライターになりたい人の役だけど、そんなにまだ人生経験もなくて。人間とはこうなんだ、恋愛とは、人を愛するとはというような固定観念があるところから物語がスタートして、そこから、ある種異常な愛憎の形を見ることになり、その固定観念を更新していくというような役なので。なんか、揺れててほしいですね。最初はわりと達観した感じなんだけど、それがだんだん揺らいでくる不安定な感じ。そういった起伏は見せたいし、それを楽しんで演じてくれたらいいなと思います。
高橋 はい。楽しみたいと思います(笑)。
――――おふたりは倉持作品の、どういうところに魅力を感じていますか。
野波 私は倉持さんの舞台を初めて観たとき、独特の空気感を感じたんですよね。ちょっとモヤがかかってるみたいな、そういう空気感があって。さらにまた次の違う舞台では、人間の怖さとか、人の闇みたいなものを感じて。それも「こうです!」というわかりやすい感じではなくて、じわじわじわじわ、あとから来るんですよね。観終わったあともずーっと考えちゃうようなあの感じが、大好きなんですよ。そういう世界に今回は自分も入れるのかなと思うと、すごい楽しみです。
高橋 なんか、「激しい川ほど、表にはそういうふうに見えない」みたいなことわざがあった気がするんですけど。倉持さんの作品を初めて観たとき、まさにそういう感じだなと思ったんです。急流ほど、表面は穏やかに見えるらしいんですよね。それと同じで表層と内側の差、見た目の温度差。一見ドライですごく静かに見えるんだけど、暗部がすごいことになってる、みたいな。人間の本質って、実はそうだと思うんです。そこを描いているのが面白かったですね。それがあるときは滑稽で、あるときはすごく怖い。そこは観ていて、小気味良いですね。
――――倉持さんとしては今回、お客さんにはどんなことを感じてもらいたいですか。
倉持 作品の内容としては、平たく言っちゃえば愛の形ではあるんですよね。特殊だろうけどこういう愛もありますよっていうような。恋でも愛でも、反応の仕方は人それぞれ違うわけで、それをバリエーション豊かに見せたいと思っています。それとは別に、もう少し自由な芝居の作り方をしたいなとも思うんですよ。これも最初に考えたときにはワンシチュエーションで、別荘のひとつの部屋の中でやるつもりだったんですが、ちょっと今はもっと飛躍させたくて。なるべく、脱線したいんです。
――――脱線、ですか?
倉持 劇中劇みたいなものも、いくつか散りばめていきたいなと思っていて。
――――本筋とは違う物語も織り交ぜていく?
倉持 そうですね。それを散りばめることで本筋を目立たせるような作り方をしようかな、と。無意識に自分の中で演劇というものはこうだって考えが固まってきつつある気もするので、ここでもう一度疑って、改めて芝居という表現はもっと自由だということを自分で確認したいし、お客さんにも再確認してもらいたいんです。
「昔の作品を下敷きにしていますが、わりと目新しい恋愛劇になる気がします」(倉持)
――――本番に向けて今、楽しみなことは。
野波 楽しみはいっぱい、ありますよ! 稽古が始まってみたら、私の気持ちがどういう風に動くのかとか、みなさんのお芝居と共鳴したときにはどうなるかとか。こればかりはやっぱりやってみないとわからないですしね。そのへんの面白さは一番、演じるものとしては感じるところですし。お稽古ではこうだったけど、いざ本番を迎えて舞台に立ってみたらまた違う気持ちになったりもするので、その揺れというか、そういう心の動き方みたいなものが、今は一番楽しみです。
高橋 そうだなあ、一番楽しみなのは人との出会いじゃないですかね(笑)。人を知れるというのは、舞台の醍醐味だと思うんですよ。年をとればとるほど、人と知り合えることが少なくなってくるじゃないですか。こんな年になって、初対面の人と出会って「よろしくお願いします」ってこと、人生ではあまりないことなので。特に、舞台の稽古場って独特なんですよね。本当に、大勢が団結していく現場ですし。でもちなみに、実は僕と野波さんって同じ学校の同級生なんですよ。だからそういう意味では、既に知り過ぎてるくらいに知ってるんですけど(笑)。

――――えっ、本当に同じクラスにいらしたんですか?
野波 ええ、そうなんです。高校の3年間、ずっとクラスメイトだったんです。
倉持 僕は全然、そのことは知らずにキャスティングしていて。今日、さっき初めて聞いたんですよ。
――――なんだか、不思議ですね。
野波 そうなんですよ。
倉持 だけど、なかなか考えられないよね。同級生と一緒に仕事をする、一緒に芝居をするっていうのは。
高橋 しかも、本当にただ同級生だったってだけで、これまでまったく一緒にやったことはなかったから。
――――初共演なんですか?
野波 ええ、初めてなんですよ。
高橋 まさか高校生のころ、こうなるとは思ってなかったし。
野波 まったく思ってなかったよね。
――――再会というか、これも一種の出会いですよね。
高橋 そうですよ、出会いですよ(笑)。
野波 うん、ホントにそうですよね。
――――では最後にお客様へ、メッセージをいただけますか。
野波 もちろん面白い、いい舞台にしたいですし、本当に大勢の方に観に来ていただきたいですね。いやホント、私自身もどういう舞台になるのか、すごく楽しみなんですよ。もうとにかく、がんばります!(笑)
高橋 僕も自分が出ていなかったら、ぜひ観たいと思うくらいに楽しみな作品です(笑)。現実離れしている話も確かに面白いとは思うんですけど、こういう、現実と並行してあるような世界で展開していくものって、隣り合わせの喜びだったり恐怖だったりが感じられて、それがより面白いんじゃないかと思うんですよね。覗き見感覚というか、そのへんも楽しんでみてください。
倉持 確かに、ツルゲーネフという昔の作品を下敷きにはしているんですけど、わりと目新しい恋愛劇になる気がしています。描き方もさっき言ったように、いろいろ脱線しながら蛇行しながら進んでいきますし、たぶん見た目にも新しい芝居にできるんじゃないかなと思っているんですよ。

■M&O plays+PPPPプロデュース『窓』
作・演出:倉持裕
出演:高橋一生、野波麻帆/小林高鹿、ぼくもとさきこ、玉置孝匡、
近藤フク、吉川純広、内田亜希子/河原雅彦
東京公演:2010/9/16(木)〜9/26(日) 下北沢本多劇場
大阪公演:2010/9/29(水) 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ

ひとりひとりの個性を活かしつつ、いいパス回しができる芝居をつくりたいですね。(土田)
――この作品は97年に初演されましたが、この作品にまつわる思い出は何かありますか?
土田 実は僕の役者仲間の女の子が、ゲイのお店の人を好きになっちゃったんです。それで「男性が行った方が喜ぶから一緒に来て」と言われて僕もお店について行ったんです。すると、彼女は彼のことを好きなのに、彼は僕の方に寄って来ちゃって…(笑)。その彼女の切ない気持ちを思うと、どう振舞ったらいいかと迷ったりして…そんな実話がベースになってできたお話なんです。初演時はゲイの方たちからたくさんのお手紙をいただき、中には厳しいご意見もありましたが、逆に自分達の理解者と思ってくれて、その後、他の芝居も色々と観に来てくださった方もいます。
――現在はゲイに対する見方も変わり、初演の時とは状況も違ってきているのかもしれませんね。
土田 そうですね。それで設定が古くならないようにするため、場所を過疎の漁村に移しています。
片桐 脚本を読んでみて、ゲイうんぬんではなく、会話劇として面白いと思いました。「ゲイは卑屈になるか居直るしかない」というセリフがあって、そういう気持ちを内包している者たちのやり取りだから、けんか腰になっていても、なんか笑える部分があって…いい設定だな、と思います。
――東京公演の会場である三鷹市芸術文化センターについての印象は?
土田 大きさ的にやりやすいですね。今までに色々なところでやってきましたけど、ポンポンと弾む会話劇には、1000席以上もある所では成立しにくいですよ。
――片桐さんは三鷹市芸術文化センターは2回目ですね。
片桐 ええ、そうです。前回はホールの裏手にある公園で、四つ葉のクローバーを見つけて盛んに取っていた覚えがあります(笑)。
――田中さんは、土田さんの舞台への出演は2回目ですね。どのような感想をお持ちですか?
田中 そうですね。前回の土田さんの印象は、舞台上によく出てきてよく動く、熱血演出だな、という感じです。お芝居がひとつのセリフで完結せず、みんなで繋いでいって最後に落ちがある、というのが楽しかったです。

――今回の出演者に関しては、土田さんのどんな思いがあったのでしょうか。
土田 このような組み合わせはめったに見られないと思うんです。これまでの枠を全部はずして、今回は自分のやりたい人に声をかけさせてもらいました。だから本当に楽しみです。どう機能するかはわからないけど、うまくいけば間違っていなかったってことになりますし。
――あらすじを少々教えていただけますか?
土田 ゲイの皆さんが集まっているアパートがあって、田中美里さんはそこの管理人さんです。なぜこんな方がそこの管理人をしているのだろうということについては伏せます。言えないです!(笑) 芝居のタイトルに係わってくる…とだけ言っておきます。片桐さんは、そのアパートのリーダー(今井朋彦さん)とライバル関係にあり、過去の因縁から一度そのアパートを飛び出したが、また同じアパートに戻ってきているという役です。その飛び出した理由にもタイトルが関係していて…つまりみんなの『初恋』をモチーフにして、それぞれの初恋が描かれているというお話です。
――人を愛する気持ちには、異性が好きな人も、同性愛の人も変わりがないということですね。
土田 そう、そうです!「愛することに変わりはない」それもらいましょう!
――今回、「土田英生セレクション」という名前をつけられたのはどうしてでしょうか。
土田 Vol.2があるかどうかは定かではないんですけど(笑)。今回、三鷹さんと一緒にやらせていただいた後に地方のホールにも回るので、何か名前をつけたいと思って。まさか『土田MAP※1』なんておこがましい名前はつけられない(笑)ので、考えているうちにこうなったんです。好きな俳優さんたちと一緒にやれる機会を持つための第一歩としたい、という気持ちからです。
――今回の舞台への皆様の抱負をお聞かせいただけますか?
田中 土田さんとまた一緒にやりたいと思っていたので、初めてのことづくしですが、飛び込んでみようと思っています。今井さんとは先日初めてお会いしましたがチャーミングな方で、どんな風にお芝居で掛け合いができるのかも楽しみです。
片桐 僕はこれまでオカマコントや女装はありましたけど、お芝居でゲイ役というのは初めてで…しかも男全員ゲイでしょ。今井さんという、ストイックなスッーと背筋の伸びた方がライバルという設定なので、自分なりの「ゲイ」をどう表すか、何か仕掛けられたらいいな、と思います。
土田 今井さんはたたずまい自体が綺麗なんですよね。同姓でもちょっとドキッとするくらい。部屋が散らかっているとかは絶対ありえないだろうなぁ。
片桐 こたつとかないでしょうね(笑)。
土田 絶対ないね。こたつで袢纏にみかんとかは…
――もう一人の女性、千葉さんのイメージは?
田中 姉御肌で厳しい方かと思っていたら、とても謙虚な方でびっくりしました。
土田 そうなんですよ。僕は同業者※2ということで、「台本が書けない」とか「稽古場を上手くまとめきれない」とかそんな後ろ向きの話をし合って前向きになれる相手なので…今回もつらいことがあったら千葉さんに話そうと思ってます(笑)。
片桐 初めての役で勉強と思ってますので、土田さん、何か気付いたら言って下さいね。
土田 いやぁ、とにかく気が弱いので…僕がまわりをウロウロし出したら、言いたいことがあるのに言えないんだと思ってください(笑)。
――他の役者さんたちもご紹介いただけますか?
土田 犬飼君は僕と一緒に89年に劇団を旗揚げした時からの付き合いです。その後、彼はうちの劇団を辞めたので、芝居を一緒にやるのは94年以来久しぶりですね。根本君は今回、漁村の住民代表の役をやってもらうんですが、いいクッションになってくれると思います。川原さんは本当に若い、アイドル的な存在ですね。綺麗な顔立ちをしていて、この芝居でブレイクするんじゃないかと。千葉さんとかなり年の離れたカップルの設定です。あと奥村は……劇団員なのでコメントはなしです(笑)。
――最後に土田さんから意気込みを一言お願いできますか?
土田 いいアンサンブルを作りたいと思います。皆さんの個性を立たせつつ、チームとしていいものを作りたいですね。際物きわものの芝居を作ろうとはしていないので、自然な形で見ている人たちに「ゲイ」ということを意識させない芝居にしたいと思っています。
皆様、ぜひお越しください。
3月8日
インタビュー:(財)三鷹市芸術文化振興財団
協力:赤坂レッドシアター

*1 土田MAP:演劇界の第一人者野田秀樹さんがプロデュース公演を行う時のユニット名が『野田MAP』であることをもじったもの。
*2 同業者:千葉雅子さんが人気劇団「猫のホテル」の主宰者でかつ作・演出・出演を務めており、土田さんと全く同じ立場なので。

今回はサーフィンをしないサーファーたちの話。諏訪
──今回のタイトルは、初めて見た時に笑っちゃったほど秀逸ですよね。チラシ画像と合わせて推察するに、ネットサーフィンの話なんですか?
上田 そのニュアンスも入ってくるでしょうが、どちらかと言うと、実際に波に乗るサーフィンの話になります。というのも、今回はとにかく「波」を扱った舞台にしたくて。波や風って、たとえば(テーブル上のコップを指して)このように形状がハッキリあるわけじゃなく、瞬間の物というか、現象みたいな物。そんな物についてあれこれ語るのって、すごく演劇的だなあと思うんですよ。
石田 たとえばサーフィンの世界では、波にいろいろ名前が付いてるんです。固定の形があるわけではないけど、いろんな流れや形に合わせて名前を付けているという。
上田 「掘れた波」(註:斜面が急なカール状の波)とかね。お芝居を作るのも結構、これと似た作業。たとえばこの世にありえないようなモノのタイトルを付けて、それに合う感じの芝居を作っていったら、もともと存在しなかった物質や世界ができあがったりする。波には何か、それに近い面白みがあるのでは? とは、ずっと考えてました。
石田 でも実際に僕らがサーフィンをやるとか、そういうことにはならないんだよね?
上田 舞台上で本物のサーフィンをするなんて、まあ不可能ですから(笑)。それで陸にいるサーファーたちが、サーフィンという遊びや波や海などについて、いろいろと語り合う芝居にしようと思っています。
諏訪 しかも全然、サーフィンをしないサーファーたちの話。
──サーファーなのにサーフィンをしない?
上田 今回のもう1つのモチーフに「伝説」があるんです。「昔こんなすごいサーファーがいた」とか「あの波はどうだった」とかいう感じで、話を進めていく。こういう話をする人たちっていうのは、ほぼ間違いなく伝説の当人じゃない(笑)。その"伝説じゃなさ"が、伝説を語らせるわけで。そういう人たちの群像にも、興味があったんです。
──ということは、実際に動いてサーフシーンを見せるのではなく、会話ですべてを見せるという感じになるんでしょうか?
上田 そうですね、会話中心の芝居になると思います。というのもここ最近、しっかり美術を作りこんだ上で、どうしてもビジュアル化できない部分を台詞で補うというやり方が、一番現実から遠いイメージを作れるということがわかってきたんですよ。たとえば前々回の『ボス・イン・ザ・スカイ』では、ドラゴンの尻尾だけを出しておいて……。
石田 実際にどのように戦うのかは、口で語るだけ。アクションはまったくない。
──でもそうやって身振り手振りで説明するだけでも、観ている側は案外勝手に、ドラゴンと戦うシーンを脳内で作り上げていくものなんですよね。
上田 そうやって観ていただくのが、一番ありがたい(笑)。ただそういう会話に説得力を持たせるには、舞台美術をしっかりと作りこんでおく方が、素舞台で演じるよりも全然効果があるんですよ。
諏訪 それと単純に、美術が面白い方が、観ている人も面白いんとちゃうかなあ?
石田 そうだよね。そういうユニークな舞台美術の地形を生かしながら、ゆるくて笑える会話をするというのが、今のヨーロッパ作品の重要なポイントだと思う。
上田 ただここ最近テーマにしている「高低差のある場所での会話」は、普通に会話をしていても変な雰囲気になるという面白さがあるので、今回も続けたいですね。なので平面的な海辺ではなく、海の上にどこか別の世界があるような……そういう何か、立体的な美術の仕掛けが可能な状況を、今考えているところ。多分現代ではなく、何らかの理由でサーフィンという文化がなくなった、近未来の話になるんじゃないでしょうか。
一般的な"コメディ"ほどには、温度が高いものじゃないかもしれない。上田
──メンバーの日記などによると、すでに稽古が始まってるそうですね。
諏訪 2回ぐらいやりましたね。
上田 僕らの芝居作りは、いつも「どんな群像を描くか」というところから始まるんです。だから1人1人のキャラクターが明確でなくても、集団としてのキャラクターが決まれば、どんな舞台になるのかが大体決まってくる。だけど一口に「サーフィン伝説を語る集団」と言っても、サーフィンに詳しい人たちと全然知らない人たちとでは、果たしてどちらの会話が面白いんだろう? と。それを探るために、エチュード(註:1つの題材に沿って、役者に即興で芝居を演じてもらう稽古)をやりました。
諏訪 ちなみに1回目は、「海の家での会話」というエチュードだったんです。
石田 カキ氷のシロップの話を、30〜40分ぐらい集中的にやったりして(笑)。
上田 で、そのカキ氷の話だけでもう、芝居の概要が見えました(一同笑)。
──ちなみにメンバーで、サーフィン経験者はいるんですか?
石田 いないです。
諏訪 でも石田君は、サーフィン行くって言ってたよなあ?
石田 僕の友達で、すごくサーフィンが好きな子がいるんですよ。一緒に行く時間が全然合わなくて、結局まだ行けてないんですけど。
上田 でもね、今回の舞台の記者発表なんかで「サーフィンをしたことがない人たちが作る、サーフィンの芝居」とか言ったら、単純にキャッチーじゃないですか? だから石田君がサーフィンを始めるにしても、その事実はちょっと……伏せてほしい(一同笑)。
──ちなみに諏訪さんは、何かサーフィンへのアプローチは?
諏訪 いやあ、ないですねアプローチとか。サーフィンに思いを馳せる以外は(笑)。
上田 概念的なアプローチ(笑)。
諏訪 そうそう。でもそれが、最高のアプローチだと思うんですよ。家でダラダラしていても、頭の中では波に乗っているという感じの方が、今回は近いんじゃないかなあ?
上田 確かにスピリットのようなものは、大事な気がしますね。
諏訪 そうよね。何かサーフィン文化って「あそこにいい波が来る」と言ってあちこち移動するところとか、すごく挑戦的な気がする。
石田 完全にサーフィンに、ライフスタイルを合わせたりしますからね。さっき言った僕の友達も「日本で一番いい波が来るのは高知だから」という理由で、高知県に移住する計画を進めているぐらいなんですよ。それって「農業がやりたいから」という理由で田舎に住んだりするのとは、だいぶ違いますよね?
上田 波という全然つかみどころがないものに、自分の生活を合わせるというのがね。しかもその気持ちよさって、波に乗る瞬間だけのモノじゃないですか? ずっと持続する幸せではなく、来るかどうかもわからない瞬間の快楽に、軸足を乗せた生活をしている。そういう人たちは、やっぱり1つの群像としてすごく面白い。
──そんな不確定なモノを追い求める人たちを描くには、確かに具体的なビジュアルがシビアに求められる映像よりも、演劇の方が表現しやすいのかもしれませんね。
上田 それにサーフィンのドラマや映画って、あまりストーリーがなくても、キレイな海の映像さえあれば良い感じになったりしますよね? でも舞台だと、当然そういう風景に助けを借りることができない。だから逆に、話に集中しやすいかもしれないです。
諏訪 いつも新しい試みみたいなのが、作品ごとにあるじゃない? 今回そういうのは?
上田 ……今回はないんじゃないですか?(一同笑)
諏訪 いやいや、それは単に、まだ考えてないってだけだよね?(笑)
──ただ前回、典型的な会話劇コメディだった『曲がれ! スプーン』を観て再認識したんですけど、最近のヨーロッパ企画の笑いは、単純に「シチュエーション・コメディ」とは言いにくい世界になってきてますよね。
石田 確かに『ボス……』なんか、シチュエーション・コメディとは違う気がする。
上田 何でしょうね? コメディと名乗るには、あまり「人間」を笑うようにはできてない。コメディって、もっと人間の言葉の綾(あや)だとか感情の機敏だとか、もう少し近視眼的な視点で世界を描いてると思うんです。でも僕らは、人間や社会をもっと引いた視点で見せる……いわば、水槽の中を観て笑ってもらうというイメージがすごくある。だから一般的な"コメディ"ほどには、温度が高いものじゃないかもしれない。
諏訪 新しい名前付けたいよね、何か(笑)。「コメディ」ってずっと言ってるけど。
──人間そのものより、全体の世界観を見せることに意味があるという点では、オーバーだけどアートパフォーマンスのコンセプトに近づいてる、と言えるかもしれない(笑)。
上田 あー……それはおこがましいですけどね(笑)。でもホンマにね、そんな感じなんですよ。自分では絶対言わないですけど(一同笑)。
石田 ただ芝居って、主に台詞をしゃべってる人を目で追うのが普通じゃないですか? ヨーロッパも一応そういう作りにはなってますけど、そこ以外の部分……舞台美術の細部だとか、後ろで何かしている役者とか、そういう別の所も観たくなる人は多いかもね。
上田 台詞ってだから、そうなんですよ。台詞回しが観客の視線……映像で言うところの、カメラワークを誘導するものなんです。それも悪くはないけれど、もう少し他のカメラワークがあるんじゃないか? と思うんですね。たとえば舞台上にカーソルの矢印が出てきたら、観客は台詞をしゃべってる役者よりも、カーソルの方を観るんやなあ、とか。そういう新しい見せ方を探るのは難しいけれど、可能性は追求していきたいです。
諏訪 でもまあなんだかんだ言っても、観てる人には普通に笑ってほしいですけどね。
上田 そうですね。まあ『サーフィンUSB』なんてタイトルを付けた時点で、真面目なことをやるとは思われないでしょうけど(笑)。
──今回も、挑戦的だけどキッチリ笑える芝居が期待できそうですね。その辺の意気込みを、何かサーフィンにたとえて語っていただけませんか?
石田 そうですね、大きな笑いのウェーブを起こして……。
上田 その笑いのビッグウェーブから、ワイプアウト(註:サーフボードから転落すること)するお客さんがいないように……。
諏訪 で、その笑いのウェーブのパイプライン(註:波が作る筒状の空間。あるいはハワイにある、有名なサーフポイントの名前)を、全国ツアーでくぐり抜けていきたいな、と思います(笑)。
〈取材・文/吉永美和子〉
〈写真/渡辺マコト〉
〈取材日/2010年4月19日〉
2009年、若手俳優たちを中心に、お子様はもちろん、大人も楽しめる本格エンターテイメント作品として大好評で幕を閉じたミュージカル「冒険者たち」の東京・名古屋での再演が決定!様々な困難を乗り越えながら旅をする、小さな生き物たちの冒険がまた始まる!
2010年6月、あの可愛いネズミたちと一緒に海の旅へ、さぁ出かけよう!
『冒険者たち』とは
斎藤惇夫氏原作の『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』は、72年の発表以来、今でも多くの人に愛され、読み続けられている児童文学の名作。75年には『ガンバの冒険』としてTVアニメ化もされ、広く知られるようになった。また、放送から30年以上経った現在でも、DVD−BOXやキャラクター商品が販売されるなど、根強い人気を誇っている。
これまでも劇団四季をはじめ、いくつかのカンパニーや劇団等で繰り返し上演されているこの物語を、2009年に、内藤大希、お笑いコンビ「あさりど」の川本成、演劇ユニット*pnish*の佐野大樹、RUN&GUNの宮下雄也や各方面にて活躍中の若手キャストを中心とした様々な個性がぶつかり合う、パワー溢れる布陣でリニューアル。2010年6月、待望の再演が決定!
あらすじ
町ネズミのガンバは、初めての海、そして冒険への期待と不安を膨らませながら港へやってきた。
港では、ちょうど船乗りネズミたちの会合があり、宴に参加したガンバは、荒くれものだが陽気な船乗りネズミたちと出会う。
そこへ、忠太と名乗る傷ついた小さなネズミが現れる。忠太は、恐ろしいイタチのノロイ一族に支配された”夢見ヶ島”から逃げてきたのだという。そして、ガンバたちに夢見ヶ島に残してきた家族を助けてほしいと請う。ガンバとその仲間たちは、夢見ヶ島へ向かうため、船へ乗り込むのだが…。
ガンバたちは、さまざまな困難を乗り越え、知恵と勇気の限りを尽くしてノロイ一族と戦う。だが、凶暴なノロイを前に、仲間たちは次々と倒れ…
登場キャラクター紹介
■ガンバ:内藤大希
台所の床下の貯蔵庫に住んでいる、町ネズミ。正義感があり、勇気があるが、無鉄砲な一面もある。同じ町ネズミのマンプクに誘われて、海を見に港へ行ったことで、夢見が島のノロイ一味討伐に赴くことになり、リーダーとなる。始めはリーダーとしてやや頼りない面があり、仲間のネズミに教えられる事も多かったが、冒険を通して成長していく。
■ヨイショ:川本 成
海流丸に乗る100匹のネズミを束ねるボス。力持ちで、男気があり、豪快な性格。右目の傷はかつてノロイに襲われた時に付けられたもので、そのためノロイの恐ろしさを誰よりもよく知っている。
■ガクシャ:RUN&GUN 宮下雄也
船乗りネズミで、ヨイショの親友。物知りで理屈っぽい。ガンバやイカサマと度々衝突する。
■イカサマ:*pnish* 佐野大樹
いかさま博打が得意。
2つのサイコロをいつも持ち歩いていて、時々サイコロの目で吉凶を占う。ひねくれ者だが、人情に厚い一面も。
■ボーボ:佐藤永典
港ネズミ。うすのろで、いつもぼんやりしていて、夢見がちな性格。水平線の向こうを見てみたいと、船に乗り込んでしまった。
■シジン:平田裕一郎
いつも酔っぱらいながら詩を考えている、変わり者のネズミ。だが、傑作が出来たためしがない。
■オイボレ:外波山文明
身元の不明な年寄りネズミ。いつも仲間たちの足を引っ張り、お荷物と思われている。謎の多き老人。
■忠太:山田 諒
夢見が島の島ネズミ。ノロイに襲われ、家族たちと離れ離れになり、島から命からがら逃げ出してきて、ガンバたちに助けを求める。
スタッフ紹介
原作:斎藤惇夫(岩波書店)
脚本・作詞:うえのけいこ
演出:カサノボー晃
音楽:大石憲一郎 ・滝千奈美
振付:紀元由有
公演概要
ミュージカル『冒険者たち』−ガンバとその仲間たち−
【東京公演】
公演日:2010/6/10(木)〜6/13(日)
会場:サンシャイン劇場 (東京都)
【名古屋公演】
公演日:2010/6/19(土)〜6/20(日)
会場:名古屋・テレピアホール(愛知県)
世界の著名なバレエ団で引っ張りだこの人気振付家、オハッド・ナハリン率いるバットシェバ舞踊団がイスラエルからいよいよ来日する。
公演の度に、新しい顔を見せるオハッド・マジック、4/15(木)〜17(土)彩の国さいたま芸術劇場で上演される『MAX』にはどんな企みが……。
現地で一足早く“MAX体験”した乗越たかお氏のレポートをお届けします。
文=乗越たかお Takao Norikoshi(作家・ヤサぐれ舞踊評論家)
日本でも人気の高いオハッド・ナハリン率いるバットシェバ舞踊団。初来日の97年に3プログラムを一挙公演し、日本のダンスファンに強烈なインパクトを与えた。しかしその後、アンサンブル(バットシェバ舞踊団の若手カンパニー)の公演や、他のカンパニーによるオハッド作品の上演はあっても、本体のバットシェバ舞踊団の公演は、じつはそんなに多くはない。二度目の来日公演(2008年)『テロファーザ』までは11年という月日が経ってしまった。しかし今回、時を置かずして彩の国さいたま芸術劇場で『MAX』を上演されるのは、大きな悦びである。
というのも、アーティストは刻々と変化しているからだ。当然、オハッド・ナハリンも変化があった。『テロファーザ』を見た観客はわかるとおり、オハッド・ナハリンは、大量の椅子を使った雪崩のようなダンスの『アナフェイズ』からは遠く離れたところに来ている。その間にオハッド・ナハリンには芸術監督を退いていた二年間があった。筆者は10年間、毎年テルアビブでのダンス・フェスティバルを訪れ、その変化を見守ってきたが、激しさよりも癒しをもたらすような、まるでリハビリを思わせるいくつかの作品(だがその魅力は減じることはない)を経て、再び彼の揺るぎないエネルギーを感じることができたのが、この『MAX』なのだった。
『MAX』をテルアビブで見たのは2007年。本拠地であるスザンヌ・デラル・センターで毎年行われているインターナショナル・エクスポージャーというフェスティバルであった。ちなみに同センターは昨年20周年を迎えた。
暗い無音の舞台上には男女五人ずつのダンサーがいる。ラクフェット・レヴィによる衣装はシンプルなものだ。しかし彼らが、これというきっかけもなく、それでいて完璧にシンクロした挙動で「ふわり」と動くのである。その瞬間、ゆったりと観ていた観客の感覚は置き去りにされる。ワンテンポ置いて観客が知覚するのは、ダンサーの動きそのものよりも、舞台全体の空気がふわっと動く、不可視なはずのムーブメントである。自分が知覚したものが一体何なのか、認識できるまでにさらに数秒かかる。そしてその頃にはもうオハッドの魔術に取りこまれているのだ。それは観る者の心の奥深くにまで入り込み、かつて味わったことのない仕方で揺さぶる。
後半にはオハッド・ナハリン自身の声によるカウントに合わせた動きのシーンもある。いわば音ハメで、しばしば彼の作品に出てくるシークエンスではある。しかしそのハメ方がヒップホップのようにバチッと当てるのではなく、闇のなかに灯火をそっと置いてくるような、胸にしみるようなシーンとなっている。
良く通るオハッドの声はまるで祈りのように、厳格さと優しさを持って舞台を包む。「1、2、3……」と続いていくように聞こえるカウントは、途中から何語かよくわからなくなる不思議なものだが、これもオハッドによるデタラメな言語なのだった。
カンパニーのダンサー達の素晴らしさも特筆するべきだろう。今はカンパニー全体が若返っている。バットシェバ舞踊団のダンサー達は、オハッド・ナハリンが生み出した独自の身体訓練メソッド『GAGA(ガガ)』によって鍛えられ、動きの発想が独創的で、他に類を見ない。新しいことをやっているつもりでその実、小さな枠を出ることができない悩める若いダンサーたち、そういうダンスにウンザリしている人たちは、是非ともこのダンスを見てみてほしい(ちなみに『GAGA』は日本でも受けることができる)。
この『MAX』において、オハッド・ナハリンは、ダンサーのみならず、舞台空間全体を踊らせようとしているかのようである。ふわりとした直後にはシャープで冷たい風が吹くような時もある。観客の予断を裏切ったかと思うと、ふっと寄り添う。動きの快感、構成の妙、円熟してなおパワーを失わないオハッド・ナハリンの真骨頂を味わってみてほしい。
[(財)埼玉県芸術文化振興財団 情報誌「埼玉アーツシアター通信」第25号より転載]
オハッド・ナハリンOhad Naharin
1952年イスラエル生まれ。20代から舞踊を始め、ダンサーとしてバットシェバ舞踊団で活躍の後、ジュリアード音楽院で学ぶ。80年に振付家としてデビュー。90年バットシェバ舞踊団の芸術監督に就任し、『キール』(90年)、『マブール(洪水)』の成功により評価を高める。彼の作品はネザーランド・ダンス・シアター、リヨン・オペラ・バレエ団など世界中の著名なバレエ団で踊られており、現在世界で最も注目される振付家の一人である。
公演概要
公演日:2010/4/15(木)〜4/17(土)
会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール (埼玉県)

TBS系で放送されたドキュメンタリー番組で大きな反響を呼び、のちに書籍化、2009年には映画化されて多くの人々に感動を与えた『余命1ヶ月の花嫁』。この実話を2010年初夏、なんと舞台化することが決定!
桜が咲き誇る3月末、赤坂Sacasの野外ステージにて、この舞台の制作発表が行われた。
赤坂を訪れた一般客も多く入場した会場に、今回の舞台のイメージソングでもある平原綾香の『AVE MARIA〜カッチーニ〜』の切ないメロディーが流れたあと、主演の二人、貫地谷しほりと渡部豪太が登場。ウエディングドレスとタキシードという純白の衣裳を身にまとった初々しい二人の姿に、集まった一般客はもちろん、記者たちからもほうっと溜息がもれる。
思い切り肩ひじを張って、感動をお届けできるようにがんばりたい(貫地谷)
正面から向き合って素晴らしい作品にしたい(渡部)
乳がんによって24歳という若さでこの世を去った長島千恵さんの役を演じる貫地谷は、まず「今、一生懸命台本を読んでいるところなんですが、まだ第三者として見ているせいか涙が止まらなくて。稽古に入るまでにはもっと千恵さんの気持ちに近づいて表現できればと思っています。舞台は3年ぶりになります。今まで、ドラマの主役をやらせていただくときは「主役といってもひとつのコマなので」と言っていたのですが、今回は肩ひじ張らずに、ではなくて思い切り肩ひじを張って、観客のみなさんに感動をお届けできるようにがんばりたいと思っています」と意気込みを語り、今回は特に思い入れが強い様子。
さらに千恵さんを支える恋人の赤須太郎さんを演じることになった渡部は「この作品を通して自分に何が残るのかも楽しみです。生きることだったり、愛だったりを、この舞台を通して気づけたらと思います。これから稽古が始まるのがすごく楽しみで、ワクワクしています。題材としては悲しい話かもしれませんが、そこに正面から向き合って素晴らしい作品にしたいと思いますので、みなさんぜひ観に来てください」と、爽やかな笑顔を見せていた。
続いて、千恵さんの父親である長島貞士さんに扮する天宮良も花嫁の父親風の正装でステージに登場し「このドキュメンタリーや映画などで広く知られている作品に、我々は今回“演劇”という手法で挑んでいくわけですが、そこで千恵さんの伝えたかったメッセージをどうやって表現できるかというのは、とてもいいチャレンジになると思っています。なんとか千恵さんの想いが伝わるように、みんなで力を合わせてがんばりたい。いい意味で期待を裏切れるような、非常に意味のある舞台をつくれるのではと思っています」と力強くコメント。
さらに、今回の脚本と演出を担当する鈴木勝秀が「この作品を引き受けた理由としては、まずなぜ千恵さんはドキュメンタリーに出ることを選択したのかというところを考えたことが一番大きくて。それはきっと、自分が生きていたことを証明したかったのと、自分のことを長く覚えていてほしいという思いからだったんじゃないかと強く感じたんです。そして、この脚本をぜひ無料で公開するなどして、たとえばリーディングでもいいし、今回の舞台とは違う形でいいので延々と続いていく物語として語っていきたいと思うんです。僕らは100年前、200年前の戯曲や小説を演劇にしてやってきた経緯もありますし、演劇にはそういう力があると思うので。そしていろいろな人の口から千恵さんの言葉が発せられていくことによって、彼女が永遠に生き続ける力にもなると思う。出演者も今回、素晴らしい方ばかりが揃っているので、エネルギーのある舞台がつくれそう。悲しい話だけれど、観終わったとき、生きる力を持てるような作品になると思います」と、熱く作品への思いを語った。
次いでステージ上ではイメージソング『AVE MARIA〜カッチーニ〜』について平原綾香から「自分が千恵さんだったらどういう気持ちだったろうと思いながら、自分にとっての祈りって?ということを考えながら歌詞にさせていただきました。私にとっての祈りが、たくさんこめられている曲です。今回は舞台ならではの感動もあると思いますので、私も実際に観に行くのを楽しみにしています」とのビデオメッセージが披露され、さらには千恵さんの友人たちが、千恵さんに似ているといって彼女を励ますためにプレゼントしたというキャラクター“さくらパンダ”も登場し、場を和ませた。ちなみに、この“さくらパンダ”は公演中に劇場ロビーのどこかに隠れているかも?とのこと。
また、最後には貫地谷のブーケトスも行われ、ポーンと勢いよく投げられたブーケは一般客の11歳の女の子が見事にキャッチ!明るい笑い声と拍手とともに会場全体があたたかいムードに包まれたまま、会見は終了した。
キャスト、スタッフたちの思い入れの強さがひしひしと伝わってくる、“演劇”ならではの力をも感じさせてくれる良質の作品が誕生しそうだ。そして劇場に足を運ぶ際には、どうぞハンカチをお忘れなく!
公演概要
舞台「余命1ヶ月の花嫁」
【東京公演】
公演日:2010/6/15(火)〜6/27(日)
会場:世田谷パブリックシアター (東京都)
【大阪公演】
公演日:2010/7/2(金)〜7/4(日)
会場:イオン化粧品 シアターBRAVA! (大阪府)
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2008年最優秀作品賞を含むトニー賞4部門、2009年グラミー賞最優秀ミュージカルアルバム賞を受賞!ブロードウェイの若き才能、リン-マニュエル・ミランダが学生時代に書き上げ、オフからオンへ上り詰めた超話題作、 待望の初来日!
サルサ、メレンゲ、ヒップホップなどのラテンのリズムにパワフルなダンスで
ニューヨークの中南米系移民3世代が、絆を深めながら逞しく生き抜く姿を描く。こんなミュージカルは今までになかった!
涙あり笑いあり、忘れかけている家族や仲間への想いやり。夢見る日本人に贈るラテン生まれニューヨーク発、インザハイツ!この夏絶対見逃せない!
【e+MOVIE】満天のラテン!「イン・ザ・ハイツ」PV映像到着!
ブロードウェイミュージカル『イン・ザ・ハイツ』とは
イン・ザ・ハイツが全く新しい21世紀のミュージカルと評される理由は物語の題材を通常描かれる白人社会ではなく、マイノリティがたくましく生きる姿をラテンのリズムに乗せて歌いあげている事に尽きる。
劇中のウスナビのセリフはラップ調であり、セリフの中にもふんだんにスペイン語が織り交ぜられている。このブロードウェイの常識を覆すほどの衝撃作品は、自身もニューヨークで生まれ育ったプエルトリコ系移民であるリン-マニュエル・ミランダが全ての楽曲を手がけ、トニー賞楽曲賞を受賞。オリジナルブロードウェイキャストとして主役も務めた。幕が開けた1曲目の冒頭にラップを歌うブロードウェイミュージカルが今までにあっただろうか?
キャストの歌唱力やダンスは紛れもなく衝撃的で新しいが、圧巻はアンサンブルの見事なまでに作り込まれたダンスだ。舞台中を所狭しと動き回り、そのフォーメーションに彩られたダンスは息つく暇もないほどにエキサイティング。まるでロックコンサートのようなポップな照明がダンスを引き立たせる。コンテンポラリーの要素がありながらも、ブレイクダンスやサルサなどの動きを取り入れている凄まじいまでのこの振付はアンディー・ブランケンビューラーの手によるものであり、彼が2008年トニー賞最優秀振付賞を受賞したことに疑問を持つ観客はいないだろう。
そのような斬新でポップなイメージとは裏腹に、このミュージカルが伝えているメッセージには心くすぐる温かさがある。このギャップがまさしくラテンだ!家族、友人、そして自分が住んでいる地域社会への純粋なまでの思いやりを隠すことなく全面に押し出している。鬱陶しいまでに温かい。
涙あり、笑いあり、衝撃あり、感動あり。それが、、、イン・ザ・ハイツ!
イン・ザ・ハイツの誕生
イン・ザ・ハイツの誕生は、この作品の原案を作ったリン-マニュエル・ミランダが大学2年の時(1999年)に遡る。この大学時代に上演された作品は、劇場の売り上げ記録を塗り替えた。卒業後、ニューヨークのホームに戻り、ミランダは演出家トーマス・カイルと、作品を更に大規模な劇場向けの為の作品にすべく、 推敲を重ねる。これがレント、アベニューQ、ドロウジー・シャペロンといったヒット作を次々飛ばすプロデューサー陣(Jill Furman, Kevin McCollum, Jeffrey Seller)の目にとまる。さらなるワークショップやコラボレートを重ね、ついに、オフ・ブロードウェイの37アーツシアターという新たな“ホーム”を見つける。作品の原案が生まれてから7年が経っていた。このオフ・ブロードウェイ公演中に、作品はすぐに観客や批評家達を虜にした。その反響は予測不可能なもので、コンサバなシアターゴーアーから、若い観客層まで幅広く、結果数々の演劇賞を受賞。200回公演の後、2007年7月15日に一度幕を閉じ、ブロードウェイ上演に向けた準備に入った。その後、2008年2月14日にリチャード・ロジャース劇場でプレビューが始まり、3月9日に初日を迎え、2008年6月トニー賞受賞、同年11月にユニバーサル・ピクチャーズが映画化の権利を取得、そして2009年のグラミー賞受賞と快進撃を続けている。
プエルトリコの旗を掲げ、受賞スピーチをラップでする姿は、ブロードウェイに新風を巻き起こし、新しいブロードウェイスターの存在を人々の目に焼き付けた。
ストーリー
マンハッタンの最北端に位置する中南米系移民が多く住むワシントン・ハイツ。7月4日の独立記念日直前の暑い夏の朝。いつの日か自分のルーツであるプエルトリコを訪れるのを夢見ているウスナビが経営する街角の食料雑貨店に、ハイツの住人、みんなの母親的存在として愛されるアブエラがいつものように宝くじを買いに来る。アブエラのお隣はカミラとケビンが営む小さなタクシー会社だ。移民2世として苦労しながらも育てあげた自慢の1人娘、ニーナはカリフォルニアの名門大学に進学し、夏休みでハイツに帰省する。物語はここから始まる。。。
ウスナビは隣の美容室で働く幼なじみのヴァネッサに首ったけだ。デートに誘おうと試みるのだが言葉に出来ない毎日。そんなある日、帰省したニーナが告白する。学費を払う為のアルバイトと勉学を両立する事が出来ず大学をドロップアウトしたというのだ。ケビンは家業のタクシー会社を売って学費に充てると言い出す。従業員のベニーはニーナに想いを寄せているのだが、それを察知したケビンはベニーがアフリカ系移民であることを理由に冷たく突き放す。親友のヴァネッサも母親の浪費で家の電気代さえ払えない始末。勤務する美容室も家賃の高騰でブロンクスに移るという。そんなおり、アブエラは購入した宝くじが当選している事を告白する。
その額ナント $96,000!ハイツの住民は大喜びするのだが、喜びもつかの間、その晩突然アブエラは眠るように人生の幕を閉じる。
心の故郷、アブエラを失ったハイツの住人はこのままバラバラになってしまうのか?宝くじと共に残されたウスナビ達へのアブエラの密かな想いとはいったい何だったのか?ウスナビ達の恋の行方、そして、住人達が考えた$96,000の使い道とは?
独立記念日の花火がまもなく打ち上がる。。。
PRESS REVIEWS
The New York Times ニューヨークタイムズ紙
まれに見る新しいセンセーション!夢を追うこと、本当の故郷をさがすミュージカル
Radar レイダー
近年で最もホットで知識のあるブロードウェイプロダクションだ
The New York Times Magazine ニューヨークタイムズマガジン
家族の絆と故郷の大切さを教えてくれる
Time タイムマガジン
ブロードウェイの変革を示す作品。コンテンポラリーだが暖かくて心からの希望に満ちている
The Washington Postワシントンポスト紙
純粋なブロードウェイ。古き良き、無邪気な喜びに満ちた夜だ
Associated Press AP通信
辿り着くに値する目的地。生き生きとした活気を通して伝わるスパイスの効いた喜びに満ち、じれったいまでの雰囲気に、セクシーで腰を回したくなるような振付。
公演概要
ブロードウェイミュージカル
『イン・ザ・ハイツ』
公演日:2010/8/20(金)〜9/5(日)
会場:東京国際フォーラム ホールC (東京都)
【e+MOVIE】満天のラテン!「イン・ザ・ハイツ」PV映像到着!
旗揚げ25周年という節目となった昨年、『無駄な力』と題した全体公演を派手にブチあげ、全国的に大好評だったWAHAHA本舗。彼らが今年も“力(POWER)シリーズ”第二弾として、またまたにぎやかなお祭り騒ぎを企んでいる。そのタイトルからして「バカの力(チカラ)」!
アイデア満載の群舞などのダンスネタから、舞台でなければ見られないお下劣なネタまで、ワハハならではの笑いがてんこもりのステージが期待できそう。そこで、演出を担当する主宰の喰始と、メンバーの久本雅美、佐藤正宏、梅垣義明を直撃!今回はどんなステージになりそうなのか、探ってみた。
「前回の舞台で、もっとヘンなことや新しいことをやれる手ごたえがあった」(喰)
「過激すぎて苦情も来るけど、その一方で感動も与えられるんだよね」(佐藤)
――前回公演『無駄な力』を振り返ってみて、特に印象深かったことは?
佐藤 印象深いということでは、きっと久本が一番だよね。
久本 そうそう、訴えられた、というか苦情が来ちゃったんですよ(笑)。
喰 匿名メールで「某有名女優が卑猥な言葉を舞台で連発している。子供に悪影響なのではないか」ってね。
久本 だけどね、そのあとに来た子供からのファンレターには「観に行ってよかった。私、実は落ち込んでたんだけど、まちゃみは訴えられてもがんばってる。私も負けません」って書いてあったんですよ。
佐藤 へえ! 何年生?
久本 まだ小学生だったかな。おかあさんからも「ありがとうございました、おかげで元気になりました」と。
梅垣 逆に、そういう子供もいるというのも事実なんですよね。
久本 そうなのよ。
佐藤 過激すぎて苦情もあるけど、その一方で感動も与えられるというね(笑)。
喰 きっと、影響力が強くなってきたってことですよ。だから、それもいいことなんです。昔、小劇場で公演をやっていたころはもっと過激なことをしてたのに、たいして話題にされてなかったんだから。
佐藤 そうだよねえ。だけど実はね、前回は俺の子供の小学校の校長先生や担任の先生も観に来てくれたんです。帰りに楽屋にも寄ってくれて「おまえの娘はもう退学だ」とか「よくて転校だ」なんて言ってましたけど、大丈夫でした(笑)。校長先生ですら、非常に喜ばれてましたよ。
久本 私の友達も「キレイだった」って言ってくれてた。オープニングのダンスとか、男性陣がドラッグクイーンに扮して踊るところとか。
佐藤 それは、俺たちの女装のビジュアルがキレイだったってこと?
久本 なんかね、キラキラ輝いてたって。
佐藤 つまり、衣裳がってこと?(笑)
久本 衣裳も照明も全部含めて、とにかく豪華さがあってキレイだったって。でもそれってすごくいいことだと思うんですよ。ひとつの絵になってるってことだから。
梅垣 俺の友達は「金平糖みたいだった」って言ってましたよ。これもなんかいい表現だなと思うけど。
佐藤 おいしそうだなってこと?(笑)
久本 どうせなら、宝石みたいだとか言ってほしいのに。それを金平糖て(笑)。
喰 知り合いのディレクター、演出家も観に来てくれたんだけど、その人も最初の10分間のダンスがすごいと言ってくれたよ。要するに、端の端まできちんと踊ってるから。なかなか他のところでは観られないくらい、素晴らしかったって。
久本 うれしいね。本当に、端の端までみんな一生懸命やってたもん。でもやっぱり、そうやって全体の力がひとつになってるところを観てもらえるのがいいですよね。個々のシーンもあるけど、全体としてワハハがおもしろかったー!って言ってもらえることが一番うれしい。
――ネタ的に群舞も多いですもんね。
久本 そうなんです。
喰 以前の“踊るショービジネス”のシリーズのときには実を言うと、リメイクものが3分の1くらいあったんですよ。だけど前回の「無駄な力」ではほとんど新作だった。実際、リメイクものって過去にウケたってことがあるから、演出としては結構安心してやれるわけ。だけど初めてのネタだと、どっちだろう?って不安感があったんだけど。まあ、それなりにみんなウケてくれて。あ、これならもっともっと、ヘンなことや新しいことをやれるなっていう、手ごたえがすごくありましたね。
――では今回も新作中心で?
喰 オール新作です。
――大変ですね(笑)。
久本 オソロシイですよ! もう、全部新作だなんて、私たちは正直コワイです(笑)。
「半世紀生きてきたなかで今回は最高級、最低級のバカになります!」(久本) 「単に観に来るというより、参加するような気持ちで来てほしい」(梅垣)
――今度はどんな舞台になるか、ちょっとネタを予想するとどんなものがありますか?
喰 やりたいと思っているのはね、“相撲ダンス”。
久本 みんなで、関取のカッコするの?
喰 うん。まわしをちょっとマンガっぽく分厚くして。
佐藤 肉襦袢は?
喰 つけないほうがいいと思ってるんだけど。
梅垣 裸のほうがいい、と。
喰 客席から順番に「東方〜」って呼ばれてぞろぞろ登場するの。「佐藤正宏〜山形出身〜」とか。横綱は久本と柴田でね。
久本 アハハ、なんかうれしいねえ。
佐藤 じゃ、女性陣の衣裳はどうします?
喰 そこはもちろん、裸タイツでしょ。
久本 もうね、私はなんだってやっちゃいますよ〜(笑)。
佐藤 もう、50歳過ぎたからねえ(笑)。
喰 客席には、うすっぺらい座布団を事前にひいておいて、ラストでお客さんにうわーって投げてもらう。
久本 いいねえ、それ!
梅垣 やるほうは、絶対楽しいと思うな。
佐藤 アナウンスで「座布団を絶対、ぜーったい投げないでくださーい!」って、わざと言うのもいいね。
久本 喰さんの選曲はセンスいいから、どんな曲で踊るのか、すごい楽しみ! こういうネタだって、美しく仕上げちゃいますから、うちの喰は! ファンタジーの世界に、ちゃんと持っていきますからね〜!
――あと、前回の『無駄な力』の時に“座長引退宣言”が出たそうですが、あれはどういういきさつで?
喰 あれはね。僕が座長引退させたかったの、ホントのこと言うと。佐藤くんって本当におもしろいのが、実は舞台よりも稽古場なんですよ。
佐藤 え? この25年間ずっとそうだったってこと?
一同 (笑)
喰 稽古のとき、無駄でバカなアイデアや思いつきをバンバン言ってくるのがすごいおもしろいんだよ。それはワハハを作った当初からそうだった。だけど座長という立ち位置にいると、どこかちょっと立派なふるまいをしなきゃいけないという責任みたいなものがどうしても生まれるじゃないですか。だからもっとラクな立場にして、ノーテンキにしていたほうがいいだろうと思ったわけ。
久本 喰さんって、優しいねえ。
喰 あともうひとつは、新しい座長は誰になるかわからないけど、そういう部分で動きがあったらまたおもしろいかなと思ったの。それで今回の『バカの力』で、お客さんに新座長を決める投票をしてもらうんです。各劇場ごとにそれをやって、最終的にはそれを集計して決める。だから今年の座長はまだ決まってないわけ。今は空白なの。
梅垣 なるほど。
佐藤 じゃ、来年は襲名公演とかやるつもり?(笑)
久本 ハハハ。決めるのはお客さんだから、誰がなるのか本当にわからないね。
喰 だけど、たとえば久本や柴田や梅ちゃんが候補になると人気投票になっちゃうから。そこは応援、後援にまわってもらって。
久本 なるほど、了解です、わかりました。そうだよね、梅垣とかが候補になったらみんなわざと投票しそうだもん。それでもし本当に梅垣が座長になっちゃったら正直、私はワハハ辞めるよ!(笑)
一同 (笑)
佐藤 となると、立候補の権利は?
喰 まだ決めてないけど、なるべく全員にチャンスがあるようにしたいね。
――では、若手から候補者を募るんですか。
喰 というより、無理やり立候補させちゃう。
久本 そのほうがおもしろいよ(笑)。若手全員出したほうがいいよ。で、新しい座長が決まったとして、その人にも満期とかあるの?
喰 あるでしょうね。やっぱりコイツじゃ失敗だったー!ってこともあるでしょうし。
――じゃ、また1年くらいで交代したり?
久本 1年もてばいいけど、みたいな(笑)。なんか、すぐ代わりそうだな。結局誰もいなくなった、ってことにならなきゃいいけど。
――じゃ、これで佐藤さんはとりあえず肩の荷が下りた感じですか?
佐藤 いや、どうなんだろう。自分では、そんなに背負ってたものがあるようにも思えないんだけどなあ(笑)。
――では、最後にそれぞれ、お客様へメッセージをいただけますか。
久本 今まで半世紀にわたって生きてきましたけど、今回は最高級、最低級のバカになります!ぜひ見に来てください!!
佐藤 しかも、小学校の校長先生からのお墨付きでございますからね!
喰 人間っていつもこれをやっちゃいけない、あれをやっちゃいけないって、自分を抑えている部分があると思うんだ。だけどこの舞台を観に来たら、お客さんもバカになれる。やるほうも、お客さんも一緒になってバカになれるっていうのは、こういうお祭りみたいな舞台以外にはないですから。
梅垣 特に、ワハハ本舗の場合は単に観に来るというより、参加するような気持ちで来てほしい。ぜひ大勢の方が参加しに来てくれたら、うれしいですね。
久本 ホントそうだよね! みんなで一緒にバカになろう!!
わずか1週間で26,000人を動員した脅威のステージ、『ドラムラインLIVE』再来日公演決定!映画「ドラムライン」をベースに、ブラックミュージックの歴史を魅せる2時間ノンストップのショー。楽曲はマーチング音楽だけでなく、アフリカンドラム、モータウン、ゴスペル、スウィングジャズなどブラックミュージックの名曲の数々が登場!
大興奮のブラスアンサンブル、衝撃的なダンススタイル、打ち鳴らすパーカッション、アメリカ黒人文化が今、力強さと共にステージ上を駆け巡る!誰にも止められないハーフタイムバトル!
生で感じる未体験のビート、驚異のマーチング・バトル!
青春映画「ドラムライン」はグラミー賞の常連、音楽界の巨匠ダラス・オースティンの実体験を基に、「フォレスト・ガンプ/一期一会」など名作を製作するウェンディ・フィネルマンがプロデュースした話題作。天才的なスネアドラム・テクニックを持つ主人公の成長と葛藤を描いた作品は、大ヒット記録した「ブラスト!」来日公演もあり、日本でのブラスバンド、マーチングバンド人気に火をつけ、ロングランを記録するなど世間の話題となった。
目玉は、全米の大学から選び抜かれたマーチング・バンドが優勝を賭けて究極の妙技を競い合うシーン。
特にクライマックスのスネアドラムなどパーカッションを交えたドラムラインのバトルは手に汗握るスリルと迫力の名場面の連続。
「ドラムラインLIVE」は映画以上の迫力と緊張感で舞台が展開。本作の前身ともいえる“HALFTIME・LIVE”を、映画でマーチングバンドの演奏シーンを監修したチームが舞台としてショーアップ。アメリカ黒人文化や歴史を随所に散りばめながら、ソウル溢れる洗練されたステージを創り上げた。HBCU(Historically Black Colleges and Universities)のファンク溢れるパフォーマンスがステージを縦横無尽に駆け巡る。
■演奏曲目(予定。一部抜粋)
・ダンシング・マシーン(ジャクソン5)
Dancing Machine / Jackson 5
・愛するデューク(スティービー・ワンダー)
Sir Duke / Stevie Wonder
・マイ・ガール(テンプテーションズ)
My Girl / Temptations
・シャイニング・スター(アース・ウィンド・アンド・ファイアー)
Shining Star / Earth, Wind, and Fire
・シング・シング・シング(ベニー・グッドマン)
Sing, Sing, Sing / Benny Goodman
■HBCUとは
HBCU (Historically Black Colleges and Universities)とは、主に南東部に120校程存在する州立/私立の大学であり、歴史的には南北戦争後、アフリカン・アメリカンの若者達の未来の尊厳と希望の拠り所、そして教育水準の向上の為に設立。
キング牧師、アリス・ウォーカー、スパイク・リー、ライオネル・リッチーなどが出身者として名が挙げられる。
これらの大学ではまた、50年以上前にショースタイルのマーチンクバンドを生み出した。カレッジフットボールチームのハーフタイムを彩るパフォーマンスは、クラシックからtop 40のヒットチューンやファンキーなダンスに溢れた、もう一つのアメリカの伝統/文化となっている。
ハーフタイムショーとして始まったHBCUマーチンクバンドは、現在では全米大会が60,000の観客を集める人気を博す程深く根付き、その人気を背景に映画「ドラムライン」や本作などが生まれるきっかけとなった。
また、オバマ大統領就任のパレードでもHBCUのマーチングチームが演奏したことも話題となった。
公演概要
プレイガイド最速先行!パソコン画面でお好みの座席が選べます!
『ドラムラインLIVE』
公演日:2010/8/11(水)〜8/15(日)
会場:東京国際フォーラム ホールA (東京都)
最速先行:2010/2/6(土)10:00〜
2/14(日)18:00
一般発売:2010/4/3(土)〜
窮屈な毎日の中で抱える不満を爆発させ、女性だけのロックバンドを結成した主婦たちの姿を描いたミュージカル『イカれた主婦』。自ら行動を起こすことで愛する人たちとの関係を見つめ直し、新しい自分と出会っていくという痛快なストーリーは観客の心をつかみ、劇場は連日スタンディングで盛り上がった。あの興奮から20年。初演で主演を務めたベブ役の木の実ナナを中心に、新たなキャストとスタッフが再び開く『イカれた主婦』の幕。イカれたママ・木の実ナナとその息子・山崎育三郎が語る新たな決意とは――。
今の自分だからこそ出来るティム像をやっていきたいですね。(山崎)
――まずは何と言っても20年ぶりの再演。うれしいニュースです。
木の実 そうですね。でもね、この前改めてシノプシスを読み直したら「えーっ、こういう話しだったっけ?」なんて思うくらいにすっごく新鮮で新しくて。時間を経てもその時その時で違う輝きを見せてくれる作品なんだなって感じました。
――ティム役の山崎さんとは初共演ですね。
木の実 そう、ハンサムよね〜。20年前のティムよりも…なんて言ったら怒られちゃうか(笑)。ご一緒するのは初めてだけど、お仕事ぶりは以前から拝見してましたから、こうして共演出来るのはやりがいがあるな、と思いますよ。
山崎 こちらこそ光栄です。僕もナナさんのことは小さい頃から拝見してましたし、さっきちょうど20年前の公演パンフレットを見ていたんですけど、何にもお変わりなくて。
木の実 フフフッ!(笑)。ねぇ〜、上手いわよね〜。
山崎 ホントですよ〜(笑)。もちろん舞台を拝見してもいつもパワフルでエネルギッシュでいらっしゃるから、僕も負けずに気持ちでぶつかっていかなきゃって。今23歳なんですけど――
木の実 えっ、あら、じゃあ初演のときは3つの坊やだったの!? うわ〜っ。それがこうして息子役で共演ですものね。そうか。じゃあもううーんとティムを悩ましちゃうお母さんになろうっと(笑)。
山崎 今の自分だからこそ出来るティム像をやっていきたいですね。僕もたくさんママを困らせて(笑)。
――反抗心いっぱいのパンク少年ティム。実際の山崎さんはティーンの頃、ティムのような気持ちってありました?
山崎 それが、ほとんどないんですよ。この仕事をやりたくて、大学でも歌のために、クラシックを勉強してたので…。だから逆にこういう自分にはない部分を持った役を演じられるのはうれしくて。
木の実 そうよね。

山崎 台本も読み始めたら面白くて一気に読んでしまいました。こういう痛快なコメディーのミュージカルって、最近余りないような気がして新鮮でしたね。ティムはパンク少年だけど、芯にはとにかく真っすぐで純粋な心があると思ったので、そこを大事 にしながら…あとはもう、お母さんとガンガンぶつかっていければ。
木の実 ママが息子に「パンクやめてやめて!」って言っていたのが逆に息子が「ママ、パンクなんてやめてやめて!」って逆転しちゃって、でも最後は応援してくれる。この親子の関係って、物語の中でも一番重要なところだものね。だからケンカシーンもほんとに遠慮ナシにリアルにぶつかって、でも数秒後にはもうケロッとしてる。そんな“本当のつながり”をお客さんに見てもらって楽しんで頂きたいんです。オープニングからカーテンコールまで、2人の強い血の繋がりを感じさせたいわ。どのカップルよりも目立っちゃうように(笑)。
今回、私の中では“LOVE”がひとつのテーマ。イカるってことは裏返すと「周りにいる人たちすべてにもっと愛を持って接しましょうよ」っていう気持ちだから。(木の実)
――久しぶりの再演としては、前回観劇したお客様が今度はママの世代になって観に来る、みたいな楽しみもありますね。
木の実 ええ。すでにそういうお手紙もたくさん頂いてますし、当時すでにママ世代で、「すっかり歳を重ねてしまったけど、また『イカれる〜』が観れるなんてうれしいです」っていう方もいらっしゃいます。それだけみなさんの中に残る作品だということだから、こうして再演っていうのは素直にうれしいけれど、だからこそみなさんの期待を裏切れないぞって思いもあります。ただね、私はどこかに“慣れ”みたいな精神を持ちたくはないって思いがすごくあるの。再演っていってもいつも初めて臨む気持ちでいるんです。『阿国』なんかもそうだけど、バージョンアップというよりはやはり毎回新作という気持ち。こちらが新鮮な気持ちで演じれば、それは絶対お客様にも伝わるはずですし。だから初参加のティムと同じ気持ち。真っ白な状態で一緒にスタートするんだ、って。
山崎 僕もなるべく余計なことは考えず、稽古場ではスポンジのような気持ちですべて吸収していこうって思っています。
木の実 スポンジか。いいわね、素敵。
山崎 みなさん先輩ばかりなので、もう気持ちで身体ごとぶつかっていきますよ!
木の実 キャストは全部で8人。その8人でもう100人、200人ものパワーを出せるくらい、自分の持ってるあらゆるチカラを出し切っていかなくちゃ。
――そのパワーが弾けるクライマックス、ライブシーンはやはり必見。
山崎 楽しみですね。ロックを聴くのは元々好きですし、今は地道にコツコツとギターのレッスンをしてるところですが(笑)。
木の実 私も! 前はどうしても三味線みたくなっちゃったけど(笑)、今回はもうバシッと決めていくからね。ライブシーンは出る前はもうドキドキで本当に大変。それだけにキマるとカッコイイし、本当に気持ちいいの。私、舞台って、SHOWって、やっぱりお客さんも参加してくださって役者と一体になってこそだと思うのよね。この作品はまさにそのSHOWの醍醐味が感じられるのが素晴らしいところ。
――舞台もお客さんも大いに爆発!
木の実 こんな時代だからこそね、ホントにアングリーに爆発よ。今回、私の中では“LOVE”がひとつのテーマなんです。イカるってことは裏返すと「周りにいる人たちすべてにもっと愛を持って接しましょうよ」っていう気持ちなの。だから常に自分の周りを小さなハートが飛び回ってるような気持ちでベブを演じてみたい。もう愛が溢れて大変! ティムもしっかり受け止めるのよ!って(笑)
山崎 もちろんです! 大変だ〜。何倍にもハートを返せるように頑張らないと(笑)。
木の実 うん。楽しくやろうよね。
――そしてまた20年後に再演を?
木の実 ヤダ〜ッ(笑)。うーん、いつもね、あんまり先のことって考えないの。でもそうだなぁ、実際パワー溢れてるし、そういうの嫌いじゃないほうだから、その時になったら…やるんでしょうね。きっと(笑)
〈取材・文/横澤由香〉
公演概要
「イカれた主婦」
公演日:2010/5/15(土)〜5/23(日)
会場:ル テアトル銀座 (東京都)
※その他各地ツアーあり
三谷幸喜にとって初めての挑戦となった04年初演の一人芝居「なにわバタフライ」。主演の戸田恵子は本作を含めた活躍により朝日舞台芸術賞に輝き、三谷も会話劇を思わす巧みな演出が高い評価を得た作品だ。今回はさらに濃密なものとするため、脚本から演出まで全てを見直したという三谷に、本作への意気込みを聞いた。
「一人芝居には観客にも緊張を強いる雰囲気があるので、初演は力を抜くことが目標だった。でも皆に「頑張ったね」と言われ頑張りすぎたのが反省点。ある意味一人芝居といえる落語は観客を楽しい気持ちにさせる、ああいう方向性が理想ですよね。初演は勢いと力技で切り抜けた感じ。同時に一人芝居の可能性も感じられたので、今回はもっと高みを目指そうと。楽に観られるポイントを探りながら、一人芝居でもエンターテインメントといえる作品にしていきたい」
それはあらゆる装飾を省くことで実現しそうだ。今回は作品にテンポを生み出しどこか共演者のようでもあった生演奏が全てカットされ、セットもよりシンプルものになるという。まさに落語を思わす世界感。そんな未知なる領域への挑戦を可能にするのが戸田恵子の存在だろう。女優・声優・歌手とマルチな活躍を続け、三谷が絶大な信頼を寄せる実力派の一人だ。
「そうはいない逸材、プロの俳優さんだなと思う。物語には旦那や恋人などのエピソードが出てきますが、彼女が見つめるだけで彼らの姿が見えるような、そんなマジックを初演では見せ付けられました。今回は戸田さんの凄さをより際立たせる究極の一人芝居。何の仕掛けもない中で彼女の技術を見てもらいたい。上演時間も短縮するつもりです」
一方の三谷も再演を待つ6年の間にさまざまなフィールドで新たな挑戦を続けてきた。昨年は脚本・脚色を手掛けたテレビ人形劇がスタート。年末にはオフ・ブロードウェイで新作を上演。日本のオリジナル作品が現地で初演されるのは史上初という快挙を成し遂げた。
「海外公演は憧れ以上に『日本人でもこんなに面白い作品が作れる』と、世界に知らしめたかった。笑いに国境はないし実際、現地でその事を実感しました。日本語交じりの脚本に笑う観客の姿は自信にも繋がりましたね。歌舞伎やミュージカル、ドラマや映画と常に一つのジャンルに留まりたくない思いがある。今後もあらゆる分野に目を向けてやっていきたい。ただ僕は演劇の人間なので、最終的には“他流試合”で得た経験は演劇に還元される。今回も何らかの形で生かされていると思います」
今や世界へ羽ばたく喜劇作家となった彼が唯一、笑いに関して「手ごわい」と感じるのが関西のお客さんだ。「劇中どんなに笑っていてもアンケートは厳しいとか(笑)。楽しみ方を知っている人が多い」。そんなドキドキの関西(京都・大阪)公演を含む本作の見所を改めて聞いた。
「初演では蝶々さんを知る方々から『そっくりだったよ』と言われることも多く、多少近づけたのかなと。ただ劇中では彼女の名前は語りません。あくまでも“ある女の物語”なので、観る人にはバイタリティー溢れる普遍的な女の生き様や、2時間近くを一人で演じきる戸田さんのパワーに注目して欲しいですね」
浪花の喜劇女優・ミヤコ蝶々をモチーフに恋に仕事にと逞しく生きたある女の一代記。時に困難に直面しながらもへこたれず前進する彼女の姿には、世代や時代を超えて観るものの胸を打つ力がある。誰の胸にも響く笑いと涙の感動作。初演をしのぐ新たな演出で存分に楽しみたい。
(取材・文 石橋法子)
全国の読者に感動を与えた実話集『届かなかったラヴレター』。シリーズ累計35万部のこのベストセラーを、歌手・クミコとミュージカルスター・井上芳雄が朗読し、そして歌うハートフルコンサートが2009年に引き続き、再び開催される。前回の好評に応え、今回はさらにパワーアップ! 朗読&ナビゲーター役として徳光和夫、上柳昌彦という大御所アナウンサーがふたりも参加することになった。
「なんだか家族写真を撮っているみたい!」と顔合わせの時点から和やかなムード満点だった4人に、今回のステージへの想いを語ってもらった。
「ナマで朗読をするというのは、実は初めての経験なんです」(徳光)
「いつかクミコさんと何か一緒にしたいと話していたんですよ」(上柳)
――クミコさんと井上さん、おふたりにとっては2回目の『届かなかったラヴレター』になりますが。徳光さんは、この企画に初めて参加することになって、まずどんなことを思われましたか。
徳光 僕はほら、もう“アラシチ”ですから。
上柳 “アラシチ”?(笑) 今、おいくつなんでしたっけ。
徳光 68歳。このトシだとどんな仕事をやってももう仕事慣れしちゃってて、いただく仕事をどっちかというと“こなす”という感じだったんです。だけど、今回のように舞台で。ちゃんと声づくりをするというか、毎日、声に出して読んで準備をしておきたいです。手紙には微妙なニュアンスが書かれていますから、その言葉のニュアンスを音で出せるようにしていかなきゃいかんかな、と。
――上柳さんも同じく、初参加ですね。
上柳 そうです。そもそも、僕はクミコさんの『わが麗しき恋物語』という曲を7年前、勝手に自分の番組で毎日かけていたという、そんなご縁があってね。いつかクミコさんの歌に合わせて、僕が何かを読むのか司会をするのかわからないけど、とにかく何か一緒にしたいですよねって話はしていたんです。それが、小さな炎みたいにチョロチョロ燃え続けていて、今に至るわけなので。だから今回は本当にうれしいですね。
クミコ だけど徳光さんと上柳さんという最強の、言葉を伝える達人がおふたりもいらっしゃるんですから。きっと、ものすごく助けていただけるんだと思って、心強いですよ。
井上 僕も、こういう試みはずっと続けていきたいなと思っていたんです。だからこうして2回目があってとてもうれしいし、新しい形でおふたりとご一緒できることは、すごく幸せで、すごく楽しみです。
――前回やってみて、感想としてはいかがでしたか。
井上 もう、とにかく稽古が大変だったんですよ。演出が結構しっかりあって、芝居とか舞台に近かったので。
クミコ そうなんですよね。最初はセリフを覚えるわけじゃないし、ただ手紙を読んで、歌うだけじゃない?って簡単に考えていたら(笑)、それどころではなくて。これってなんなんだろう?っていうくらい、あれほど疲れた舞台もなかったですね。
井上 アハハハ、本当ですよ。
クミコ なんでこんなに疲れるの?って、ふたりでゼイゼイしてました。それって、手紙に詰まった何十人分の想いを背負ってやるせいなのかな、と思うんです。ひとつひとつ、いろんな人の想いに沿わなきゃならないので、それで自分の体がバラバラになっていくような緊張を強いられたのかもしれません。
井上 僕も、読んでみて初めてわかることがいっぱいあって。手紙を書いたのは一般の方、つまり文章のプロじゃない方じゃないですか。だからどうしてもリズムが難しかったりして、読みにくい部分もあって。でも、だからこそリアルに届くものもあるんですよね。
クミコ 芳雄くんは、よく泣いたよね(笑)。
井上 もう、舞台上でもボロボロ泣きながら。
クミコ 私は最初「え、なんで泣くの?」と思っていたのに、結局は同じような状態になってました。鼻水の処理の仕方を、芳雄くんを見ながら覚えましたよ(笑)。
――だけど、涙といえば徳光さんですよね。
徳光 そうなんですよ。だから、今から困っててね。涙って、こらえていると一度噴き出したときにはもう尾を引いて、止まらなくなるんです。
クミコ ああ〜。
井上 そうそう!
徳光 これもまた、僕のひとつの課題だな。
上柳 いや、実話っていうのは、僕もよくラジオで読むんですけども、演者は泣いちゃいかんよって言われるわけですよ。
徳光 うん、本当はそうなんだよね。
上柳 自分の感情は置いておいて、その上でいろんなことを想像するのはお客さんの力なので。だから僕の仕事は、どこまで自分の感情を抑えられるかってことなんですが、これがひとりが泣き始めるとね。
クミコ そう、そうなの、そうなの!
上柳 女子中高生みたいな連鎖になるんじゃないかと、今、ふと思ってね。これはなんとかしなきゃな。
クミコ 気をつけます。
徳光 一番心配なのは、やっぱり僕ですかね。今朝も、電車でスポーツ紙を読んでいて、これがまたうまいこと書いてあるもんだから。
クミコ アハハハ、電車の中で泣いちゃうんですか。
徳光 いや、ホントそうなんです。もう、嗚咽ですよ。みっともないけど、止めようと思っても止まらなくなっちゃってね。
上柳 周りの人、ビックリするでしょうね(笑)。だけど、人がそうなると逆に自分は冷静になるかもしれないなあ。クミコ じゃ、上柳さんを船長と呼ぼう! みんなが沈みかけたら、よろしくお願いしますね!
井上 最後の砦として頼りにします!(笑)
「おのおのの中で見えてくるものがいっぱいあるコンサートにしたい」(クミコ)
「実人生が全面に出てくる手紙や歌からいろんなことを受け取りたい」(井上)
――朗読を実際にやってみて、難しさは感じられましたか?
井上 いや、本当に難しかったです。僕はふだん役を演じることが多いので。朗読では、演じてその人になって読むのがいいのか、ある程度距離を置いて、聴いている人の想像にまかせて読むようにしたらいいのか、悩んでしまって。まあ、正解というものもはっきりはないんでしょうけど。手紙によっては方言だったり、おじいさんだったり、女の人だったりっていうのもありますし。ふだん自分がやらないような人物の手紙も読ませてもらったので、すごく勉強になりました。だから今回は、徳光さん、上柳さんおふたりが読まれるのを見て、さらに勉強しようかなと。
クミコ 私もこの、言葉を伝える達人おふたりがどういう風に読まれるのかが、本当に楽しみ。私も同じように、勉強するつもりでおります。
上柳 だけど、クミコさんは歌もいいけど、実は朗読もいいんですよ。
クミコ ええ〜?そんなことないですよ。
上柳 MCはちょっとオバチャンぽいですが。

クミコ アハハハ!
上柳 このちょっと、ハスキーな声がまたいいんだ。
徳光 隣で声を拝聴していましても、ああこの声でナレーションするのは、いいんじゃないかと僕も思いますね。どっちかっていうと歌は語れっていうほうでしょ。
クミコ 語るように歌うとか、よく言われますけど。それって結構極意かもしれないなって、このごろ思うんですよ。語るように歌う、歌うように語る。まさしく今回はそれですね。
――では最後にお客様へ、それぞれからお誘いのメッセージをいただけますか。
上柳 まずはクミコさんと井上芳雄さんのファンの方にはぜひ、歌をじっくりと聴きに来ていただきたい。そして朗読という表現には日ごろそんなに接する機会がないと思うんですが、これが意外とハマるんですよ!意外と人間っていろんなことを想像しますよ!っていうことを、多くの方に体験してもらいたいですね。
徳光 ああ、確かにそれは非常にいい経験かもしれないね。
クミコ 実は先ほど、演出のほうから「これは目を閉じて聴くコンサートにしたい」というコンセプトを言われまして、それってすごく正しいなと思ったんです。私のお客様でも、目の悪い方がすごく多いんですよ。私の声なんて目を閉じて聴く声でもないだろうと思ったんですが、そんなことないって言ってくださってね。ということは、まさしく今回なんて、もっともっとそういう方に来ていただいたら、喜んでいただけるような気がしていて。目の見える方は目を閉じていただいて、もし目の見えない方はそのままで、おのおのの中で見えてくるものがものすごくいっぱいある、そんなコンサートにしたいですね。
井上 うーん、もう僕は本当にひとりだけ、本当に未熟者なので……。
クミコ っていうか、ひとりだけすごく若いのよね(笑)。
井上 まあ、しょうがないと思うんですけどね、実際に若いから(笑)。
徳光 ハハハ。
井上 でも今、皆さんのお話を聞いていたら、年だけの問題だけではないと思えてきて。新しい取り組みとして向き合おうとしていらっしゃる皆さんがすごく素敵で、僕なんかもっとそうしないといけないなと改めて思いました。こういうステージってごまかしがきかないというか、実人生がボーンと全面に出てくる手紙や歌ばかりになると思うので。本当に一生懸命になって僕もいろんなことを、歌や手紙から受け取りたいです。前回知ったんですが、人生で最後に人が言うのは「ごめんなさい」と「ありがとう」だと。これは僕にとっては大きな発見だったんです。それを知っているだけで何か心に灯がともるみたいなところがあったので、今回もそういう経験をまたもうひとつしたいな、と思っています。
徳光 僕も本当に今、皆さんがおっしゃられた通りの想いなんですけどね。でも、ちょっと開き直りみたいに聞こえるかもしれないですけど、僕は放送屋なんでね。“放送”という字は“送りっ放し”って書きますから。
クミコ あ、本当だ!
徳光 送りっ放しで、こちらはナレーションいたしますんで、皆さんは自由にお受け止めください、と。
クミコ ピッチャーですね!
徳光 うん。たまに暴投になるときもあるかもしれませんが(笑)、皆さんにはぜひともいいキャッチャーになっていただきたいと思っております!

1973年の初演以来、時代を象徴する旬の女優が主演して来たつかこうへいの名作『飛龍伝』。12月9日、都内にてその『飛龍伝』の最新作『飛龍伝 2010ラストプリンセス』の製作発表記者会見が行なわれた。今回のヒロインは黒木メイサ。つか作品でデビューを飾った彼女が6年ぶりにつかこうへいとタッグを組み、全共闘の委員長に祭り上げられる神林美智子役に全力で挑む。会見にはほかに美智子と恋に落ちる機動隊員・山崎一平役の徳重聡、学生運動のカリスマ的リーダー・桂木順一郎役の東幹久、東京公演のみ出演する演歌歌手の大江裕が登壇。人気作にふさわしく大勢の取材陣が詰めかける中、作品にかけるそれぞれの思いを語ってくれた。
製作発表記者会見レポート

つかとの出会いは中学生の頃という黒木は「6年ぶりのつか作品です。うれしいのと同時に、今までにはない緊張感とプレッシャーがあります。美智子は強い。でも女性として、人間として、強さだけではなく弱さも抱えているはずなので、そこを身体と心を使って表現して行きたいです。稽古が激しいものになるのは明らかだし、体力的にも精神的にも正直疲れますが、それがだんだん気持ちよくなってくるんです(笑)。ここにいるみなさんがあの稽古場でどう戦うのかも楽しみですね」と、年月を経ての恩師との再会と新たなチャレンジに向け、静かなる闘志の炎を燃やして見せた。
これが自身にとって2度目の舞台出演となる徳重は「学生運動の時代については本などで得た知識しかありませんが、歩道のレンガを剥がして投げつけたとか今では想像出来ない激しさがあるので、背景も勉強しながらしっかり表現したいですね。これもひとつの修行。すべてをつかさんに委ねて頑張って行きたい」と、真摯に抱負を語った。
映像を中心に活躍、久々の舞台出演となる東は「やりたくてもなかなかできない役者が多い中、こうしてつかさんとご一緒できるのは本当にうれしい。稽古を通じて自分の弱さ、足りなさを感じることも幸せだと思うと今からウズウズと心が昂ります。スポンジのような吸収力でゼロから頑張りたいです」と、大いなる刺激を前に掻き立てられる役者魂をむき出しにした。
「新人なものでとにかく何でもチャレンジしたいと考えております。舞台のことについては黒木先輩にたくさん教えてもらいたいです。若輩者ですがよろしくお願いいたします」とは、演歌界からの異色の抜擢となった大江。真面目で朴訥としたキャラクターながら舞台上では“狂犬”がキーワードになるとか。その変貌ぶりにも注目したい。
『飛龍伝』で描かれるのは、“国家を救う”という信念を持って生きていた若者たちの姿。残念ながら当日は風邪による発熱で欠席となったつかだが、会場には「21歳の大人の黒木メイサとまともにぶつかり合えるのが楽しみ」とのコメントも届いた。そしてその思いを受け黒木も「時代の流れを受け、つかさんもホン(台本)を書き換えてくださっていますし、“今やることに意味がある”『飛龍伝』になっているはず。新しい『飛龍伝』を楽しみにしていてください」と応えた。まさにタイトル通り、“2010年の『飛龍伝』”が動き出した。
徳重聡×東幹久 スペシャルインタビュー
――おふたりはこれが初共演ですか?
東 いや、5年くらい前にドラマで共演してますね。結構一緒にいる時間もあったんだけど、彼はねぇ、真面目で不器用で…しかも頑固(笑)。まあ5年も経てばいろんな出会いがあるだろうから、徳重くん自身も引き出しが増えていろいろと変化しているとは思うけど。
徳重 今でも頑固は頑固です(笑)。東さんとはホントに「お久しぶり」という感じで、なんだか新鮮ですね。東さんは何でも器用にこなすし社交的な方っていうイメージだったんですけど、実はそうではなくて意外に照れ屋さんなところがあったりしていて…。
東 俺、人見知りでシャイなんですよ〜。
徳重 そうそう! 僕は色々面倒見て頂いたりしてましたけど、こうしてまたご一緒出来てうれしいです。
東 久しぶりの共演。あれからお互いどんな風に成長しているんだろうって僕も楽しみだよ。
徳重 はい。
――おふたりの恋の相手であり本作のヒロインである黒木さんの印象はいかがでしょう?
東 いろんなお仕事をされてますけど、その経験をひとつひとつしっかり積んで生かされてる方ですよね。もちろんお綺麗だし。それと、実際お会いすると目力がなんとも言えないんですよ! 強さの中に優しさが垣間見えるというか、とてもチャーミングな目で。
徳重 カッコイイタイプの綺麗な方というイメージだったんですけど、台本を読むと可愛らしい仕草や台詞も多いので、僕はそういう黒木さんを目の前で拝見できるのが今から楽しみだし、幸せですね。しっかり恋しようと思います。
――徳重さんと東さん、互いに映像での活動が多いかと思いますが、舞台にはどのような思いをお持ちですか?
徳重 僕は去年初舞台を踏んだんですけど、正直こんな早いタイミングでまた舞台が経験出来るとは思ってませんでした。しかもつかこうへいさんの作品ということで、有り難いなぁという思いと同時に、ほとんど舞台経験がない自分がそこへ入ってくことにかなり不安も感じています。舞台は毎公演毎公演が本番で、ミスもその場で即挽回しなくちゃいけないし、やっぱり怖いですよね。でもそれを怖がってばかりもいられない。やはり一発一発が勝負だから、そのための準備を稽古でちゃんとやっておかなくちゃいけないんだってことは初舞台の時にかなり痛感しました。
東 今年40歳になったんですけど、そこでまた舞台をやる、厳しいところに飛び込んでいけるのはやっぱり出会いなんだなぁって思ってます。ともすれば守りに入ったり腰が重くなってしまいそうなところでつかさんとご一緒できる。実際始まったら何を感じるのか、どうなっちゃうのか…。今はまだ全然想像もつかないんですけど、いいことなのか悪いことなのか、とにかくここで自分が変わるだろうなって思うとわくわくしますね。
――『飛龍伝』は何度も上演されてきている名作ですが、作品自体からはどんな魅力を感じていますか?
東 人間の生々しさ。それは決して負の部分だけじゃなく、プラスの部分もしっかり描かれている。強さと弱さ、美と醜さ…相反するものが同時に存在しているところにすごくひかれます。同時に、つかさん自身が生きて来られた人生のあらゆるものが詰まっているような気もしますし。
徳重 「人間って生きて行くのは大変なんだよ。ぐちゃぐちゃ言っててもしょうがない、なんとか笑って生きて行こうよ」みたいなことを言いたいんじゃないかなぁって思いました。辛くても踏ん張ったら何かいいことあるんじゃない?っていう気持ちというか、そういうところの力強さや生々しさを吐き出す…役者としての僕自身もそんな気持ちで作品に臨んで、そういう生々しいモノを見せられたらいいですね。
東 わかるわかる。
徳重 山崎一平という男の生き方はすごいしんどい生き方だと思います。ただ稽古場ではもう僕なんかがいろいろ細かいところ考えてても仕方ないですから、そこを表現するためにとにかくしっかり台本と向きあって、あとはもうどーんと飛び込む。まな板の上の鯉じゃないけど、つかさんの世界にいかに乗っかっていけるか、だけでしょうし。
東 俺も同じ気持ち。映像は自分の持っているモノで演じていく瞬発力が求められるけど、舞台は“無”というか、俺の考えなんか全くかなわない領域。自分の得意不得意とかも考えずに、つかさんの演出に委ねるのみですよ。とにかくニュートラルな状態で稽古場に入って、何か新しいモノを出す…出さなきゃいけない。意外とくじけないタイプなので、いろいろ言われるのは好きですしね。なんかホントにどうなるかわかんないですけど(笑)、桂木順一郎が持つ熱さを表現するため、くたばりながらやっていきたいですね。
――気持ちはすでに稽古場ですね。それでは改めて本作に寄せる意気込みをお聞かせください。
東 僕にとって久しぶりの舞台。1ヶ月かけて稽古して芝居を創って行くというのは役者として、また人間としてとても貴重な場になると思いますし、真摯に取り組んでいきたい学ぶべき場だと思っています。僕は舞台のライブ感がすごく好きだし、劇場という同じ空間の中でお客さんと同じ空気を感じられる幸せは僕ら役者の元気の源なので、みなさん是非観に来て頂ければうれしいです。
徳重 台本を読んでてもすでにとても面白いパワーのある作品だと感じています。また、僕にとってはダンスを始め新しいチャレンジ尽くしの作品。今までにない徳重聡を観て頂けると思います。もちろんつか作品ファンの方々にも楽しんで頂ける舞台になると思います。ぜひ観にいらしてください!
〈取材・文/横澤由香〉
〈写真/渡辺マコト〉
約1年半ぶりに活動を再開した阿佐ヶ谷スパイダース。待望の新作『アンチクロックワイズ・ワンダーランド』は1年間のロンドン留学を経験してきた長塚圭史の、注目の帰国後第一作目となる。キャストは阿佐ヶ谷スパイダースのメンバー、中山祐一朗と伊達暁はもちろん、長塚作品の常連ともいえる役者陣がズラリと顔をそろえるほか、初参加となる花組芝居座長の加納幸和、映像での活躍が目覚ましい光石研らも加わり、新鮮かつ豪華な座組が実現することになった。
これまでの作品と、今回改めて感じている劇的なものに回帰するという意識が、うまく融合していけばいいなと思う
――今回の作品を書かれるきっかけになったのは、どんなことからでしょうか。
長塚 あらすじとしては、ある作家が事件に巻きこまれ、そこから逃亡していくという一晩の話ではあるんですけど。それに、僕が常々思っていることなんですが、どこからが夢でどこからが現実かわからないというか、そもそも時間なんていう感覚は誰が作ったものなのか、とか。未知なるもの、ものさしではかることができないものって、この世の中にはたくさんあると思うんですね。そういう、現実と非現実があいまいに融合していく世界を作り出したかった。そして、それを演劇としてどうやって表現できるかということを、考えてみたかったんです。
――稽古前に、ワークショップを行ったそうですね。
長塚 はい、5日間かけてやりました。そのワークショップに、僕はこういうことをやりたいという漠然としたアイデアだけを持って行って。それを伊達、中山2人と、今回出演する何人かの俳優さんに加え、出演しない俳優さんにも参加してもらってね。
伊達 俳優さんだけじゃなく、スタッフさんとかも加わって、遊び感覚からスタートしたんですよ。ひとつの空間にいろんな人がいるから、いろんな思いや考えが聞けるし見られるし。人に出会う場って感じの5日間でした。今までに何度か共演したことのある俳優さんの新たな面を知ることもできれば、初めて会う方とも知り合えて。本稽古の前に、ああいう場が設けられたということはすごく良かったですね。
中山 知り合えるという意味で言うと、たとえば加納さんはスケジュールの都合で少ししか参加できなかったんだけど、そのことで逆に、今後の稽古がますます楽しみになったというか。ちょっと仕掛けてきそうな匂いみたいなものを感じて、すごく面白そうだなと思った。
伊達 加納さんは「若い人に呼んでもらってうれしい、光栄です」って言ってくれてましたからね。僕らも、すごく楽しみです。
中山 光石さんは光石さんで、フルに参加してもらったから、ああ、こういうスタンスで役者としてお仕事をされている方なんだ、だからほとんど舞台をやったことがなくてもこうやってスッとなじめるんだなーと思ったりして。
長塚 うん、うん、確かに。
中山 それと今回は村岡(希美)さんとか(小島)聖とか、昔から何度も共演している役者さんも多いんだけど。ワークショップみたいなことをやったことはこれまでなかったから、そういう意味ではなんだか、わけへだてなく同じ場所にいられるような感覚もあって。ちょっとしたクラス替え感覚みたいなさ。
長塚 ハハハハ。なるほどね。
中山 ちょっと新学期が始まる匂いがするというか(笑)。「慣れない場所だからそわそわするよね〜」みたいな気持ちを共感しながらスタートできる感じ。そういう気持ちを共感することすら、新鮮な感じがしたんだよね。
長塚 そういえば馬渕(英俚可)も言ってたよ、「なんかよくわからないけど、楽しかった!」って(笑)。まあ、今回は実際にこういう役作りをしましょうってことじゃなく、何かしらの発想を得るための、そういう入口にするためのワークショップだったから。その5日間で果たして何ができるんだろう?って考えることが、僕はすごく面白かった。
――この1年間のイギリス留学で、変わってきた部分はありますか?
長塚 変わったというより、確かになったという感じかな。前作の『失われた時間を求めて』のときも、メンバーといろいろ話をして作ったんですけど、まだそのときのほうが自分の作家性みたいなものが強かった気がする。ワークショップもやったけど、事前に僕が台本を書いていって、それをもとにしてやっていた感じだったしね。やっぱり阿佐ヶ谷スパイダースでは、阿佐ヶ谷スパイダースでしかできないことをやりたいんですよ。プロセスを大事にしていきたいということは、今も変わらずに思っていることで。そして阿佐ヶ谷スパイダースっていうのは、この3人が核にはなっているけど、あくまで他の人を巻き込んでの阿佐ヶ谷スパイダースだからね。
――これまでの集大成でもあり、この作品が新たな一歩にもなりそうな気がします。
長塚 今までの僕の作品と、今回改めて感じている、劇的なものに回帰するという意識がうまく融合していけばいいなと思いますね。そういう不思議な世界で、面白いことが提示できればいいな、と。また光石さん、加納さん、あと内田(亜希子)さんという初めて参加していただく人たちと同時に、まあ、言ったらおなじみの阿佐ヶ谷スパイダースの仲間たちがこれだけ大勢出ているというのもいいですよね。ちょっと僕が留学中に再確認できたことを、この作品で中山と伊達と彼らとシェアすることがお客さんにはどう映るのか、僕自身もとても楽しみです。
(取材・文:田中里津子)
上川氏の主演する舞台『蛮幽鬼』の公演真っ只中である、11月某日。都内のスタジオで次回主演作『ヘンリー六世』のポスター撮影中の同氏に、今作にかける意気込みを伺った。
──意外にもシェイクスピアは初めてだそうですが、今のお気持ちは?
上川 身構えてはいません。そんなにたくさん見ているわけではないにせよ、どの作品を拝見しても、やっぱり面白いのがシェイクスピアなんですよね。その大半が蜷川(幸雄)さんが演出された作品なんですが。既存のウエルメイドな脚本の作品に出るような気持ちで、今はいます。
── 『ヘンリー六世』の3部作を凝縮するとはいえ、大変長い上演時間ですよね。大作に出演するということについては?
上川 それに対しても、不安は正直、ないですね。直接比較すべきかどうか、わからないですけど、『表裏源内蛙合戦』でも、マチネとソワレを合わせれば8時間ですから。『蛮幽鬼』でも3時間の芝居のマチネ、ソワレを今、やっていますしね。『ヘンリー六世』は剣を振るうこともありませんし(笑)。
── その長さに耐える体力は、どうやってつくるんですか?
上川 あまり耐えている感はないんですよね。鈍感さがいいように作用しているんじゃないでしょうか。そういうことに対して、あまり神経質に捉えないというか。長くても、その時間全部が楽しいんですよ、やっぱり。例えば、『蛮幽鬼』でも、壮大な音楽と作り込まれた映像が流れるその幕の裏側にスタンバイしながら、毎回新鮮ですし、ワクワクします。そこで、「ああ、また今日も3時間やらなきゃいけない」という思いに駆られることはないんです。とても幸せな時間を毎回、迎える感じなんです。
── 『源内〜』で蜷川作品はご経験済みですが、蜷川演出に対してどう思われましたか?
上川 テレビ番組で、なぜか動物と仲よくなっている飼育員とかが、紹介されることがありますよね。特に餌を与えて懐柔するわけでもなく、叱責して従えるわけでもないのに、動物が意のままに動く。すごくいい関係が成立している、魔法のような飼育員、みたいなのが紹介されていることがあると思うんですけれど、そんな感じです。
── 飼育されているんですか(笑)。
上川 「こうやれ」と示唆されるわけでもなく、「いいね、いいね」と持ち上げられて、蜷川さんの思惑に近づくわけでもないのですが、出来上がってみると、蜷川さんの作品の中にいつの間にか、いるんですよ。あれよあれよ、というのが、一番端的でわかりやすいかもしれません。
── 原作を圧縮して上演するシェイクスピアは蜷川さんも初の試みです。その新しい冒険に参加するお気持ちは?
上川 先日、新国立劇場で9時間の『ヘンリー六世』を作拝見してきたんですけれど、純愛以外は全部あるような感じがしたんですね。作品の中に悲劇も喜劇もある。さらに今回は6時間に凝縮してお届けするので、結構、贅沢な経験になりそうですね。僕にとっても。
── ヘンリー六世という役については?
上川 むしろ想像がつかなくなりました。浦井健治さんのヘンリーが無垢でイノセントだったものですから。僕自身は到底、ああはなれないという思いのほうが強かったんです。ただヘンリーの無垢さや、殉教への思いを、例えば、ヨーク公やグロスター公が持っている出世への欲や、サフォークの持っていた色に対しての欲と同じように「業」と捉えると、ちょっとわかりやすくなるかな、というふうに今は思っています。
――ヘンリー六世も、また業を抱えていると?
上川 ヘンリー六世の崇高であろうとした思いも、これまたカルマなんじゃないかという気がするんですよね。責められる要素が少ないだけで。でも強い思いであるという点では、例えばサフォークの「女を手に入れたい」というのと一緒だと思うんですよ。キリスト教で言う「七つの大罪」じゃないですけど、その大罪の中に入らない罪がある気がするんです。彼がやっていることは、正当性があるかって言ったら、疑問だと思うので。隠された「八つめの罪」の中に足を浸していた男なんじゃないかな、って。
――とても楽しみになってきましたが、共演の方については、どんな印象ですか?
上川 ほとんどの方が初めてなので、新鮮な経験になりそうです。大竹しのぶさんとも初共演なんですが、登場人物の中で一番、身のうちに猛るものを携えていたのは、大竹さんが演じるマーガレットなんじゃないかという気がしますね。僕が男で女性を見ているからかもしれませんが。男性の出世欲って、どこか容認できるというか、わかってしまう部分があるので。その勇猛果敢なマーガレットが、とても楽しみです。
(取材/文:沢美也子)
(写真:渡辺マコト)
彩の国シェイクスピア・シリーズ第22弾『ヘンリー六世』
【埼玉公演】2010/3/11(木)〜4/3(土)
会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
【大阪公演】2010/4/10(土)〜4/17(土)
会場:シアター・ドラマシティ
これまで上演された舞台芸術作品の中から優れた作品を集めて紹介する「NHKシアター・コレクション」。
今年で3回目の開催となる今回は、大きな注目を集める3つの団体が、過去の公演で好評を博した作品が上演されます。選りすぐりの作品が放つ舞台の多彩な魅力を、存分に味わいたい!
「チェーホフ短編集」/華のん企画
2002年、親子や兄弟、友人同士で同じ時間を分かち合える舞台芸術を目指して代表の峰岸直子が結成。山崎清介が演出を手がける「"子供のためのシェイクスピア"シリーズ」は、机と椅子のシンプルな舞台装置に、音楽代わりにクラップ(手拍子)を打ち鳴らす黒コートの集団とシェイクスピア似の人形が登場する印象的な舞台に定評がある。「子供のため」といっても、一切手抜きなしの真剣な演技とエンターテインメント満載の演出は、子供から大人まで、さらに演劇を初めて観る人から評論家まで幅広い支持を獲得している。2008年より、山崎が構成・演出を手がける「チェーホフ」の一幕もの戯曲や短編小説の新シリーズも上演。華のん(かのん)企画の社名は、「Canon」(=「輪」)に由来し、作品を通して人の輪が生まれるようにとの願いが込められている。
作:アントン・チェーホフ、英訳:マイケル・フレイン、翻訳:小田島恒志
演出:山崎清介
公演日:
2010/1/30(土) 19:00〜
1/31(日) 14:00〜、18:00〜
会場:NHKみんなの広場 ふれあいホール(東京都)
「血の婚礼」/マレビトの会
2003年、舞台芸術の可能性を模索する集団として結成。代表である松田正隆(京都造形芸術大学 舞台芸術学科客員教授)の作・演出により、2004年5月に第1回公演『島式振動器官』を上演。2007年に発表した『cryptograph(クリプトグラフ)』では、エジプト・カイロでの初演後、京都、中国、インドなど6都市を巡演するなど、その活動は海外にも広がっている。京都を作品製作の拠点として創作を続け、非日常の世界を構想しながら、今日におけるリアルとは何かを思考する松田の作品は、どれもその独特の世界観で観るものを圧倒する意欲作として注目を集めている。このほか、主な作品に『アウトダフェ』、『声紋都市−父への手紙』『PARK CITY(パークシティ)』、などがある。
作:ガルシーア・ロルカ、翻訳:牛島信明
演出:松田正隆
2010/2/20(土) 19:00〜
2/21(日) 13:00〜、18:00〜
会場:NHKみんなの広場 ふれあいホール(東京都)
「目を見て嘘をつけ」/KAKUTA
1996年に結成。2001年より桑原裕子が戯曲を手掛け、年2・3本のペースで公演を行う。『日常と地続きの別世界』をテーマに、見る者を選ばない親しみやすい演技体、日常を基盤とした舞台空間をベースにしつつ、どこか非日常的な設定・要素を盛り込み、「物語を肌で感じる共感」と「異空間へ足を踏み入れたワクワク感」を併せ持った劇空間の展開などが好評を得ている。特異なメソッドやアイディア先行のサブカル的要素を排除し、敢えてオーソドックスな演技方法・綿密なプロットによる戯曲形態にこだわることで、普遍性・大衆性を意識した作品世界を紡ぎ、現代人の心を揺さぶりつづける上質な娯楽の創作を目指している。
作・演出:桑原裕子
2010/2/27(土) 19:00
2/28(日) 14:00〜、18:00〜
※各劇団最終回(18:00〜)の開演前に演出家によるプレトークがあります。
オフィシャル・アドバイザー:
内野 儀(東京大学大学院教授)、林あまり(歌人)、村井 健(演劇評論家)<五十音順>
入場料:全席自由 3,000円(税込み)
*就学前のお子様の同伴・入場はご遠慮ください。
チケット発売日:11/16(月)10:00〜
プレオーダー受付:11/19(木)12:00〜09/11/25(水)18:00
一般発売:11/28(土)10:00 
プレオーダ期間中にA、Bプロ両公演をご購入された方の中から、抽選で5名の方にルグリの直筆サイン入り「パリ・オペラ座のマニュエル・ルグリ」(新書館)をプレゼント!
※当選者の方へはメールにてご案内いたします。
これまでとは違う、さらに大きな感動! 貴公子ルグリの新たな出発!
マニュエル・ルグリの新しき世界
2009年春、パリ・オペラ座バレエ団史上に輝く功績を残したマニュエル・ルグリは、大観衆の盛大なブラヴォに包まれ、惜しまれながらエトワールの座を去りました。日本では11年6回にわたってパリ・オペラ座の仲間たちと共に上演した〈ルグリと輝ける仲間たち〉を終了。自らの舞踊人生にひと区切りをつけた今、彼が新たな挑戦として情熱を注いでいるのが本公演だ。
見どころはなんといっても、シルヴィ・ギエムとの15年ぶりの共演!1980年代半ばに19歳と21歳で相次いでエトワールに昇格したギエムとルグリは、輝くばかりの美と驚異的なまでに完璧なテクニックを備えた黄金ペアとして随一の人気を誇っていた。その後、ギエムのバレエ団移籍に伴ってペアが解消され、芸術の方向性も離れていった二人の、パートナー同士としての再会は、ルグリ自身も「奇跡」と語るほどの事件といえるだろう。
偉大なるルグリの過去と現在が、新たな様相を見せながら未来へと繋がっていく、前人未踏のこの舞台を見逃す手は無い!
[ルグリの新しき世界]「ホワイト・シャドウ」世界初演記念特別プレゼント!
<マニュエル・ルグリの新しき世界>Aプロで上演される、パトリック・ド・バナ振付「ホワイト・シャドウ」の世界初演を記念して、2/3と2/4の公演にご来場いただいた方の中から、毎公演抽選で150名様に、「ホワイト・シャドウ」リハーサル特写ポストカード3枚セット、または「ホワイト・シャドウ」に使用しているアルマン・アマーの音楽CDをマニュエル・ルグリのサイン入りでプレゼントいたします。
「ホワイト・シャドウ」は、1月21日よりリハーサルが再開。ルグリとド・バナが来日し、最後の仕上げに取りかかります。ダンサーとして新たな一歩を踏み出すルグリが、いまもっとも日本の観客に届けたいと願っているこの公演をお見逃しなく!
▼「ホワイト・シャドウ」リハーサル風景
Aプロ:ルグリ×ド・バナ×東京バレエ団 スーパーコラボレーション
[新作初演]
遙かパリ・オペラ座を超えて。ルグリが気鋭振付家、東京バレエ団と組んで開拓する新しき地平!
公演日:2010/2/3(水) 19:00〜
2/4(木) 19:00〜
会場:ゆうぽうとホール (東京都)
「ザ・ピクチャー・オブ…」
出演:マニュエル・ルグリ
振付:パトリック・ド・バナ
音楽:ヘンリー・パーセル
「クリアチュア」
出演:オレリー・デュポン、フリーデマン・フォーゲル、ほか東京バレエ団
振付:パトリック・ド・バナ
音楽:デム・トリオ(トルコの伝統音楽)、マジード・ハラジ、ダファー・ヨーゼフ
「ホワイト・シャドウ」(世界初演)
出演:マニュエル・ルグリ、パトリック・ド・バナ、吉岡美佳、上野水香、西村真由美、ほか東京バレエ団
振付:パトリック・ド・バナ
音楽:アルマン・アマー
Bプロ:ルグリと輝ける世界のスターたち
ギエム、ルテステュ、デュポン、フォーゲル、・・魅惑の星々がルグリの新たな地平で踊る!
公演日:2010/2/6 (土) 18:00〜
2/7 (日) 13:30〜
2/8 (月) 18:30〜
2/9 (火) 13:30〜,18:30〜
会場:ゆうぽうとホール (東京都)
| 出演者 | 演目 | 振付・音楽 |
| シルヴィ・ギエム マニェエル・ルグリ |
優しい嘘 | 振付:イリ・キリアン 音楽:クラウディオ・モンテヴェルディ、カルロ・ジェズアルド、グレゴリオ聖歌 |
| 三人姉妹 | 振付:ケネス・マクミラン 音楽:ピョートル・I.チャイコフスキー |
|
| アニエス・ルテステュ パトリック・ド・バナ |
マリー・アントワネット | 振付:パトリック・ド・バナ 音楽:アントニオ・ヴィヴァルディ |
| スリンガーランド | 振付:ウィリアム・フォーサイス 音楽:ギャビン・ブライアーズ |
|
| ヘザー・オグデン ギヨーム・コテ |
チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ | 振付:ジョージ・バランシン 音楽:ピョートル・I.チャイコフスキー |
| ギヨーム・コテ フリーデマン・フォーゲル |
失われた時を求めて | 振付:ローラン・プティ 音楽:ガブリエル・フォーレ |
| 上野水香 デヴィッド・ホールバーグ |
ドニゼッティ・パ・ド・ドゥ | 振付:マニュエル・ルグリ 音楽:ガエターノ・ドニゼッティ |
| オレリー・デュポン フリーデマン・フォーゲル |
アザー・ダンス | 振付:ジェローム・ロビンズ 音楽:フレデリック・ショパン |
| オレリー・デュポン フリーデマン・フォーゲル |
アザー・ダンス | 振付:ジェローム・ロビンズ 音楽:フレデリック・ショパン |
| フリーデマン・フォーゲル | モペイ | 振付:マルコ・ゲッケ 音楽:C.P.E.バッハ、クランプス |
| ヘレナ・マーティン | ハロ | 振付:ヘレナ・マーティン 音楽:アラ・マリキアン、ホセ・ルイス・モントン |
※出演者及び演目は2009年10月23日現在の予定です。出演者の都合、けが等により変更になる場合があります。正式な演目及び配役は公演当日に発表いたします。出演者変更にともなうチケットの払い戻し、日にちの振替はいたしません。正式な配役は公演当日に発表いたします。
※「三人姉妹」「アザー・ダンス」はピアノ演奏、他は特別録音によるテープを使用します。
出演者紹介
■ヘレナ・マーティン
故ガデスやホアキン・コルテス、ラファエル・アギラらとも共演したスペイン舞踊の大物。ルグリに請われて参加。
■フリーデマン・フォーゲル
ポスト・ルグリの呼び声高い貴公子ながら、現代的センスを備えたフォーゲル。二つの魅力が炸裂!
■アニエス・ルテステュ
パリ・オペラ座でもっともゴージャスなエトワールが、二つの現代作品で新境地を披露!
■デヴィッド・ホールバーグ
人気上昇中、ABTのブロンドのプリンスが、ルグリの世界で新たな魅力を発揮!
■シルヴィ・ギエム
まばゆい光彩を放ったギエム&ルグリ、伝説のペア。マクミランとキリアンという、それぞれの得意レパートリーで奇跡の復活!
■マニュエル・ルグリ
完璧なステップを操るダンスール・ノーブルから至高の演技者へ。オペラ座引退後もまだまだ続くルグリ伝説。
■オレリー・デュポン
ルグリとともにパリ・オペラ座で一時代を築いたオレリーは、「アザー・ダンス」に初挑戦!
■パトリック・ド・バナ
ベジャールやドゥアトのもとで活躍したド・バナ。精悍でスタイリッシュな存在感を放ちながら独自の世界を披露。
■ヘザー・オグデン
コテとともに来日するカナダの気鋭バレリーナ。「チャイコフスキー・・パ・ド・ドゥ」もルグリ十八番レパートリーとしておなじみ。
■上野水香
新たな作品を通して成長を続ける世界の水香、ルグリ振付の超絶パ・ド・ドゥに挑戦!
■ギヨーム・コテ
この数年、ヨーロッパへの客演で評判が高まっている、カナダの端整なプリンス、日本初登場。
松尾貴史が演出家のG2と組み、1998年に結成した演劇ユニット“AGAPE store”。さまざまなジャンルから個性の強い共演者たちを招き、シチュエーションコメディから、不条理劇、時代劇、翻訳劇などあらゆるスタイルで上演を続けて、はや12年。だが、残念なことにこの第14回公演が解散公演となることが決まった。タイトルからして、まさに『残念なお知らせ』だ。松尾に、果たしてどんなラストステージになりそうなのか、そしてAGAPE storeへの思いなどを聞いた。
計算できないおかしみが掛け算になって出てくる、しずる感あふれるメンバーが今回も揃いました
――AGAPE storeが、今回なんと最終公演ということなんですけれども。
実は、最初から10年間続けようと言って始めたユニットだったんですよ。でも気づいたらもう12年もたっていて。ちょうど政権も交代したし、もう僕らの役割は果たしたんじゃないかと……いや、それは全然関係ないですけどね(笑)。
――松尾さんから見て、今回はどんな舞台になりそうですか。
タイトルは『残念なお知らせ』ですけれども、その中味はちょっと、ストレス解消していただけるようなものになると思いますよ。
――松尾さんから作家さんや演出家さんに注文されたりすることはあるんですか?
いえ、こんな感じの物が好きだろうということは作家も演出家も既にわかっているので、そういう意味では僕は細かい注文などはしませんね。ただ現場で作っていくときには、もっとこうしたいとか、そういうような小さなことは言いますけどね。そうやって実験したり試したりってことが、とめどなく楽しいので。だから、ここでは僕は好きなように泳がせてもらってるような感じになっています。もちろんアイデア出しをしたり、こうしたほうが説得力があっておかしみが増すんじゃないかとか、そんなような意見は言いますけれども。僕はわりと枝葉末節とか、重箱の隅しか見られない人間なのでね。その点、演出家と作家が大きなところで見ていくというような役割になっています。
――今回のスタイルとしては、シチュエーションコメディみたいな感じですか?
そうですね。ほぼ密室劇です。
――キャストの顔ぶれを見て、どんな座組になったなと思われますか?
そうですね、しずる感あふれるメンバーばかり、というか(笑)。稽古場の雰囲気はきっと和やかになるでしょうね。塩梅とか融通とか、そういうのがききそうな人が多いので。こういう世界じゃなきゃいやだみたいな人はいない気がします。だからこそ、計算できないおかしみが掛け算になって出てくるんじゃないかとも思いますね。
――今更ですが、改めてG2演出の面白さはどんなところに感じられていますか。
三次元的なレイアウトの巧みさというかね。それが空間だけじゃなくて、時間がどう過ぎて、物がどう動いたりどう配置されていたら、それがその次の瞬間、何分後にはこうなってるみたいなことを、ものすごく高所から見てる人なんですよ。あ、これは背がでかいってことじゃないですよ、確かにあの人はでかいけれども(笑)。逆算して物を作っていくことがすごく巧みなんですよね。僕自身は目の前に起きている現象しか見えてない人間なもんですから。その代わり細かいことは見ているんですけどね。だから、そういう点でも演出家っていうのはこうあるのが王道なんだろうなっていう感じがします。それに彼はビジュアリストですから。ともすれば僕が通俗的というか下世話な表現をしても、それをちゃんとしたことをしているようにオシャレ感でくるんでくれるような、そんなところもありますね。
僕にとってAGAPE storeは期間限定のテーマパーク。お客さんと一緒に自分の人格形成もやってきた気がします
――今回、松尾さんはどういう役柄で登場されるんですか?
人形師、ということになっていますね。でもこのままでいくのかなあ。今のところ僕はそのつもりですけど。ま、人形師といっても、とりあえず辻村ジュブローさんみたいな雰囲気にはならないと思います(笑)。
――いつものように、松尾さんならではの声を使った見せ場がありそうな?
きっとね、こういう珍しい職業をあてがうということは、そういうことを目論んで逆算して種がまかれているような、外堀を埋められているような気はします。僕はそこから、どうやって逃げていくかということですね。
――逃げちゃうんですか? でもお客さんはそれを待っている気もしますが。
まあ、最後ですからね。そこはできるだけ凝縮した感じでいきたいですよね。といっても別に、持ちネタを見せる場所じゃないですけど(笑)。もちろん、気持ちとしてはそういうサービス精神を盛り込んでやるつもりでいますよ。
――振り返ってみると、松尾さんにとってAGAPE storeはどういう場所だったんでしょうか。
期間限定のテーマパークかな。毎年、稽古期間も入れて通算で約3カ月、年間4分の1くらいは遊んでもらえる場所、移動テーマパークですね。
――この12年間やってきて、ここで得たものはなんですか。
得たものは大きいと思いますよ、ものすごく。もともと僕はナレーターから出ているんですけど。最初のころはスタンダップコメディアンとして、いろんなお笑い番組にもいっぱい出してもらったんだけど、だけど自分のなかではコンスタントにお客様の前でやっているわけではないという、コンプレックスというかフラストレーションみたいなものがずっとあったんですね。そんななか、劇場というひとつの空気の中にお客さんが来てくれて、それもお金を払って足を運んでくれて。同じ空間で同じ空気を吸って、笑ったり拍手をしてくれたり、シーンとしてくれたり。こうして舞台をやることで、ホントいろんなことがありますよね。そういうことがすごく、有形無形で面白く自分の中に折り重なっているんだろうなと思います。そうやって、お客さんと一緒に自分の人格形成みたいなことをやってきたような気が、すごくします。
――では、最後にお客様に向けて、今回の見どころを含めてメッセージをいただけますか。
「えー、ホントに最後〜!?」という感じで観てもらいたいです。いぶかしみつつ。舞台はひとつの部屋だけど、ひとつの部屋だけじゃないような感じもするでしょうし、キャストは6人ですけど、10人くらいに感じるかもしれない。それは、いろんなキャラクターが出てくるという意味じゃなくてね。織りなしていく関係性ということ。6角形だと対角線がいっぱいできるじゃないですか。正方形だと2本だけだけど。でもそれが、あれ?6角形でもないな?みたいな。20角形の対角線にも見えるような。そこらへんはG2マジックで、そう見えるようにしてもらいましょう!(笑)
(取材/文:田中里津子)
(写真:渡辺マコト)

1年間の充電期間を経て、今年2009年から俳優活動を再開した石丸幹二。1月に上演した『イノック・アーデン』を皮切りに、『ニュー・ブレイン』『サンデー・イン・ザ・パーク・ウィズ・ジョージ』『コースト・オブ・ユートピア』と、それぞれに個性の違う大作に切れ目なく出演が続くという、華やかな再スタートの1年となった。そんな大きな節目となった2009年の締めくくりの作品となるのが『兵士の物語』だ。これは『イノック〜』に続く“言葉と音楽のシリーズ”の第2弾となる。ストラヴィンスキーの名曲にのせ、石丸は“朗読”というスタイルで兵士、ストーリーテラー、悪魔、王女という4役をひとりで演じ分ける。この1年間の多彩な経験で何段階もステップアップを果たした感のある彼に、改めて“朗読”という表現の可能性や魅力を語ってもらった。
“朗読”は、自分の世界観みたいなものがお客さんと共有できる表現方法
――今回この『兵士の物語』という作品をやることになって、まずどんなことを思われましたか。
もともと僕、学生時代にクラシック音楽を学んでいたんです。このトシになってというか、クラシックからかなり離れてしまった今、ストラヴィンスキー作曲の作品ができるなんて夢のようだなと思いました。しかも、役者、語り部として参加できるというのは嬉しいですね。
――朗読というのは、お芝居でする演技とはまただいぶ違うものだと思うのですが。
そうですね。でも朗読にも多種多様な形があると思うんです。今回は台本を手に4つの役を演じ分けていく、もしかすると動きもかなり入ってくるかもしれない、……俳優としての朗読になると思います。
――前回の『イノック・アーデン』で語りの舞台を実際にやってみて、感想としてはいかがでしたか。
朗読という形態をとりながらも、ひとり芝居を演じているような感覚がありました。演出の白井晃さんが、台本の文章を眼で追いながら読むばかりではない状況を創られたんですね。だから、椅子にじっと座っていることが少なく、身体でかなり演じることにもなって、「こんなに動くのか!」って驚きました。
――そうなると、朗読でもなく演劇でもない、新たなジャンルというか。
自分にとって何か新しい形態のものを、と思っていましたので、とても面白くチャレンジできました。「今までの石丸幹二じゃないものをお届けしたいと思います」と言って再スタートした最初の作品としても良かったんじゃないかと思います。何より、自分の世界観のようなものをお客さんと共有できる貴重な表現方法だと改めて確認できました。だから、朗読は今後も続けていきたいですね。

――朗読だからこそ表現できることって、どういうことだと思われますか?
耳を傾けてくださる方のイマジネーションの扉を、言葉で叩く、ということでしょうか。語り手の想いと、聴衆の想いとは一致しないかもしれない。味わい方は多種多様であっていいと思うんです。僕は、作家の言葉を聴き手に届ける調理人のような存在だと思っています。
――なるほど! それほどたくさん調味料は使わない、素材を生かした料理みたいなものですね。シンプルで、でもとても奥深い感じがします。
今回の舞台も、そういう料理になるといいんですが。そうなったら理想的ですよね(笑)。
とても上質で、相当に聴きごたえも見ごたえもある作品になると思います
――今年はたくさんの華やかな作品に次々と出演されて、大きな節目の年になったのではないかと思います。振り返ってみて、ご自分としてはどんな1年でしたか。
これまで僕を応援してくださった方たち、さらには、初めて僕を知ってくださった方たちに、「石丸幹二って一体どんな俳優なんだろう?」と思っていただけるような仕事の積み重ねをしたくって、様々なことに臨んでみたのですが、自分としてはとても満足な1年になりました。自身の可能性を、色々な角度から見つめられたことも、大きな収穫だったかと思います。
――見事なほどに、すべて雰囲気の違う舞台でしたね。
ええ、違いましたねえ(笑)。そして、ちょうど1年を経たタイミングでもう一度、「言葉と音楽のシリーズ」に立ち返ることができるのも良かった。
――今後も続けたいとおっしゃっているということは、節目、節目でこの朗読というスタイルが続いていったら。
きれいな竹になるかもしれませんね!(笑)
――そして、来年はどんな年にしたいですか。
こうして今年、多くのことを経験させていただいた結果、さらに未知のものに挑戦できるんじゃないかと思えるようになりました。そういう新たな石丸幹二をいっそう模索していきたい。そのひとつとして、歌手活動を展開していく予定です。来年の春先あたりにオリジナルのCDを出し、6月にはコンサートで東京、名古屋、大阪、福岡を訪れます。歌手として、また違った意味での自分らしさを発信できたらと思っています。
――では最後に、お客様に向けて今回の舞台のおすすめポイントを教えていただけますか。
『兵士の物語』は、とても上質な作品だと思います。年末年始の一番忙しい時期ですが、少し日常から離れて、劇場に足を運んでいただき、この作品に触れていただけたらなあって思います。ピアニスト、パーカッショニストのお2人との少人数でのセッションです。こんな『兵士の物語』は滅多になく、聴きごたえも見ごたえもある作品になるかと思います。劇場でお待ちいたします!
(取材・文:田中里津子)
(写真:坂野則幸)
【東京公演 アフタートークショー決定!】
12/26(土)と27(日)の16:30公演終了後、アフタートークショーが決定いたしました!
12/26(土)16:30公演終了後 出演:石丸幹二
12/27(日)16:30公演終了後 出演:白井晃 石丸幹二
※各日の該当公演のチケットをお持ちのお客様が対象となります。
公演終了後、約10分ほど休憩をはさみ、30分程度のアフタートークを行います。

シェイクスピアの壮大な歴史劇、ヘンリー六世
『ヘンリー六世』は、シェイクスピアの実質的デビュー作となった20代の作品で、彼の全作品中、唯一三部にわたる壮大な歴史劇。物語は、英仏間の「百年戦争」から、イギリス国内の王位継承問題に端を発した「薔薇戦争」までの15世紀の西ヨーロッパの激動を舞台に、生後9カ月で王位につき、その生涯を権力闘争に翻弄されたヘンリー六世と、彼をめぐる戦いと愛憎を描く、人間たちの壮絶な「戦い」のドラマだ。日本ではなんと1981年以来、28年ぶりの上演となる。このめったにない機会に人々の熱い期待が寄せられている。
演じるのは、総勢38名の日本演劇界を代表する人気と実力を兼ね備えたキャスト。三部作合計で200役以上の登場人物を演じ分ける。
実力派キャストが勢ぞろい。公開舞台稽古をレポート!
公開舞台稽古では、「第一部 百年戦争」が公開され、本番を間近に控え、俳優陣が充実の完成度を披露。人々の争う様に心痛める優しいヘンリー六世を静かな透明感で演じる浦井健治、新たな解釈で人間味溢れるヨーク公役に挑む渡辺徹、シェイクスピアの描くジャンヌ・ダルクを演じきったソニンほか、38名全員を紹介しきれないのが残念だが、豪華キャスト陣の気迫あふれる見事な演技で、27日からの本公演を期待させる舞台稽古となった。
中嶋朋子演じるマーガレットは、第一部では若き娘時代だが、王妃として、母として、第二部、第三部では、大きく強く飛躍していく。第一部では看守役などで登場していた岡本健一は、第二部、第三部でリチャードの鬱屈したすさまじい野心と悲しみを見事に表現するに違いない。三部作という超大作ならではの、スケールの大きな造形に期待がふくらむ。
稽古後の会見で、ヨーク公役の渡辺徹は、「稽古場での9時間の通し稽古が終わった時は感動的だった。期せずして役者、スタッフ全員から拍手が起こった。すごい一体感のあるカンパニーになった。役者ってすごいなと改めて思っている。いい作品にめぐりあえたことを本当に幸せに思っている。」と語った。
王妃マーガレット役の中嶋朋子は、「14歳の時から、母としてのマーガレットまでの成長を演じる。女性としての変化が盛り込まれていて難しいがやりがいのある役。こんな経験はもうなかなかないと思う。」と語った。
ジャンヌ・ダルク役のソニンは「戦士として戦うジャンヌの気持ちを実感したくて、80センチあった髪をばっさり切った。最後の断髪を自分で行い、さすがに涙が出てきたが、髪を切ったという行為と髪が短い今の自分によって、ジャンヌの決意を自分のものに出来た」と語った。
リチャード役の岡本健一は、「リチャードはなかなか大変な役。言葉で説明出来ないすさまじい役です。ぜひ劇場に足を運んで、その残酷さと心に湛える悲しみを観て下さい。」と語った。
ヘンリー役の浦井健治は、「この芝居にかかわったすべてのみなさんの力が、すごい作品を生み出した。ここに観客のみなさまが9時間客席に座ってくださることにより、『ヘンリー六世』は、より素晴らしい、完璧なものになります。ぜひ劇場に足を運んで下さい。」と締めくくった。
演出は新国立劇場芸術監督鵜山仁。「過去から未来への高遠な広がりと、いつの世も変わらない人間の卑小さを、舞台上に写し取りたい。」と長年温めてきた大型企画を実現させた。奥行約30メートルの広い舞台。手前には記憶の掃溜めを表現する堆積したゴミの山。素晴らしい照明・音響とのコラボレーションにより、一つの舞台が一瞬にして全く違う舞台へと早変わりしていく。「観客と舞台の境界線はない」という鵜山監督の演出では、客席の扉までが舞台となっており、まさに観客も一体となって緊迫感を共有することになる。

空前絶後の壮大なスケールで新国立劇場の舞台に実現した『ヘンリー六世』。本公演は10月27日(火)より新国立劇場中劇場にて全30公演を開催。チケットは好評発売中。 一部完売の日もあり。チケットのお求めはお早めに!
>>新国立劇場『ヘンリー六世』特設ページ
サンプル「あの人の世界」 (フェスティバル/トーキョー09秋) 上演間近!
【e+特別インタビュー】 松井周 × 山内ケンジ
人気CMディレクターと演劇界の鬼才、異色の顔合わせ
ソフトバンクCM白戸家「お父さん入院する」篇、白戸家「お父さん感謝される」篇に医師役で出演中の松井周。演出を手がけたのは人気CMディレクターにして、山内ケンジ名義での「城山羊の会」作・演出の評価も高い山内健司。
CM界、演劇界が注目する2人にCM演出の裏側から松井周新作「あの人の世界」まで幅広く話をきいた。

ソフトバンクCMの反響
――ソフトバンクCM白戸家「お父さん入院する」篇、白戸家「お父さん感謝される」篇へ出演されていますね。
松井 僕もCMであんなに画面に出たのは初めてですね。髪型とメガネが普段のままなので、指差さしはしないけど人に「はっ」とされる経験は何度かありました。どんな人か分からないらしくて、話かけられなかったけど(笑)
山内 昔はもっとCMが最初っていう役者の使い方が多かったんだけど。小劇場でいえば風間杜夫とか平田満とか。面白い役者がいたらCMで発掘する、みたいな。最近は逆というか映画とかテレビで面白い人をCMで、というパターンが多いから、そういった意味では、あんまり面白くないんですよね。
松井 山内さんってそういう感じですよね?
山内 面白い人がいたら一番最初に使うぞ、みたいのはあるんですよ。
松井 ははは・・・
山内さんの画面の切り方かどうか分からないんですけど、あ、これ山内さんの演出だって、ぱって分かる"シルシ"がありますよね?
山内 間を詰めるってことなんですけどね。
松井 あ、そうなのか。ソフトバンクの犬篇の最初の方で「あ、これ山内さんかな」って思ったんですよ。まず映像でも山内さんのリズムというのはあって、演劇でもそれは感じます。
2004年から作・演出を始めた同期
山内 演劇はまだ全然勉強中です。始めたばっかりなんで。
松井 え、でも2004年だから僕と一緒じゃないですか。
山内 いや、それは知ってるんだけど・・・
――今何本目ですか?
山内 7本目です。
松井 そんなに変わらないじゃないですか(笑)。
――サンプルにはどのような印象をもたれていますか?
山内 サンプルの芝居は難しくないのに、アフタートークで松井さんが説明すると難しくなってしまう・・・(笑)
松井 僕の芝居は、仮説を立てるときには、人がこういて、絵の具を混ぜるように混ざっていったらいいな、みたいにコンセプト自体は絵の具で話せば分かるんですけど、それを人でやっていくとグチャグチャになってしまう。
山内 松井さんはほら、役者として知っていたから、その本人のイメージとはかけ離れた「淫靡」というか「ダーク」な、良く言われるでしょう?
松井 言われますね。
山内 「閉鎖的」な感じがしますね。僕は全作品見ているんですけど、1本目(『通過』)から始まって2本目(『ワールドプレミア』)は抽象的で、3本目の『地下室』、あれが普遍的な印象。特殊な状況は特殊なんですけど、あるパターン、宗教、というか実際のモデルがあるような状況で。あれで感心しまして。
松井 はあ。
山内 その次に『シフト』でまたもや特殊な世界に戻るでしょう?
松井 はい。
山内 それで、あまりにも自分からかけ離れた、距離感を感じて。
比べて、この前の『伝記』は『地下室』のようにモデルがあるかのような、社会人や会社に焦点をあてた設定が珍しかった。僕のクライアントに実際にああいう家族経営の会社なんかがあるわけですよ。劇団ではあまりとりあげないですよね。
松井 そうですね。
山内 ピーター・ブルックの「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺」っていうすごく長いタイトルの映画があるんですけど、最後がカオス状態で、あれを思い出しました。
松井 『伝記』をほめてもらえるのは凄く嬉しいですね。口語表現から演劇ですよ、っていうのをもっとできないかな、というのに取り組んだ最初の作品で。
口語的表現から距離のある世界なんですね。メロドラマとかソープオペラ、昼ドラみたいな感じを少し残しつつ、家族経営や地下シェルターという、あるのかないのか分からない、そういう感じと、手作りな感じはもともと持っているもので。結局今行われているのは家族の痴話喧嘩なのか、歴史が絡んだ再現なのか分からなくなるような。例えば戦争表現で場内を赤く照らして空襲で逃げ惑うシーンを演じているつもりの本人達は、ショボイセリフの中で小麦粉を投げるしかない、という、日常を演じているのか、演劇を日常にもってこようとしているのか分からないというか。
山内 面白かったですよ。導入が面白いし。
松井 山内さんの芝居も、口語的過ぎない感じもありますよね。
山内 もうねえ、全然新劇ですよ(笑)
松井 全然そうは思わないです。それを選んでいる感じがします。そういう言葉遣いをどうしても俳優に言わせたい、みたいな山内さんの欲望を感じます。
山内 ああ、それは岩松さんの影響は大きいですね。
松井 僕もそれは自分に感じます。岩松さんの欲望と直結している言葉を、ブレーキかけつつ暴走していくっていうか・・・
山内 岩松さんは、演劇っぽいというか、あまりに美しいセリフ回しになってても、それが許せてしまう瞬間、そのセリフに向かっていく面白さ、がありますよね。あれが快感というか。

――山内さんは2004年から「城山羊の会」の作・演出をやられているのですが、CMディレクターのお仕事と演劇は山内さんにとってどのような位置づけですか?
山内 はじめは長く続ける気はなかったんですよ。もともと深浦加奈子さんに出演してもらう企画として始めて、キャストがきまってから完全にあて書きしていたんです。今もそうですけど。
松井 そうなんですか?
山内 だから、いきあたりばったりというか、何をしたいとか松井さんがいうコンセプトみたいなものはなくて。キャストがどういう人かとか、どういう役がいいかとか、どういう関係性にしようとかいうことですね。
それと、なんで演劇を続けているかというと、僕は映像しか知らないから単純に勉強ですね。
松井 なるほど、映像は瞬間ですから。舞台は時間による変化もありますものね。
山内 1ヶ月半稽古するとか、映像ではありえないですから。
僕けっこう、演出が淡白で。通しながら稽古するんですよ。青年団系の役者さんはもっと細かく切って稽古してくれないと、っていいますね。
松井 ああ、そうですか。そういう演出する方もいますよね。
山内 深浦さんは、どちらかというと、そのシーンを最初から最後までとにかく繰り返して通すっていうタイプだったので、僕は彼女から稽古そのものを学んだようなものだから、そういうやり方になる、というか、それしか知らなかったわけですが、そうしたら青年団系の役者さんは戸惑っていました。ほんと、役者さんによりますよね。松井さんは役者として細かく注意されたいですか?
松井 役者として?僕が俳優としてやるときに一番気にしているのは、演出家の視線そのものなので、長くやっても細かくやっても演出家が喜ぶならそれでいい、というか。そういうSMでいうとM的なものが俳優だと物凄く大きくて、全部指示通りにしたくなってしまう。
山内 その指示が出ない場合があるじゃないですか?
松井 それは放置プレイですよ。
山内 僕はむしろそうだから。
松井 それは待ちますよ。
山内 お任せします、というのも変ですが自分で考えてきてください、というか。
松井 そうなったときには、少しご褒美が欲しい、じゃないですけど、ちょっと違うことやってみようかな、これで何も言わないのかな、みたいな。そういう俳優の心理になってくるんですよ。そこから面白いもの出してくるパターンもあるんじゃないですか。
山内 結局青年団の俳優さんなんかは、何も言わないと本番近づくにつれて、どんどん出してきてくれる、それでいいです、あっちの方がいいです、といえたりして。結局最終的には変わらないんじゃないかなって思っていて。最初の方で細かく吟味してやるかという違いで。
松井 それは、人によるし、目標というかゴールはそんなに変わらないことがあるかもしれないですね。
山内 ただ、ひょっとして、役者さんによっては本番まで出してこれないかもしれない、という場合があるじゃないですか。それは凄く不安になりますよね。
松井 そうですね。
地図をちゃんと自分で持っている人というか世界を作っていけるひとはいますよね。例えば動物的にカンが鋭くて、この先どういう風に転がっていくか本能的に分かる人と、地図がない状態で指示がないと自分がどこに立っているかわからない状態でぼんやり過ごす人の違いは、あるかもしれないですね。

それぞれの今後について
山内 「あの人の世界」は台本はもう上がっているんですか?
松井 あがっているんですけど、もう一回書き直しているんですよ。
つまり確率の低い方へと書き進めていたら、線が繋がってなくて。その線を稽古しながら作っていっている感じなんですよね。
山内 難しいですね。
松井 潜在的には何か(つながる線)あったと思うんですけど、出しながらつなげているという感じですね。
山内 設定はどういうのなんですか?
松井 一応、墓場の上と下、みたいな感じです。
山内 ・・・ゾンビですか?
松井 そうですね、ゾンビみたいのもあります。上からも下からも横からも呼び合う、というか。「嵐が丘」のヒースクリフとキャサリンみたいな感じで、男と女が呼び合って会うみたいな、男と女が会う話です。
山内 墓場ということは、女は死んでいるんですか?霊的な?
松井 死者の視点から死者の物語を作ったらどうなるかという話と、逆に生きている側の妄想と、混ぜるじゃないんですけどそれぞれの妄想で、それぞれの登場人物を包んでみたいっていう。
山内 ヘンリー・ジェームズみたいなのかな?この俳優さん達なら何やっても楽しみですね。
松井 そうですね。
山内 あの、今の演劇、下手すると面白いのはアゴラと春風舎ばかりになっちゃうじゃないですか?
で、深浦さんが亡くなって、僕は深浦さんとやっていることが松井さんら若い世代と違うことをしているという存在理由だったところがちょっとあったんですよ。で深浦さんが亡くなってみたら僕が演劇をやる必要があるんだろうか?って考えた部分があるんです。
松井 なるほど。
山内 つまり岩井君(注1)にしろ、柴君(注2)にしろ、クオリティーの高いものを観ると圧倒されるわけですよ。自分がどこのポジションにいればいいのかっというか。深浦加奈子がいなくなったら何を武器にやっていけばいいんだろう、って。今も思っているんですけど。
アゴラと春風舎以外に演劇は沢山あって、このままどっぷり漬かっていると、演劇に煮詰まっちゃうなって思った。
松井 それはめちゃくちゃ面白い話で。同じことを考えることはあります。アゴラから離れようということではないけど、柴君がやっていることも岩井君がやっていることもどっちも面白いし、本当にショックを受けます。全く山内さんと同じことを思います。その中で、山内さんが別のポジションでやっているとか、松田正隆さんがやっていることが・・・、
山内 (松田さんのやっていることは)どかんと変わりましたしね。
松井 そう、ああいうことが面白いし、あんまり悲観してないんです。そういうマッピングがあることが僕にとっては凄く重要で、それぞれのメディア、着地はあるから、どれかにひっぱられることはなくていいと思っているんですよ。春風舎・青年団系というひとつの流れはあるかもしれないけど、僕は当事者として在るというよりは、僕は自分のポジションでやっているという感じですね。山内さんは山内さんのままやっていればいいと思うんですけど・・・。

【山内健司:CMディレクター】
1958年東京都出身。CMディレクター。『NOVA』、『クオーク』、『コンコルド』(静岡のパチンコチェーン)、『ソフトバンク/ホワイト家族』、『サッカーくじBIG』などあきれるほど多くのCMを手がけている。
2004年から突然、演劇の作・演出を開始。深浦加奈子を主演に迎えた『葡萄と密会』から、2009年の『新しい男』まで7本を上演している。プロデュース・ユニット名は「城山羊の会」。
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【松井周】
1972年東京生まれ。1996年、平田オリザ率いる劇団青年団に俳優として入団。その後、作家・演出家としても活動をはじめ、処女作『通過』、2作目『ワールドプレミア』が日本劇作家協会新人戯曲賞入賞。
2007年に「サンプル」という劇団を起ち上げ、主宰と作・演出を担当する。
2008年にサンプルとして公演した『家族の肖像』(作・演出:松井周)が第59回岸田国士戯曲賞最終候補にノミネートされる。
海外の戯曲を演出する機会も多く、『Phaedra's Love』(作:サラ・ケイン)や『Fire Face』(作:マリウス・フォン・マイエンブルグ)などの演出も手掛ける。
http://www.samplenet.org
フェスティバル/トーキョー09秋
サンプル『あの人の世界』
公演日:2009/11/6(金)〜15(日)
会場:東京芸術劇場 小ホール1
作・演出:松井周
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ジュード・ロウ、ナタリー・ポートマン、ジュリア・ロバーツ、クライヴ・オーウェンという豪華キャストで2004年に映画化された『クローサー』。複雑に絡み合う男女4人の恋愛模様をスタイリッシュに描いたこのラブ・ストーリーの原作となったのが、英国の人気劇作家、パトリック・マーバーによる舞台劇だ。世界各国で上演されているこの作品が、日本でも上演されることになった。脚本、演出は鈴木勝秀が担当し、注目の日本版キャストには眞木大輔、福士誠治、佐藤江梨子、辺見えみりという個性派キャストが顔を揃える。劇団EXILEでの舞台や映画出演等、ここ最近、俳優としての活動も顕著な眞木に、日本版『クローサー』への思いを聞いた。
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「ラリー役には「あ、それ、あるある!」って思えるところがたくさんありました」
――日本版の『クローサー』への出演が決まったとき、まずどんなことを思われましたか。
もともと映画版は観ていて、面白い作品だなとは思っていたんですよ。登場人物は男女4人だけで、とても濃い人間模様ですし。それぞれの恋愛観や、ある意味で人間のエロい部分というか(笑)、泥臭さ、人間臭さがとても出ていた映画だったので。そのへんは舞台版ではどうやるんだろう、しかも自分がやったらどういう風になるのかなーって思いましたね。 ――登場するのは4人だけとはいえ、かなり入り組んだ人間関係ですよね。
めっちゃめちゃ入り組んでますね!(笑) プライベートでも、あそこまでぐちゃぐちゃな関係ってなかなか聞いたことがないんじゃないかな。少なくとも、僕の知っている中ではいないです。まあ、表だって言ってないだけで実はいるのかもしれないですが(笑)。――眞木さんが演じるのは、医者のラリー役です。今の時点で、どう演じようと思われていますか。
今までやったことのない感じの役柄なんですよ。ラリーって、どっちかっていうと悪い男になるのかな。ズルさもあるし、エグさもあるし。自分の中で恋愛観っていうのはもちろんあって、女の子と仲良くなっていく過程とか手法とか(笑)、そういうのが生かしていけたらとは思うんですけどね。だけどラリーはインターネットのチャットに始まり、ちょっとマニアックなエロさを持ってるからなぁ。一応、自分の引き出しを最大限に生かして、経験に基づいて出す部分と、自分の経験とは別にラリーならではの変態さというか、エロさというか。人間味もすごいある人だと思うんですけど、それに加えてダークサイドなところも出せたらいいなと思いますね。――ご自分の中に、ラリーとの共通部分ってありますか?
いや、ものすごく、ありますよ(笑)。ふだんは出せないようなエロさとか。表に出してはいないけど、人間だったらみんなやってることなんだろうなっていう感じとか。特に男はそういうの、絶対あると思う。 ――男性が共感しやすいキャラクターかも?
「あ、それ、あるある!」って思えるところはたくさんありましたからね。それは、ラリーにもダンにもどっちもありました。「その気持ち、わかるなー!」って。だから、そういう部分を赤裸々に表現していったら、より面白くなるのかな、と。――ある意味、演じていてストレス解消になるのでは?
そうですね。でも、さらに深い世界に行っちゃいそうですけどね。僕の眠れるエロスが目覚める可能性がありますよ(笑)。自分のリアルな部分が出てきても、まあ、それはそれで、『クローサー』的に面白くなればそれでいいんじゃないかなと思いますしね。「見どころはラブシーン。どこまでリアルに、ゾクッとさせられるかがポイントかな」
――今回のキャストとは全員と初共演だそうですか、それぞれにはどんな印象を持たれていましたか?
辺見えみりさんは自分も昔からよくテレビで拝見していて、すごく包容力があって、大人の色気がありそうな方だなって、勝手に思っていました。佐藤江梨子さんはダイナマイトなセクシーボディを持ちながらも、なんだか天真爛漫な明るい感じがありますよね。福士誠治くんとはちゃんと会ったのは実は今日が初めてなんですが、すごい気さくに話ができて。僕より若いと思うんですけど、いい意味でそういう感じがしないというかね(笑)。それぞれ、登場人物のキャラクターにはみんなよくハマってるなと思いますよ。実際に、これから稽古をやっていく中で、いろいろな変化はあると思いますけど。その変化によってこの作品がどう面白くなっていくのか、その点もとても楽しみです。 ――お客様には、どんなことを感じてほしいですか。
大人の恋愛観と、そしてふだんはあからさまにされない部分、それでもやっぱりみんなが持っているエロティックな世界というかね。見てみたいけど、でも見せるのは恥ずかしい部分みたいなところを見て、感じてもらえたら、それがエンターテインメント的な面白みにもつながるのかなって思うんですよ。あとは、出会いと別れというもの。ちょっとしたタイミングで出会って、思いもよらぬきっかけから本当に好きになって恋愛に発展しちゃうみたいな、そういう偶然の出会いってあると思う。そういった恋愛の面白さと、踏み込んじゃいけない甘い罠に、ぜひハマってほしいです。また、そこにどっぷりハマってしまう人間の弱さ。そういうものも、感じ取っていただけるんじゃないかと思いますね。――やはり、ラブシーンはいっぱいあるんでしょうか?
はい、たぶん(笑)。まあ、多いでしょうね。またそれも、ひとつの見どころなんじゃないでしょうか。どこまでリアルに、ゾクッとさせられるかがポイントかな。 ――では最後に、楽しみにしているお客様にお誘いのメッセージをいただけますか。
男女4人のこの入り組んだ大人の恋愛を、セクシーさも含めて大人っぽく表現していきたいなと思っています。たぶん、今まで自分の中ではやったことのない新しい世界に挑戦することになるはずで、きっと新しい自分を見せられるチャンスになるのかな、と。ちょっと、実際にはなかなか口にできないようなセリフも口にしていく役ですしね。たとえば、自分がこういう恋愛にハマっちゃうような、疑似体験をする気持ちで観に来ていただいてもいいと思いますよ。来てくださった方がその世界に入りこめるような、そこまで想像で飛べるような舞台になったらいいですね。(取材・文:田中里津子)
(写真:渡辺マコト)
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「劇団、江本純子」の連続公演を経て、毛皮族がこの秋再び始動する。その第一弾として、毛皮族軽演劇シリーズより生まれた異端文芸作品「ふれる」が、10月9日〜10 日の二日間、下北沢駅前劇場にて再演される。再演に際し、キャスティングも改められた新生「ふれる」とは。 本番を目前に控えた江本純子さん、町田マリーさん、柿丸美智恵さんに話を伺った。
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毛皮族流軽演劇とは
――まずは、軽演劇作品を再上演することになった経緯を教えてください。
江本 今回は、今年の11月に予定している本公演を上演する前に「毛皮族を初めて見る人」に向けて、毛皮族を知る一つの入り口として公演自体を企画しました。毛皮族本公演が製作期間も製作費用も莫大にかかる大作なんで(笑)、毛皮族の面白さを瞬発的に堪能できる作品を上演したいな、と思って、軽演劇演目の中から1作選びました。――軽演劇シリーズと江本さんが活動されてきた「劇団、江本純子」では決定的に違う点はありますか?
江本 基本は会話劇、と言う意味では「劇団、江本純子」と重なってしまう部分があると思うけれど、決して現代口語ではないし、テーマや物語性を重視する'まじめ'さもないです。軽演劇シリーズではとにかく「笑い」を一番に考えて作っていましたので、例えば「リアル系」なものを想像されるとちょっと違うかも(笑)。町田 リアル系・・。
柿丸 軽演劇はだいぶエンタメ芝居だよね。
江本 完全な娯楽作です。そもそも軽演劇シリーズはお客さんがふらっと遊びに来て、小一時間ひたすら笑っていってもらうと言う、ただそれだけを目的として作った作品が多いんです。例えば毛皮の本公演が全国ロードショーの気分だとしたら、「劇団、江本純子」はこじゃれた単館系、で、「軽演劇」は雑多なシネコン、たまに名画座にもなり、ピンク映画館にもなり・・映画館に例えたらちょっと分かりずらいですね、とにかく特殊な実験作をいっぱい作れる場としてノンジャンルでやっているシリーズです。演劇工場、ですかね。
柿丸 もはや例えにもなってないね。
町田 本公演がデパートで、「劇団、江本純子」がセレクトショップで、軽演劇シリーズが・・商店街みたいな?
江本 うーん。じゃあそんな感じで。
柿丸 映画館の例えよりはわかりやすいね。
なぜ「ふれる」なのか
――数ある軽演劇作品の中で、なぜ「ふれる」を選ばれたのですか?
江本 雑多でシュールな店が軒を連ねる商店街に、その中でもクロウト好みの品揃えで、それでいてお客さんが入りやすい雰囲気のお店な気がしたからですかね。柿丸 すっごい分かりずらい。
町田 商店街の例えが生きになった!
江本 見た目は至って平凡なお店なんだけど、中に入ったらベーシックな茶葉からちょっと変わったマニアックな茶葉まで色々置いてあって、なんか一周したら結構いいお店だった、みたいな。
柿丸 しかもお茶屋なんだ。・・全然わかんないな。
町田 地元の人達の間でじわじわと口コミで流行りそうなお店かね、また来たくなるようなね。
江本 そうだね。それいいね。そんな作品だからです。地元以外の人達もやってくるといいですね。
柿丸 「ふれる」はストーリーにちゃんと喜怒哀楽があるよね。
江本 あ、まじめに答えてる。
町田 グッとくるものもあると思うんで、そういうところも感じてもらえたらいいいな〜
江本 あ、町田さんまで。そうですね、単純にふざけた作品が多い軽演劇の中でも『ふれる』はバカバカしくもちょっとまじめな優等生演目なんです。「人間らしさ」についてとことん変化球で攻めていってます。
町田 変化球?
江本 フォークとかカーブとか。
柿丸 例え禁止ね。
江本 はいそれで、この演目を、今このメンバーで作ったら、ただの現代口語演劇でも軽演劇でもない、毛皮族なりの新種のストレートプレイが生まれるのではないかと、そういう可能性も感じられる本だったからです。まあ単純に「好評作だった」と言うことも勿論あるのですが。
柿丸 ということは、初演をなぞるだけじゃないということですね。
江本 初演の「ふれる」もそうだったけど、いつも毛皮族ではどれだけお客さんに笑ってもらうかと言うことに重点を置いて稽古していて、でも今回は人物自体の人間性をもうちょっと突き詰めていこうかなと思っています。それが出来れば、もうちょっと説得力のあるドラマが作れるのではないかと。
――稽古はいかがですか?
柿丸 今日から稽古が始まったところなんです。今日稽古に来るときは軽演劇と思っていたので、割とラフな気持ちで稽古に臨んだんですけど・・。町田 いきなりジャック・ニコルソンの話から始まってましたね(笑)。
柿丸 江本は今回女版ジャック・ニコルソンを目指すそうです。役作りとして。
江本 昨日も『シャイニング』を観たばっかりなのでしばらくマイブームです。ジャック・ニコルソンが。町田さんにも柿丸さんにも「ジャック・ニコルソンになろうよ」って話をしていたところです。軽演劇用に作った台本だから軽演劇的な笑いを求めてやるのは簡単じゃないですか、既に一度は正解が出てるし。だからキャストに対して、演じる上でのハードルを上げて欲しい意味でまずはジャックニコルソンの魅力について語ってみたと。
柿丸 ちなみに前回の『ふれる』では私は志村喬さんの研究を強いられました。今回は・・ジャックってこと?
江本 そうすね、私もジャックニコルソンを目指しますので、是非柿丸さんもジャックを目指して頂き、ジャックニコルソンVSジャックニコルソンでいきますか。
柿丸 ・・・。
江本 町田さんはどうしましょうか。ジャック・・?
町田 ジャックは置いておいて、もういいから(笑)。
柿丸 カッコーの巣の・・
江本 郵便配達は・・
町田 はいはいはい。とにかく初演の時以上にそれぞれが演じる役の人物をもっと掘り下げていくってことで私は解釈しています。
江本 でも今日久しぶりに本読みして、気持ちをつなげようとしても絶対繋がらないセリフがいっぱいあった。やっぱりギャグ重視でやろうとしてた本なんですね。最近、現代口語の世界に傾きかけていたから(笑)、その方法論でやろうとすると全然できないんです。一旦「笑い」のことを忘れてちゃんと芝居しようとすると、必ず笑いのためのセリフに出会うから、「笑い」の方向にすっごいいきたくなっちゃって、「あ〜どっちでやろう」って常に迷ってしまうんです。すごい難しい本ですね、これ(笑)。初演で今回私が演じる役を演じていた2人(町田、柿丸)は、相当大変だったろうな、と改めて同情しました。あー難しい。あー大変だ。
町田 軽演劇の面白さも残した状態で、一体どんな方向で終着するのか、楽しみですね。
柿丸 とりあえず稽古の終盤でジャックじゃない人が登場する可能性はおおいにあるからね。
毛皮族のバース、掛布、岡田
――最後に、「ふれる」を再演するにあたって何かメッセージはありますか?
柿丸 少ししか出ない役なんですけど、重要な役なので・・江本 今回初演とあきらかに変えようと思っているのは、心理的な「サスペンス」が強いものにできないかと。そういうところで柿丸さんの役は、会話の中でもその存在感だけでも色んなことを脅かせる役だと思います。柿丸さんの役は初演では私がやってたんですけど、この稽古に入る前に、「私がやった時よりも、爆発的に笑いを取らないと、死刑だよ」みたいなことを言ってたんですけど(笑)。でももはや、それは重要じゃなくなったんだよね。もう今は、笑いじゃなくていいよとも思ってる。
柿丸 じゃあ、サスペンスを生み出せるように。あと、初演の時、今回私がやる役をやっていた江本に対して、この人うざいわ。って心底思って。すごい殺意を持って演じていました(笑)その「うざさ」をだせるように頑張ろうと思います。
町田 私は、初演よりも作中の年齢的な関係性のリアリティがあるので、そういうところで入り込みやすいんじゃないかなと思っています。そこに頼りながらも役を真剣に取り込もうと思います。
あとは、初演とは全く違う作品になりそうなので、初演をご覧になっている方にもぜひ見てもらいたいと思います。
江本 そうね。この毛皮族のバース、掛布、岡田の三人でやるんだから、はずすことは絶対にないと思ってます。誰が三振しても誰かがフォローみたいな。三人でホームラン打ったら最高だよね。
町田 それって結局笑いをとれって要求してるよね(笑)?
江本 まぁまぁ。ホームラン笑いも生みつつ、サスペンスのバントをして、感動でホームベースに戻ってくるって感じの作品に仕上がると思います(笑)。
柿丸 (江本に)実はそんなに野球好きじゃないよね?
江本 初演をご覧になった方も、初めての方もぜひぜひご期待くださいね〜。
町田 わ〜。
柿丸 わ〜。
――ありがとうございました。
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ブロードウェイで生まれ、2001年には映画化もされた伝説のロック・ミュージカル『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』。日本でも過去に何度も上演しており、熱心なファンが多いこの舞台がまたもや帰ってくる! これが三演目となる山本耕史に、ヘドウィグへの想いを語ってもらった。
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「僕は、お客さんも含めてみんながヘドウィグだと思うんです」
――『ヘドウィグ〜』を再々演することが決まって、率直なご感想としてはいかがでしょうか。
この作品は定期的にやるから意味があると思うんですよ。だからまたやれるということは本当にうれしいですし、しめしめというか(笑)、やっぱりな!という思いもありました。でも今回は公演期間が短いので、そういう意味ではお芝居やミュージカルというより、今まで以上によりライブパフォーマンス的なものになりそうな気がします。
――特に今回変わりそうなところとか、逆に変えたくないところはありますか。
基本的な部分は何も変わらないと思います。でも、たとえば視覚的なこと、衣裳とか照明に関してはまだわからないので。僕としては、衣裳は変えようかなーと思っていますけどね。既に、核みたいなものはできているので。前回までの衣裳もいいんですが、あれは日本版の『ヘドウィグ』をやるにあたって、みんなで気合いを入れて作ったものなんです。でももう、そのスタイルにこだわらなくてもいいようにも思えて。
――多少、冒険した衣裳にしても大丈夫ということですか?
いや、逆にあれが冒険している状態だったんですよ(笑)。だから、元のものに戻すというか。やっぱり原作があれば、それに忠実なものが一番いいと、僕は思うので。
――じゃ、ヘドウィグ本来のイメージに戻るということ?
ええ。僕の中ではそうしたいなと思っていますけど。
――もう何度も演じられてきていますが、ヘドウィグを演じるとき、一番意識することはどういうことでしょうか。
これは言葉では簡単に言えちゃうことなんですが、“ウソをつかない”ってことですね。つまり、お芝居をしないってこと。芝居で怒るとか、演技で泣くとか悲しむとかじゃなくて。もうリアルにステージ上にその人がいて、感じるままそこで生きていないといけない。やっぱり、怒ってるお芝居をしている人と、本当に怒ってる人とでは、見ればわかりますよね。感情の奥にあるものが、ちゃんと動いているかどうか。動いているように見せているのではなくてね。このヘドウィグっていうのは、そこが一番大事なところなんです。
――上演中はずっと、ヘドウィグになりきっていないと成り立たない?
いや、その“なりきる”っていうのも、ちょっと違う言葉なんですよね(笑)。うーん、なんだろう。いや、そこにいるのはあくまで“僕”なんですけど。僕の感情が動いているんです、ヘドウィグの感情ではなくて。
――ヘドウィグという役、キャラクターではない。
僕、よく思うんだけど、お客さんも含めてみんながヘドウィグだと思うんですよ。お客さんそれぞれの人生を、舞台の上で鏡に映して見せているような感覚なんです。これが人間の姿なんだなあって思ってやっているので。人間を目の前にして人間の姿を、お芝居では絶対に表現できないので、もうそこに生きるしかないというか。そういう意味で“ウソをつかない”ってことなんですね。だから、今までもお芝居を見せようと思ったことはないです、ヘドウィグの場合は。
――それは、他のお芝居をやる時とは違う感覚なんですか?
基本は一緒なんですけどね。ヘドウィグの場合は、人間らしさっていう部分がより多いのかな。ストーリーを追うことよりも、その人の魂みたいなものが出せないとダメな作品なんじゃないのかなって思いますね。
「ヘドウィグを演じるのは試練の場。気合いと根性が必要です」
――今回も演出は鈴木勝秀さんですが。山本さんは『ヘドウィグ』以外の作品でもご一緒に舞台を作られています。改めてスズカツさんの演出の魅力とは?

何も言わないところですね(笑)。何か言われた記憶、演出された記憶がほとんどないんです。それがいいという人と、何か言ってほしいって人がいると思いますが、僕はやりやすいほうかな。みんなで一緒に作れるっていうのが、僕には理想なので。
――役者も演出家も一緒になって、ひとつのものを作っていきたい。
ええ。だから、これはいい意味でとらえてほしいんだけど、ある意味プランがないんです、スズカツさんって。今起きていることを見て、その場で具現化するタイプというか。それも役者のアイデアを優先するし。自分でピンときたことは「こういうのどうかなー」って。
――さりげなく、提案してくれる。
そうすると、こちらもちょっとやってみようかなって気にもなるし。それにしても本当に、目の前で行われていることをよく見ている人だなっていつも思いますよ。
――そして『ヘドウィグ』といえば、楽曲の魅力も大きいと思うのですが。山本さんにとって、この音楽に関してはいかがですか?
全部、どの曲も好きです。ジャンルとしてもグラム・ロックってハードな感じですけど、わりと好きなジャンルなので。でもやっぱり、この楽曲の良さがヘドウィグの特長だと思います。そして特に集約されているのが『The Origin Of Love』の歌詞でしょうね。僕は英語で歌っているから、それを改めて日本語では伝えていないけど。つまり、人はひとりじゃ生きられないってことがテーマになっているんです。
――今回、本番に向けて今一番楽しみにしていることは。
またヘドウィグの世界に入れるということは、すべてが楽しみです。でもやはり、それなりの気合いと根性が必要ですからね、あの中に飛び込むのは。だから楽しみなだけではないかな。でも過酷な場所に自分を追い込んで、そこで自分を磨くということも大切なことですからね。またしてもそういう試練の場が来るな、という感じです。
――最後に、お客様にお誘いのメッセージをお願いします。
東京公演は今回Zepp Tokyoになるので、また雰囲気がガラッと変わると思います。ずっと観てくださっていた方も、もしかしたら初めての方も、どちらも納得できるようなヘドウィグの世界をまたお届けするつもりなので、ぜひみなさん見逃さずに来てください!
<衣装:COMME CA MEN>
<取材・文:田中里津子>
<写真:渡辺マコト>
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筆者自身、一つのことにトリツカレるとそれにのめりこんで周りが見えなくなってしまう人間だったりするもので、いささかの自戒と共に大変微笑ましく観たのが「音楽劇 トリツカレ男」である(9月4日初日、天王洲銀河劇場)。いしいしんじの小説を基にしたこの舞台は、さまざまなジャンルで活躍する才能たちが結集、そのコラボレーションが見事に結実し、これぞ“音楽劇”と言うべき、実にオリジナルで秀逸な味わいの作品に仕上がっている。
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主人公のジュゼッペは人呼んで“トリツカレ男”。何かにトリツカレるとそのことばっかりに夢中になってしまう。三段跳び、メガネ作り、ネズミの飼育、ツイスト(!)……。そんな彼が、異国からやって来た風船売りの少女、ペチカと出会う。言葉のあまり通じない彼女に恋をしたジュゼッペは、ツイスト大会で優勝して彼女の借金を棒消しにしたり、喘息で入院している彼女の母親の病気を快方に向かわせたりと大活躍。しかし、ペチカの微笑みからまだ濁りは消えない。そしてジュゼッペは、彼女が死んでしまった婚約者を待ち続けていることを知る――。

ファンタジックな作品世界にこのうえなくマッチした音楽を手がけているのは、テキスト、サウンド、ビジュアルの多ジャンルを股にかけた活動で知られる青柳拓次と、「クラムボン」のみならずソロでの活動でも多くの聴衆を魅了する原田郁子。二人が生演奏も担当、原田がヒロイン・ペチカ役に扮するという趣向だ。多様な楽器を駆使しての青柳の演奏、ふんわり不思議な響きの原田の歌声が、この音楽劇を他にはないユニークな作品にすることに大いに貢献している。芝居部分から歌、音楽の部分への移行も実に自然で違和感がない。ウィットに富んだセリフや歌詞は、「EVIL DEAD THE MUSICAL〜死霊のはらわた」でも楽しい仕事をしていた脚本の倉持裕のワザが冴えるところ。かつて「水と油」、現在は「カンパニーデラシネラ」を率いて活動中の小野寺修二の振付も、日常性の中にひそむ幻想性の陥穽を突いたムーヴメントで作品の雰囲気を大いに盛り上げる。これだけの多ジャンルの才能が集まると自己主張ゆえケンカしてしまいそうなところ、巧みにまとめあげた演出の土田英生の功績が光る。
タイトルロールを演じたのは坂元健児。“トリツカレ男”のまっすぐで純粋な情熱を明るい持ち味と歌声で体現していた。ペチカの母親を演じた浦嶋りんこはさすがの迫力のヴォーカル。街を仕切るギャングこと“ツイスト親分”なる等身大(?!)の役で尾藤イサオが得意のツイストを披露、強烈な個性をほどよく発揮して作品世界のスパイスとなっているのが実に楽しい。
文=藤本真由(舞台評論家)
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コント・ユニット「U−1 グランプリ」での活動も好評な、売れっ子放送作家・福田雄一と、伝説のお笑い集団「ジョビジョバ」での活動も名高いマギーのコンビ。二人が強力タッグを組んで送る最新作が「バンデラスと憂鬱な珈琲」だ。主演の堤真一に、高橋克実、小池栄子、村杉蝉之介、中村倫也、高橋由美子、そして段田安則という布陣も強烈な面々で、いかなる笑いを繰り出そうというのか。共同脚本と演出を手がけるマギーに訊いた。
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――何とも意表を突いたタイトルですね。
福田さんと僕で舞台を作らないかというオファーを受けてから、この企画を雑談の中からいつの間にか「バンデラス企画」って呼んでいたんです。それで僕の中で“バンデラス”に愛着が湧いて、役名として残すことにして。ただ、どうしてもアントニオ・バンデラスが浮かびがちなので、そろそろタイトルをという話になったとき、アントニオ・バンデラス感を薄めるために“憂鬱”を思いつき、さらに薄めておしゃれ感を出すために“珈琲”も付け加えた、そんな感じでできた題名なんです(笑)。
――そのバンデラスを演じられるのは堤真一さん。
黙っていても主役然とする立ち姿も素敵だし、あれだけかっこいいのに、「俺ってかっこいいだろう」という芝居をしないのが、男から見てもまたかっこよくて。僕にとっては仲のいい先輩であり、おもしろいお兄ちゃんでもあるので、皆さんが知っている堤真一の魅力はまだまだ一部だぞ、僕の知っている魅力を見せるぞと、そんな気持ちです。バンデラスは、おちゃらけも変顔も一切しない、真面目に切羽詰まっている様が一歩引いてみるとおもしろいキャラクター。「24」のジャック・バウアーみたいに「時間がない!」って言うのを周りが「いや、それはお前の都合やろ」とツッコんでいく感じというか(笑)。
――他のキャストの皆さんも実に個性的ですね。

今回、堤さんはバンデラス含め三役、他の方には七役ほど演じていただくんですが、いわゆるイメージと違う顔も見せていきたいなという気持ちがあって。高橋克実大先輩は、世間のイメージでは真ん丸なお月さまのような、天真爛漫な方ですが、月が日毎に姿を変えるように、尖った三日月のような顔も見ていただきたいなと。。小池栄子ちゃんは、芸人さんからも、絶大な信頼を寄せられるしっかり者的な存在ですが、弱くてかわいいところもたくさんあるので、しっかりしてないのも魅力的な栄子ちゃんを見てもらいたいです。村杉蝉之介さんは、スパイス的な役割はもちろん、どこかイギリスコメディの匂いがするところが今回の話にぴったりですね。。中村倫也くんは、河原雅彦さん演出の「真心一座身も心も流れ姉妹〜獣たちの夜〜」の稽古場でいいなと思って。今回最年少ですが、周りのベテランさんたちを脅かす存在になって欲しいです。高橋由美子さんは大好きな女優さん。手堅さで信頼の厚い方ですが、演出家としては今回、こんな球が来たか! というような球を由美子さんに大いに投げてみたいですね。段田安則さんは、世界の段田、日本演劇界の宝ですから。大統領を演じていただく他、段田さんがいまさらしないよなというような(笑)、「男A」みたいな役もやってもらいます。
――こうしてうかがっているだけで楽しみになってきました!

文学性とか演劇性は他に任せて、何も残らないことを覚悟して来てください(笑)。そのかわり、とにかく笑いはありますので。一本の舞台の中で、ここはどっかーんとか、ここは誰か一人がクスリとか、ここはニヤニヤとか、さまざまな笑いを創り上げてお見せしたいですね。
取材・文=藤本真由(舞台評論家)
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ザ・ポケット、劇場MOMOの隣に二つの新しい劇場が誕生。その中のひとつ「テアトルBONBON」のこけら落とし公演を東京ヴォードヴィルショーが上演する。
作品は2004年劇団創立30周年興行第2弾で好評を博した、劇団史上初の女優を中心とした
傑作喜劇「その人、女優?」の再演。作・演出は人情味の溢れる喜劇で大人気の中島淳彦を迎えて
いる。物語は昭和の終わり頃。一瞬の間だけ人気女優だった片桐沙代子は夫で脚本家の橋岡との
結婚生活が破綻。しかもその橋岡の新作舞台の主演女優が後輩の天野千里に決定する。片桐はし
つこいマスコミから逃れるべく九州の田舎町にある古ぼけた連れ込み旅館にたどり着く。女と男、妻と夫、そして女優と女優の闘いが、いま可笑しくも情けなく始まる!
入団が同期のあめくみちこと山本ふじこ。二人の女優に本作品への意気込みを聞いてきた。
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――「その人、女優?」5年ぶりの再演で、しかも、今回はこけら落とし公演だそうですね?
あめく:そうなんです!こけら落としをさせて頂くのは凄く嬉しいです。そんな経験は初めてですし、なかなかそういうチャンスには出会えない。劇場さんがヴォードヴィルに決めて下さって本当に嬉しい。
ふじこ:はい、本当に嬉しいですね。
あめく:かなり自慢できるよね、だって最初だよ(笑)
ふじこ:だから作品をよくしないとね。「面白い」と、評判が良かった作品なので、期待が高くなるぶんプレッシャーはある。でも凄く楽しみです。
あめく:ちょっと心配なのは、劇場が完成するのか(笑)。今はギリギリの予定らしくて。劇場はキャパが120と小さめですが、このお芝居にピッタリだと思う。連れ込み旅館の小さな部屋の設定だから。
ふじこ:登場人物もそれぞれ個性的で面白い。見逃すかもしれない程、細かい面白いところも盛り沢山。舞台と客席が近い方がそういうところも観てもらえるから、いいと思う。
あめく:狭い舞台に登場人物総勢12人もでるからね。
ふじこ:色々な人が色々なところに出入りするからね。楽しみだね。
あめく:この前初演のDVD観たら、いや、みんな若い!
ふじこ:若かったね(笑)。5年も経ってるのかぁ…。
あめく:私の役は女優だけど、だんだん役が貰えなくなって外されていく役。歳をとった分、そこをいい感じに表現できるといいなと思う。
ふじこ:私は、いい歳をした息子がいるお母さんの役。初演はそんな歳ではなかっ
たけど、今はだいぶ近づいた。やっぱり役に対する心境も変わる。あと、今回は、演出も作家の中島さんがして下さるから、前回苦労した方言(宮崎弁)を中島さん(宮崎出身)に指導していただける。
あめく:初演より濃い感じの舞台になるんじゃないかな。やっぱり、作家が直接、演出して下さるからね。
――初演の時に印象に残っている事はありますか?
ふじこ:公演の時にもの凄い台風がきて調光室も雨漏りして、お客さんが来ないかと思ったら、それでも来てくれていて、それに感動して、皆テンションがあがって素敵なお芝居になった。それが忘れられないです。
あめく:「もしかしたら途中で照明が全部消えるかもしれません。それでもやりますか?」って照明さんが言ったんですよ。「やります!」って言って。幸い何事もなかったんですけど。
――初の女優中心の企画ということでいつもと違う心境でしたか?
あめく:凄く面白い台本を中島さんが書いてくださったので、絶対に、その面白さを伝えないと申し訳ないと思いました。稽古からかなりの興奮状態が続いていて、とにかく初日まで必死でした。台本の面白さと出演者の皆が、お客さんにうけて欲しいという思いが強かったですね。
ふじこ:脇を固める俳優が先輩方で、凄く頼もしかった。やっぱりたくさん経験されている方は違うなと。「面白くなるよ、大丈夫だよ」って盛り上げて、助けてもらっている感じがしました。お客さんからもエネルギーをもらいました。笑いももらって、私たちはそれをエネルギーにして、また還元する。それがすぐ感じる事ができるのが客席と舞台の近い小劇場の良さかなぁって思いました。
今はまだ劇場の作りもわからないけど、「新しくものを知る」っていう事が、凄く楽しみです。
あめく:新しい劇場ができて嬉しいね。中野には2つできるわけだし、高円寺にもで
きたしね。そうやって演劇が賑やかになる事は嬉しいですね。
――今回の公演に対する意気込みをお願いします。
ふじこ:いつも通り、自分のやれる事をせいいっぱいやるだけです。もう少ししたら、もっとそういう気持ちが強くなると思います。
あめく:初演は、御陰さまで凄く評判も良かったし、チケットが完売で観損ねたって声も聞いて、いつかまたやりたいなって思っていました。それをこの機会に再演できるのが嬉しいです。絶対、前よりは面白くなるはずなので。
ふじこ:新たな発見も、すでにかなりある(笑)。5つも歳をとれば感じ方も変わってくるしね。
あめく:変わりますよ〜。肉体が変わってるんだから(笑)。
ふじこ:この台詞は、こういう風に感じるんだとかね。それで、深みとか厚みもでてくる。
あめく:セットも新しい劇場にあわせて前と変わると思いますし、その辺も楽しみですね。
前回ご覧になった方も絶対楽しめますので、是非中野にお出かけ下さい!!

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慶應のおしゃれな雰囲気に溶け込めない寂しさから旗揚げ
――まず、今回のインタビューが「e+ Theatrix!」に掲載される心境を教えてください。
「きたな!」と。いや違う(笑)。ありがたいです。でも、他の取材を受けている方々と肩を並べたとは全然思ってないので、プレッシャーを感じてます。ゴジゲンは知名度もまだまだなので、この記事を読んでくれた方には、とりあえず興味を持って頂きたいです。観に来てもらえたら最高で、作品で答えたい。ゴジゲンは出会いで今までやってきたので、これがまた新しい出会いを生むきっかけとなれば、と思います。
――ゴジゲンは、旗揚げしてから1年足らずで1公演1000人以上を動員するようになりましたね。来年の4月には吉祥寺シアター公演も決定とのことで、小劇場の劇団としては、順調な経歴だと思います。それなのに、いつも描くテーマは「悲劇」なんですね。最新公演に至っては、「幸せをぶっ壊す」と?
うーん……僕は全然順調だとは思っていないです。というのも、全然一つの場所に留まっていたくなくて。演劇だけじゃなくて、映画もラジオも喫茶店もやりたい。ミーハーですね(笑)。変化し続けること。これ、人生の目標にもなってます。
――どこからその気持ちが来るのでしょうか?ゴジゲンを旗揚げするに至った経緯を教えてください。
元々芝居にそんなに興味はなかったんです。高校生まではずっと漫画家になりたかった。でも、上京して出版社に漫画を持ち込みしたら、「こういうのは芸人さんがやってるよ」と言われたんです。悔しいから、じゃあ芸人目指そうと思って。そのために大学でコントや演技を勉強しようと。第一志望は早稲田大学でした。でも、早稲田全部落ちて、慶應しか受からなくて。いざ入学しても、慶應のおしゃれな雰囲気にとけこめなくて、毎日学校の図書館にある立入禁止の場所に入り、1人でお昼食べてました(笑)。
――その後、「創像工房 in front of.」という演劇サークルに入りますね。
友達欲しいなと思って。そしたら、同じように下を向いてる人たちばかりが集まってる演劇サークルがあったんです。飲み会でもコールなんてしないし、自虐ネタとか下ネタとか下世話なことばっかり話してるけど、絶対人を傷つけようとしない。どこか暖かくて、コントも出来るって言うし、最高だなと思って入りました。そんな気持ちで入ったから、1年ちょっとで演劇自体に飽きてしまった。そんな時に、ヨーロッパ企画の『サマータイムマシン・ブルース2005』を観て、衝撃が走った。こんなに面白いことができるならと、それがきっかけで、僕も芝居を書いてみようと思ったんです。仲間にも「ヨーロッパ企画みたいなことやろう」って言って。
――それが、2006年5月、事実上の第1回公演『かけぬけない球児』ですね。この時はサークル「創像工房 in front of.」としての公演で、ゴジゲンはまだ旗揚げされてませんが。
その後、第2回公演『ロックンロール逃げる』で池袋シアターグリーンの学生芸術祭に参加して、大阪選抜に選んで頂いて。その大阪で第3回公演『エイトビートニート』をやっている頃ですね、劇団を旗揚げしようと思ったのは。4年間、ずっと芝居しかしてなくて、気がついたらサークルを卒業しちゃう。しかも休学中。寂しくなって、慌てて1人で劇場を押さえた。それまで、全ての作品に出演してくれていた同期の目次立樹(めつぎりっき)と第3回公演で制作をしてくれていた後輩の半田桃子をメンバーに誘いました。そうして、今でもサークルの延長で、ズルズルと続けてしまっている感じです(笑)。
カッコ悪い人やダサい人を肯定したくて、コメディ作ってます
――ヨーロッパ企画の第26回公演『あんなに優しかったゴーレム』では、文芸助手を務めていますね。どんな影響を受けましたか?
ヨーロッパ企画の上田さんとは、2007年の池袋シアターグリーンの学生芸術祭をきっかけに知り合いました。とにかくストイックで、笑いだけではなく、その芝居の世界観を大切にしているんです。しかも、上田さんは役者からボランティアスタッフの方まで、色んな意見を聞くんですよ。辛い意見もあるはずなのに、受け止める。一方で、「努力する姿は人に見せちゃいけない。作品で伝えればいい」と言っていて、それがまたカッコいい!完全に憧れて、上田さんと同じノートパソコンとスケッチブックを使ってます。ストーカーみたいだけど、面白くなれるんじゃないかと思って。これ読まれたらやばいです(笑)。上田さんだけじゃなく、ヨーロッパ企画の方々には、お世話になりっぱなしです。でも、先にヨーロッパ企画がいるから、コメディでは太刀打ちできないと思って、より一層コンプレックスを描くようになりました。
――そもそも、何故コメディを作ろうと思うのですか?
コメディにするのは舞台だからです。実際、自主制作で作った映画は、完全な悲劇で、何も笑えないんです。笑いって、お客さんの反応の中で一番分かりやすい。お客さんの笑いによって、役者の演技も変わって、芝居の形までも変わっていく様子が面白い。映画や小説じゃ出来ないことですよね。それに、笑ってしまうっていうことは気持ちが理解できたということだから。僕は、カッコ悪い人やダサい人が好きで、それを肯定したくてコメディをつくっています。稽古でも、笑いについては特に言及しません。
――今までの稽古場で一番インパクトに残っている役者さんは?
最新公演に出演する予定の田中美希恵ちゃんですね。インパクトのある外見なのに、シャイ。でも、シャイゆえの堂々とした演技が面白いんです。ゴジゲンのメンバーの目次もストイックですよ。チェ・ゲバラに憧れている役の時は、ゲバラの映画20本くらい見てた。「チェ・ゲバラ」ってワードは一言しか出てこないのに(笑)。とにかく役目線で、想像以上のことをしてくるんです。だから、演技の上手下手じゃなくて、次の瞬間何をするか分からない人をキャストに選んでいます。演出の言うことは聞かなくていいんです。
――じゃあ、何を演出しているんですか?(笑)
最低限、話が分かるように演出しています。それと、とにかく傷つきたくないんで、人を傷つけるような表現はできるだけ遠まわしに見せます。あとは空間の見栄え。見栄えはこだわります、視覚的情報は何よりも強いと思うんです。だから、舞台はいつもグチャグチャしているし、小道具もやたらと多い。
――過去6回の公演で一番気に入ってるシーンは?
第2回公演の『ロックンロール逃げる』で、主人公たちがパンツ被りながら、女の子のパンツ覗くシーン。あれは芸術ですね(笑)。負け組で、汚くてダサいんだけど、目的を達成するために必死で。いやらしさを超えた、切なさと愛があるシーンなんです。今年5月にやった第6回公演『チェリーボーイ・ゴッドガール』でも「女子なんかムカつく」と言いながら、女の子の匂いが残る座布団をみんなで嗅ぐ。「やっぱり好きなんじゃん!(笑)」と。台詞と行動が逆になっていた方が、気持ちがお客さんに伝わる気がするんですよ。感情が溢れすぎて、バレたら恥ずかしいから、言えない。気持ちを素直に伝えられる人より、素直に伝えられない人の方が、その気持ち自体は勝ってると思うんです。思いたいんです。

テーマは現実逃避。見えないフリをするという思いやり
――今回の公演のストーリーとテーマを教えてください。
簡単に言うと、不幸な人たちが不幸だと悟られないように、幸せなフリをするけど、結局最後はぐちゃぐちゃになってしまう話。テーマは現実逃避。過去の事件のせいで、彼らの関係が変わりそうなんだけど、主人公は変わりたくない。一見幸せそうに見えても、本当は不幸せ。だけど、それを見ないフリをする、という思いやり。そんな、壊れそうでギリギリな世界ですね。まあ壊れるんですけど(笑) 。
――今までの公演と違うところは?
毎回世界観が違うのでなんとも言えませんが、今までは皆で一つの目標に向かっていたけど、今回は自殺・漫才・告白・謝罪…と、皆の行動や動機がそれぞれ違っていて、色んな話が錯綜します。役者もワークショップで色んなところから集めたので、テーマは決まってるけど、どうなるか分からないです。気を抜くと調子に乗ってしまいそうな自分をぶっ殺していきたいですね。ラストも、『ハッピーエンドクラッシャー』と銘打ってハードルも上げていますが、まだ悩んでます。僕の中でやりながら、答えを見つけていきたいです。
――最後に今回のテーマに因んで、人生最大の現実逃避を教えてください。
与那国島に行ったことですね。日本の最西端に。その時は失恋して、体調も悪化しちゃって。もうわかんないですけど、世界変えてやろう、と思って。そのためにひとまず、日本の端に行けば日本のトップになれるんじゃないかと思いました。あれは寂しかったですね。
(取材・文:上野紗代子)
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夏の暑さに浮かされて見る白昼夢のような、切なさとユーモアと懐かしさが入り交じった、あまりにも不条理で幻想的な世界。もはや小劇場ファンの間では夏の風物詩となっている、名古屋の劇団「少年王者舘」本公演の季節が、今年もやってまいりました。とはいえ昨年は『アジサイ光線』再々演が、大阪で上演されたのみだったので、物足りなく思った方もさぞ多かったことでしょう。しかしその分今年は、主宰・天野天街の3年ぶりの新作で、名古屋・京都・東京の3都市を巡演!
しかも京都での本公演は、劇団創立27年目にして初めてのことだそうです。そこで天野天街に、題名通り「夢」がテーマとなるという新作の構想について、いろいろとうかがって参りました。>>チケットの詳細・申込み
──このタイトルって、一瞬『夢十夜(ゆめじゅうや)』と読みそうになりますけど、夏目漱石の同名短編小説とは何か関係あるんですか?
あの字面から発想はしたけど、単純に「十」が「+(プラス)」に見えたという、遊戯でしかないですね。あれに出てくる夢の話や、漱石の無意識がどうっていうことは、今やろうとしている芝居とは全く関係ない。ただ書いてるうちにネタに困ってきたら、何か引っ張ってくるかもしれないけど(笑)。
──「これを次の芝居のタイトルにしよう」と思った決め手みたいなのは、何かあったんでしょうか?
“夢+夜”って見えた瞬間に、まず「夢と夜を足すってどういうことだろう?」と。そこからいろいろこねくり回すと、何か変なモノがピョッと出てきそうだなと思ったんです。それと「夢」というのはものすごく個人的な物だけど、「夜」は完全な共有物……地球とか太陽とか月とか、すべての関係でできている物。そういう対照的な要素を、同じフィールドに持ち込んだらどうなるか? というのもありました。
──ただの言葉遊びから始まったものが、どんどん広がりを持ち始めたと。
王者舘の芝居のタイトルは、割とそんな感じで決めてますね。フッと何かの言葉が出てきた拍子に、そこからまた別のモノが浮かんできたり、何かとつながりそうだなという感触が発生すれば。たとえば『それいゆ』(98年)だと、太陽(soleil)と原爆というつながりから、話を作っていきましたし。
──その2つの言葉から連想される物事やシーンを、とにかくガンガンつなげていくって感じの作品でしたもんね。
それで今回のタイトルの話に戻すと、これまで自分の作品の中では、なるたけ「夢」って言葉を使わないようにしていたんですよ。夢って言葉を使っちゃうのはダサイというのもあるし、あと芝居の中で「夢だ」と言い切ってしまうと、安易に流されてしまいそうだなあという恐れがあって。
──確かに王者舘の世界は全体的に夢っぽいから、「これは夢です」と言い切ってしまうと、身も蓋もなくなっちゃう気がしますね。
うん、それで終わってしまう。『くだんの件』(95年)という作品で「夢」って言葉を執拗に使ってからは、割と「夢」が芝居中に出てくるようにはなったけど、それでも極力避けてました。なのに最初っから、タイトルに「夢」なんて付けてしまったら、自分自身がどうなっちゃうのか? という、そういう興味もありますね。
──あえて「夢」って言葉で自分を縛り付けちゃおう、と。
実際夢というか「眠る」という人間の特質については、昔からズーッと興味を持ち続けていること。だからこの機会に、無理をして失敗することになってもいいから、一度このテーマを全面に出してやっとくべきかなとも思ったんです。
──夢や睡眠のどの辺りに、一番興味を惹かれるのでしょうか?
詩的に言うと、眠るってことは「軽い死」だから。アタシという者の意識から一時離れて、もう一個の意識に移行してるという状態。それは軽い死であり、アタシがこの世からいなくなることの予行演習とも取れるわけ。そうやって寝ている時の意識と、覚めた時の意識がある……と、俺らは思ってるでしょ? でもよくよく考えたら、自分の中ではそれが結構揺らいでいたりすることがある。このどっちがどっちだかわかんないような状態っていうのは、すごく面白いなと思います。
──ただ「夢」というテーマは、古今東西の数多くの表現者がすでにモチーフにしてきたものですが、天野さんとしてはどういう切り口で描いていこうと思ってますか?
夢的な状態をいろいろ組み合わせて、入れ子のように見せていこうとは思ってますが、夢や睡眠って何? ということを解明しようとは、全然考えてないんです。俺が観せたいのは「夢を見ている状態とは、一体どういう状態か?」ということ。夢を見てる時って、みんな「夢を見てる」という意識はないわけでしょ? だから目が覚めてから夢のことを語ることはできても、「今現在夢を見ているその状態」を他の人に語るということはできない。
──漱石じゃないけど「こんな夢を見た」という、過去形の語り方でしか伝えられない。
それだけは、一番したくないこと。本当に人が知りたいと思ってるのは、すでに誰かが見た夢の話ではなく、まさに人が夢を見ているその現場のはず。つまり実際にその現場にいなければ、本当の意味で「夢を語る」ということにはならないと思うんです。なので今回は、演劇で“夢の現場”にどこまで近づけられるか? ってことがやりたい。それこそとことんまで、いろんな手法を使ってね。そもそもどうしても行き着けない所や、不可能なことにギリギリまで近づきたいというのが、俺が芝居を作る上での一番の初動なわけだから。それで、こういう夢の現場の状態を「覚(かく)」の意識において考えてしまうと、きっと気が狂ってしまうでしょう……という話がしたい。
──相当危険な世界ですね。
ただ夢というのは極私的な題材だから、別の意味で危険というか、自己満足に陥りやすいんですよ。誰もが落ちてしまいそうな罠がいっぱい隠されていて、それをどう回避するかということに、力点がある感じがします。油断してると「あいつ“俺は落ちない”と言いながら、結局落ちやがった」ってなりかねない(笑)。
──具体的にどういう見せ方にしようとか、そういうのは考えてますか?
最終輪郭地帯での話というか……人間が生まれる前か、生きてる状態か、死んだ後かはわからないけれど、この先にはもう“輪郭”がないという、そんな場所での話を考えてます。もはや場所かどうかもわからないけれど。それと主観と客観、つまり「夢を見る/見られる」の関係を、観客と役者の関係性に当てはめてみるとどうなるか? というのも、ちょっとだけ見せてみようかなとも思ってます。
──というと?
たとえば夢の話を芝居にした時に、夢を見る主観となる人物が、役者として舞台の上にいるっていうのは、俺はおかしいと思うわけ。夢主はそこには存在しないか、登場しても台詞とかだけで、視界に入ってくることはないはず。本当なら、Point Of View(註:映画撮影用語。『クローバーフィールド/HAKAISHA』などのように、登場人物の視線とカメラの視線を一致させたカメラワークを指す)みたいな見え方になるはずなんですよ。ただこの見せ方を演劇でやろうとすると、かなり無理がある。カメラと違って、客席は動かないから(笑)。だから全編、この見せ方で通すってことはないだろうけど。
──やれたらすごい! とは思いますけどね(笑)。
そういう演劇の見せ方に「夢」を荷担させると、どういうモノがにじみ出てくるかという、そんな作業になるでしょうね。もともと演劇という表現自体が、観測不可能なことを観測させるような状態なわけですから。そんな背反したモノを、どうアウフヘーベンするかですよ。2つのモノを寄り添わせて、1つのモノを見せるっていう。
──その1つのモノが、どんなモノになるかという、予想とか希望みたいなものはありますか。
俺じゃなくて誰かが言ってたんだけど、水の底にある石ってものすごくキレイに見えるけど、地上に出して乾かした途端、あんなにキレイだった物がすごく色あせて見えてしまうって。その感じは、夢と全く一緒だと思う。
──つまり水底の石のキレイさを、地上でも保てるようにというか……夢を見ている状態の楽しさや不思議さを、極力そのままの状態で舞台上に提示するのが、今回の究極の目標だということで?
うん。その感触が、瞬間でも見えたらいいなと思います。
(取材・文:吉永美和子)
※京都公演の期間中に、天野天街のアートワークを展示する「天野天街萬華鏡展」が、大阪で開催されます。詳細は展覧会ブログにて。http://amanomangekyo.seesaa.net/
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織田信長がもし、女だったら――? 青山劇場で上演中の「女信長」は、そんな意表を突いた着想で綴る、佐藤賢一原作の長編歴史小説の舞台化だ。黒木メイサがタイトルロールに扮してあっぱれな座長ぶりを発揮、大観客を魅了する。演出の岡村俊一、脚本の渡辺和徳、共につかこうへいの薫陶を受けた二人が、「沖田総司は、女だった」のキャッチフレーズで名高いつかの代表作「幕末純情伝」をも思わせるタッチの舞台を作り上げた。
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戦国時代の尾張の国、“うつけ者”と呼ばれる若き武将、織田信長。その真の姿は、“御長(おちょう)”なる名をもつ女であった。桶狭間の戦いで今川義元を破り、尾張を統一して勢いに乗る信長の前に現れた一人の男――。その男、浅井長政(河合龍之介)と恋に落ちた信長は、彼に抱かれ、愛に溺れてゆく。
そのとき、信長の前に現れた男がもう一人。切れ者として知られる武将、明智光秀(中川晃教)は、戦国の世を鎮め、“天下泰平”を叶えたいと信長に語る。その夢こそ、女である信長が抱きながらも、戦のためだけに戦うばかりの男の社会の中にあっては実現不可能と考えていた夢だった。南蛮流の戦法に秀でた光秀の助言を受け、破竹の勢いで攻めのぼり、“天下布武”の道をひた走る信長。だが、越前・朝倉義景討伐に向かった信長が見たものは、あんなにも愛し、愛されていたはずの男、長政の裏切りだった――。敗走を余儀なくされ、愛の喜びも奪われ、武将としての己と女としての己の狭間で引き裂かれてゆく信長。そんな信長に、男として、人間として、真に深い愛を注ぎ続けてきた光秀が、本能寺にて、最後に用意した究極の愛の行為とは――。
何といっても、女信長を演じる黒木メイサが魅力的だ。武将と女、二つの顔の間の矛盾で揺れ動く主人公が彼女の存在を通して何の矛盾もなく体現されるのは、まずは、男優顔負けのキレのあるアクションと、女性としての魅力をただよわせたダンス、その双方がブレなく表現できる身体能力あったればこそ。黒装束に身を包み、紅一点で繰り広げる立ち回り、中森明菜の名曲「DESIRE−情熱−」に乗って披露する誘惑の舞、闘うヒロインの一挙手一投足がかっこよく、それでいて色っぽい。
武将として存在感を増す“信長”としての虚像と、一人の男に愛し愛されることを夢見る女としての実像に引き裂かれてゆく演技も、スターとして勝手に独り歩きする一方の虚像と一人の人間としての実際の自分とのギャップに悩む様を重ね合わせたかのような表現に説得力がある。原作者の説く、並の男という枠からはみ出た存在だったからこそ、信長は偉業を達し得た……との奇想天外な着想を観客にすんなり飲み込ませる舞台は見事の一言。脚本に、シェイクスピアの「ハムレット」のセリフ「弱きもの、汝の名は女なり」ではないが、いわゆる男尊女卑的発想を必要以上に追い過ぎのきらいがあるのが残念だ。
金髪の異形で明智光秀に扮した中川晃教は、自作曲も披露する活躍でヒロインへの愛を表現。セリフから歌へと変えて内面を吐露する際、ここは歌った方が心情的に確かに説得力があるな…と感じさせる切り替えの様がいい。早口の長ゼリフが多用されるつかタッチの作品において、活舌のよさは大いなる武器なのだが、ときとしてセリフを歌ってしまわないよう留意すればさらにその武器が生きると思う。女を利用して己の野望を実現せんと企む長政役の河合も、信長とのいちゃいちゃシーン等でさらなるにやけ感があればより人物像がふくらむはず。ストーリテラー的存在の徳川家康役の山崎銀之丞が、さすがの落ち着いた語り口と演技で作品を引き締めている。
藤本真由(舞台評論家)
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嵐の二宮和也の4年ぶりとなる主演舞台『見知らぬ乗客』の製作発表会見が、6月11日に都内で行われた。
本作品は心理サスペンスの名手、パトリシア・ハイスミスの小説を原作とし、海外ではアルフレッド・ヒッチコックによる映画や舞台、ラジオドラマも製作された作品。舞台作品としては日本初演となる。
演出は、ニューヨーク・ロンドンをはじめ世界の演劇シーンで活躍し、日本でも『蜘蛛女のキス』『トイヤー』などを手懸ける、ロバート・アラン・アッカーマン。
[あらすじ]資産家の息子チャールズ・ブルーノ(二宮和也)は、自分を束縛する父親に異常な憎しみを抱きながら、若く美しい母親エルシー(秋吉久美子)と恋人のように親しく過ごしている。若き建築家ガイ・ヘインズ(内田滋)は、浮気性の妻との離婚のため、故郷に帰る途中の列車の中でブルーノと出会う。ガイの妻が離婚に応じようとしないという話を聞いたブルーノは「自分の父を殺してくれたら、妻を殺してやろう」、と“交換殺人”の計画をガイに持ちかける。ガイはその提案を断るが、ブルーノは計画を実行に移してしまう…。
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“ガイ”に焦点を当てた映画版とは異なり、今回は“ブルーノ”に焦点を当てての舞台化となる。作品にちなんで列車の客車内をモチーフとした会見会場には、二宮和也、秋吉久美子、内田滋、そしてロバート・アラン・アッカーマンが登壇した。
二宮演じるブルーノは、殺人者であり、狂気を秘めた役どころ。「怒ったり泣いたり、素直な感情表現ではなく、“普通”にしていることで、読み取れない感情の“怖さ”を表現したい」と意気込みを語った。自身の中の狂気については、「あるのかなぁ…」と考え込みながらも「ゲームだとかトランプマジックだとか好きなことを見つけたときの集中の仕方は、人と違うのかもしれない」と役との共通点をのぞかせていた。
ブルーノの母親エルシー役は、秋吉久美子。「エルシーは、息子に愛情を注ぎながらも、その息子と甘美な関係も持っているとても矛盾した女性。そして女性らしい魅力的な面と嫌な面とを併せ持っている役なので、女優としてはとても演じて楽しい役だと思います。私は実は“オヤジっぽい性格”なので重なる所は少ないかもしれないですが、お酒が飲めない方が酔っ払いの演技が上手なように、第三者から見て“魔性だな”と思う面を体現できれば」と語ると、横で二宮が「(秋吉さんは)魔性ですよね!」と大きくうなずく場面も。二宮と秋吉は映画『青の炎』以来、奇しくも“殺人者”と“母親”として2度目の親子役となる。「殺し方が巧くなった」と秋吉から褒め言葉(?)が飛び出し、場内に笑いが起こる場面もあり、すでに“仲の良い親子”としてのコミュニケーションは順調なようだ。
そんな二人について、ガイ役・内田滋からは「仲良くていいなー」と羨ましがりながらも、「ガイは(ブルーノに翻弄されて)3人の中で一番観客に近い目線の役なので、ひとつひとつ誠実に取り組んでいきたい。二宮くんとはふたりだけの場面も多いので……仲良くしてね!」との要望も。それに対して二宮は「滋さんとは表裏一体でなければいけない。逸れていながらもその逸れ具合を合わせて一体感を出していけたら。…好きですよ!」と返し、内田からも「僕も好きです!」と相性の良さも見せていた。
個性的な3人の役者をまとめる演出のアッカーマンは、「どの作品を演出する時も、その作品やキャラクターの“真実”を引き出すことを心がけています。ここにいる3人はその私の考えと同じ方向を向いて取り組んでくれているので安心できる。日本の役者は、あまり自分の意見を言わない印象を持っていたが、この3人は自分の意見や提案を言ってくれるので、これから仕事していくのをとても楽しみにしています」「ブルーノは狂気を秘めた青年だが、一方で明るく、フレンドリーでとてもチャーミングな青年。そういった面は二宮さんと重なるので、ブルーノの“狂気ではない部分”を引き出していけたら」と、カンパニーでひとつの作品を創り上げることを楽しみにしている様子で語った。役者陣からは「普段から、少し話をしてから稽古に入り、演出家と役者の上下関係を取り除いてくれるとてもいい現場だと思います」(二宮)、「役者へヒントを投げて、役柄や状況を役者自らが納得できるようになるまで待っていてくれる、強い、広い、深い演出法」(秋吉)、「役者が不安のない状態でステージに立てるよう仕向けてくれる」(内田)とアッカーマンならではの演出法について語り、こちらもカンパニーとして演出家に対する信頼をうかがわせていた。
記者から「“アメリカ人演出家とのコミュニケーション法”として、アッカーマンさんと二宮さんでハグをして見せてください」とのリクエストに、演出家と座長がにこやかにハグをする一幕もあり、サスペンス・交換殺人という作品イメージとは対照的に、会場には終始和やかな空気が流れていた。
これまで、蜷川幸雄や倉本聰、クリント・イーストウッドと名だたる巨匠とのキャリアを持ち、先日も第46回ギャラクシー賞個人賞受賞、とさらに演技の評価が高まる二宮和也。ロバート・アラン・アッカーマンとのタッグで、「サスペンスの古典」と言われる名作にまた新たな魅力を加えてくれるに違いない。
公演は2009年7月18日(土)〜8月11日(火)、東京グローブ座にて。
チケットは、6月21日(日)10:00より一般発売開始
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(写真:手前、ヴェンドラの母親。奥左から、テーア、アンナ、ヴェンドラ、マルタ、イルゼ)
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舞台の壁いっぱいに肖像画や黒板、蝶の羽根など所狭しと飾られ、左右には小さな木の椅子が並んだステージ席。そして舞台中央に椅子がひとつ。オリジナルのブロードウェイ公演と同じセットに期待も高まります。カメラを持っていた私達は2階の一列目のセンターブロックからの取材を許されました(一部の問題シーンは撮影不可)。そして、マスコミやブログ記者をはじめとする関係者たちの見守る中、午後1時から上演開始となりました。

(写真:左から、オットー、エルンスト、モリッツ、ゲオルグ、ハンシェン)
出演者が入場。学校の制服姿の男の子たちと、それぞれ色や形が違うワンピースなどを身につけた少女たち。本番の衣装とヘアメイクで、半月前に公開されたあざみ野稽古場での姿とはイメージが一変しました。衣装はもちろん、男の子たちの髪型(ゲオルグは頭のてっぺんにふたつのカール、ハンシェンは金髪の七三分け、オットーは下の方は刈り上げでてっぺんはチリチリの巻き毛など)もブロードウェイのオリジナル・キャストのイメージを忠実に再現していました。本家ブロードウェイでさえ、オリジナルが降板したあとのキャストはオリジナルとかなりイメージの違う人の場合もあったので(スリムでロングヘアだった初代イルゼの二代目はかなりグラマーで黒髪のおかっぱ頭だったり、ゲオルグの髪型も継承されず)、日本でオリジナルのイメージが再現されたのはうれしいことです。

物語は19世紀のドイツ、身体の変化に戸惑い、性に関心を持ち始めた少年少女たちが、その関心を押さえ込もうとする親や教師たちに翻弄され、踏みにじられていくというなんとも救いのない話。それがブロードウェイで大ヒットした理由は、暗い物語(芝居部分)とは対称的に、時に激しく、時に切なく歌い上げられる音楽と独特の振付にあります。「The Bitch of Living」(ブチギレそう)や「Totally Fucked」(マジでFUCK!)のようなノリの良い曲だけでなく、少年少女が自分の身体を撫で回しながら歌う「Touch Me」(タッチ・ミー)や後半に歌われる「Left Behind」(消えゆく面影)などの切なく美しい曲も心に響きます。
ネオン管や電球を効果的に使った照明もまた重要なポイントになっています。赤や青、ピンクや黄色やオレンジなど、場面に合わせた色調の変化も見応え十分です。例えば「The Mirror-Blue Night」の青い照明はなんとも幻想的で、思わず見とれてしまうほどです。また、舞台装置の意外な動きには驚きもあります。

この日のキャストは以下の通り。(ひとつの役に対して数人の俳優が登板できる体制が整えられているそうで、日によってキャストがかわる可能性があります。)
<女性キャスト>
ヴェンドラ 林 香純
マルタ 撫佐 仁美
イルゼ 金平 真弥
アンナ 松田 佑子
テーア 有村 弥希子
大人の女性 中野 今日子
<男性キャスト>
メルヒオール 柿澤 勇人
モリッツ 三雲 肇
オットー 加藤 迪
ハンシェン 一和 洋輔
エルンスト 竹内 一樹
ゲオルグ 白瀬 英典
大人の男性 志村 要
メルヒオールの柿澤さんはステージでも堂々とした演技をみせ、若い女性客には早くも「カッコイイ」と大人気でした。無垢な少女ヴェンドラを瑞々しく演じた林さんとも息が合っていると感じました。ふたりのラブシーンもブロードウェイと同様の流れで演じられ、まだ若干の堅さは残るものの、その衝撃度はぜひ体感していただきたいと思います。
今回特に感じたことは男の子はもちろんですが、女の子たちの個性がはっきりしてきたということです。目立つシーンが多くはない女の子たちもひとりひとり個性があります。その点も注目したいところです。そして、モリッツの三雲さんは、時に激しく歌い、時にコミカルにおどけ、そして悲しみの表情も見せるという難しい役どころを迫力満点に演じ、観客の涙を誘っていました。
私は開幕後の5/4にも観劇していますが(その時も同じキャストでした)、観客の反応も上々で、要所要所で大きな拍手がおこり、「Left Behind」ではすすり泣きさえも聞こえ、カーテンコールは6回くらいあったと思います。
劇団四季の新作ミュージカル『春のめざめ』は順調に滑り出しました。開幕前に公演期間が8月末まで約2ヶ月延長になっていますので、一度観て気に入った方は早めに先のチケットを押さえておかれることをお勧めします。

公開ゲネプロの後、脚本と歌詞を手がけたスティーヴン・セイター氏(写真左)と作曲のダンカン・シーク氏(右)の記者会見がありました。
はじめにおふたりから、ゲネプロを観た感想などが語られました。
セイター氏は「ゲネプロの前に観たリハーサルからの大きな(良い)変化にとても感動しました。ダンカンと私は10年前、ただ素晴らしいミュージカルをというのではなく、世界中を変えてやろう、ロックで世界を揺さぶろうという思いでこの作品を書きました。私は世界中でこの作品を観てきましたが、劇団四季がこのショーを真の意味で理解して作品作りをしてくださっていると深く感動しました。」と話し、シーク氏は「劇団四季の若い方々は演出指導をとてもよく受け止めてくださっていてうれしく思います。これまで英語ではあまりにも何度も聞きすぎていますが、日本語には独特のリズムがあり日本語で聞けることはとてもエキサイティングだし、英語とはちがったところでエネルギッシュだと感じるところもあり、感動しています。またバンドの方たちもパワフルな演奏をしてくださっています。関係者それぞれがこの作品の成功にコミット(真剣に取り組んでいる、責任を果たしている)してくださっていると感謝しています。日本でもロングランになることを期待しています。」とミュージシャンらしい音にこだわった感想を述べられていました。
このあと報道関係者からの質疑応答になるのですが、最初の質問でセイター氏がとても真剣に話し始め、通訳にしっかり説明しようと真横を向いてしまいました。そのまま3分以上話し続け、目の前にいたカメラマンの人は正面を向いてもらえるよう合図をするのですがセイター氏は気づきません。それを横で微笑みながら見ていたシーク氏がセイター氏の肩を叩いてそのことを伝えると、びっくりして「すみません。すみません。」と正面を向いてあらためて話し続けたセイター氏(合計5分以上話し続けていました)。何事にも真剣に取り組むセイター氏と、大らかなシーク氏のお人柄が垣間見えた一幕でした。
質問:(セイター氏に)「原作では最後にモリッツがメルヒオールを死に誘うようなシーンがあるが、それをあえてちがう結末に変更された意図は?」
セイター氏:「私達が『春のめざめ』のミュージカルを作ろうと思った時は原作に忠実にということを大切に考えていました。しかし、最後の歌をどういう風にするか考えて、メルヒオールの心の旅路の部分を付け加えることにしました。自分の頭の中ですべての問題を解決できると思っていたメルヒオールは、ヴェンドラとの愛や苦悩するモリッツとの友情で変化していきます。私達が伝えたかったこと、<心の中に恐怖があっても、謙虚な気持ちで、それを抱えながら進んでいくことができる>という風に変更したのです。これは19世紀に作られた文学の21世紀バージョンであり、21世紀の人たちに感動を与えるものにしたいという思いで変更しました」
質問:(シーク氏に)「100年前のセンセーショナルな物語に音楽をつけることについて工夫した点は?」
シーク氏:「音楽の作り方として、100年前にふさわしい音楽を念頭において作曲するとか、これまでのミュージカルのような手法を使うなどの選択肢もあったと思いますが、いずれの方法も私はあまり興味がわきませんでした。それは私がいつも作っている音楽とは異なっていたからです。物語は1891年という時代のものですが、曲がはじまる瞬間音楽も変わり、照明も変わり、現代風の歌い方になり、曲調もロックでという形が面白いのではないかと思いました。1891年でも現代でも、子どもが抱えている葛藤は普遍的なものだということをこれで表現できると思ったのです。音楽の切り替わりをつくることでエネルギーレベルも変わり、ドラマティックでパワフルになるということで、これまでとちがったものができると感じ、そのような曲作りになりました」
質問:(シーク氏に)「先程、<日本語で聞くと英語とはちがったところでエネルギッシュに感じる>とおっしゃったがそれは具体的にはどのあたりか?」
シーク氏「私は坂本龍一氏に非常に影響を受けていて、特に彼の和音のスタイルに非常に影響を受けています。今回、私が作った『春のめざめ』が日本語で歌われるのを聞いて、坂本龍一氏の影響が前面に出ていると感じました。私は日本語ができないので具体的にどこというのは難しいのですが、自分が受けた影響があらわれているところが面白いと思ったことと、日本語は非常に面白い音を持っていてとても刺激的だし、ミステリアスだと感じました」
質問:(セイター氏に)「『春のめざめ』が性の問題を扱っているということから、日本では学校観劇で教材として使う高校もあるそうだが、そのことをどう思うか?またアメリカではそういうことはあるのか?」
セイター氏「私達は、原作では最初のシーンではなかった、ヴェンドラが赤ちゃんのことを聞くシーンを冒頭に持ってきました。これは親が子どもに率直に話ができないことからこういう悲劇が起こってしまうということからです。また、思春期の人たちが感じる喜び、苦悩、悲しみなども盛り込んでいて、若い人たちに是非観てもらいたいと強く思っていました。それが世界中の若者たちの共感を得ることができ、クリエーターとして非常に喜びを感じます。高校生向けにということでは、オフ・ブロードウェイの頃からオンになってからも、無料のパフォーマンスやディスカウントなどを活発に行ってきました。特に、あまり恵まれない、教育の機会を与えられていないような方たちや、ミュージカル観劇にほとんど縁のなかったような方たちを招いたりもしており、そういう方々から<このような人生の真実をミュージカルにしてくれてありがとう。その勇気に感謝します>という言葉もいただいています」
質問:(セイター氏に)「この作品を世に出すのに長い時間を要した理由は何か?またコロンバイン高校での銃撃事件が契機になったと聞いているが…」
セイター氏「コロンバイン高校での銃撃事件からちょうど10年になりますが、実はあの事件の前からこの作品を作る話は進んでいました。事件が起きたことで、この作品を世に出す緊急性が高まったという意味では影響があったと思います。私達はこのショーを早く世に出すために以前から知っていたマイケル・メイヤー氏にコンタクトを取り、そこからは非常に早く進みました。最初の1〜2年はワークショップなども行い、劇場も決まっていましたが、スケジュールの問題で2年ほど延期になってしまいました。そこに同時多発テロが起き、アメリカ全体で予算の削減があり、また、そういう時期にはこういうヘビーな作品よりも楽しいものが好まれたため、そこから4年間非常に苦労しました。ワークショップでは雰囲気は伝わるのに、脚本をみると19世紀のドイツの物語に現代の音楽というとなかなか理解されにくいところがありました。そのころリンカーン・センター・シアターのグレート・アメリカン・ソング・ブックというシリーズがあり、『アマデウス』に出演されたトム・ハルス氏が強力に資金集めをしてくださり、ワークショップがはじまって、そこからかなり早く進みました。オフ・ブロードウェイにのせた時、若者からも批評家からも評価を得て予想以上の盛況となり、ブロードウェイに進出し、現在は18ヶ国で制作されているというところまでにこぎつけました」
クリエーターのおふたりも高く評価している劇団四季の『春のめざめ』は、初日にカーテンコールが8回もあったとニュースになるほど今一番注目されている作品のひとつです。これまでのミュージカルの常識を覆す全く新しいミュージカルをたっぷりお楽しみください。
(文章:himika)
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「ディファイルド(DefileD)」や「グッドラック・ハリウッド」などの作品で日本でもお馴染み、ニューヨークの人気作家リー・カルチェイムの書き下ろし最新作「SEMINAR」を世界に先駆けて舞台化、いよいよ5月17日から6月3日まで東京グローブ座、6月9日から14日までシアター・ドラマシティ(大阪)で開幕する。すなわち、“ワールドプレミア”としての上演となるわけだ。
ルネサンス時代の歴史を学ぶ一人の学生。情報化社会と触れ合いの間での苦悩と葛藤、そして、その行き着く先に見える人生の核心に迫る“謎解き”とは……。上演台本・演出は、2001年・2004年「ディファイルド(DefileD)」でリー・カルチェイムの作品を手がけ、いま、時代の寵児として数々の作品を送り出している鈴木勝秀。キャストには豪華な顔ぶれが揃う。ミステリアスな主人公ローレン役に加藤成亮(NEWS)、ローレンとともにメディチ家の歴史を学ぶ大学生ハンナ役に加藤夏希、美しき助教授グレチェン役に賀来千香子。ほか、中村倫也、安藤聖、田畑亜弥、上口耕平が出演する。>>東京公演詳細
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4月14日に都内で行われた製作発表では、演出の鈴木と7人のキャストが勢揃いした。キャスト陣は本読み初日を終えての会見となった。
上演台本・演出の鈴木は「加藤(成亮)くんの役は、全篇一度も引っ込まずに出ずっぱり。リー・カルチェイムの意図が汲み取ってもらえると思います。内容はサスペンスでもラブロマンスでもなく、若者の生き様、ローレンという主人公の再生を描く。あるスタッフの言葉を借りると「太宰っぽい世界感」かも」。

ローレン役の加藤成亮は今回が初舞台。「この公演はルネサンスというのが(ひとつの)テーマになっています。イタリア自体を訪れた事はないですが、イタリアの美術にとても興味があります。以前ニューヨーク・メトロポリタン美術館を訪れた際に観た、復興・再生したイタリアの美術作品から、人が活き活き生きている魅力を感じました。そんな魅力をこの舞台でも出していければと思います。僕の役には喜怒哀楽がすべて含まれています。共感できない部分もあるかも知れませんが、僕自身に少し思い入れをしながら観てくださると、結構面白く感じていただけると思います」。

ハンナ役の加藤夏希は「ハンナ以外の女性陣も含めて、加藤(成亮)さん演じるローレンの魅力に惹かれていき、ラブシーンがあったりします(笑)。舞台セットのつくりがとても不思議。いろんなところで楽しんでもらえると思います」。

助教授グレチェン役の賀来は「過去のあるミステリアスな役です。若い共演者と少人数で演じるのは初めて。約1ヶ月の公演を通じて、皆でどんな風な初日から千秋楽まで日々演じて行けるか、ワクワクどきどきしています」。会見は、登壇者も記者からも終始笑顔があふれる、和やかなものとなった。舞台に臨むチームの雰囲気はバッチリ。開幕が待ちきれない。
STORY
ある夏の早朝。イタリア・フィレンツェ郊外のセミナーハウスにある美しい庭の噴水で一人の青年が倒れている。彼の名はローレン。アメリカの大学生で、メディチ家についての特別授業を受けるためにイタリアに来ていた。同じセミナーに参加していた5人の学生と1人の助教授は彼の姿に言葉を失う。騒然とした状況の中、ローレンが静かに、しかし刺すように語り出す。「誰が」、あるいは「何が」彼を追いつめたかを…。
チケットはイープラスで発売中(電話受付のみ)。
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尾崎豊の楽曲で全篇構成される青春群像劇『「MISSING BOYs」 〜僕が僕であるために〜』が、4月18日に開幕した。本作は赤坂ACTシアターの開場1周年記念公演。
ビッグ・アーチストの曲を主軸にした作品は、ブロードウェイ等海外に名作が数多い。日本の幅広い世代の心に響くビッグ・アーチスト…尾崎豊の楽曲で日本のオリジナル作品が出来上がった。
脚本・演出は鈴木勝秀。監修は尾崎豊の音楽プロデューサーである須藤晃。 音楽と青春を主軸としたストーリーに、タップ、ダンス、バスケットボール、そしてキャストが歌う数々の尾崎豊の名曲たち。ミュージカルやこれまでの日本の音楽劇とは異なるメリハリの効いた構成。それでいて、それぞれの要素が突飛ではなく、ストーリーに自然と溶け込んでいる。熊谷和徳(特別出演)のタップダンスや、早乙女太一、中村あゆみ、やべきょうすけ、Song Ridersらによる歌唱。それぞれに観客は自然に沸き拍手をおくる。そんな舞台だ。
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物語のあらすじ・・・・
音楽プロデューサー・ユカワ(やべきょうすけ)は、ロックバンド“MISSING BOYs(消息不明の子供たち)”のヴォーカリストであるコウヘイ(早乙女太一)を、ポップスターに育てあげたいと、かつて生まれ育った街に帰ってきた。バンドの活動拠点であるライブハウスには、かつてのユカワとバンド仲間だったオーナーのヨーコ(中村あゆみ)や、バスケやストリートパフォーマンス、ロックに青春を注ぎ込む連中。そんな空気の中に“あの男”の幻影のようなMB(=MISSING BOY)を眼にし混乱する。コウヘイは、ヨーコや周りの助言にも関わらず、バンド仲間を捨てユカワについていく決心をする。しかし、レコーディングスタジオ入りしたコウヘイを待ち受けていたのは、骨抜きにされた歌詞と演奏で歌うことだった……。
17歳のコウヘイを中心にした10〜20代の若者たちと、ユカワとヨーコら40歳前後の登場人物たち。二つの世代の青春が、幅広い観客層にそれぞれの“青春”と“今”を感じさせて、心が熱くなる。なおこの舞台では、サプライズゲストが毎公演登場する。初日の舞台では、昨年の赤坂ACTシアター「CHICAGO」で主役を演じた河村隆一(ニューアルバム「ピアノ」4月1日発売。5月20日より全国でのコンサートツアー開始)が登場。抜群の歌唱力で「I Love You」を歌いきり、観客を魅了した。今後もまさにサプライズなゲストが日替わりで登場。詳しくは公式サイトのゲストページで要チェック。
(舞台写真 撮影:阿久津知宏)
公演日・会場:2009/5/5(火・祝)まで上演中 赤坂ACTシアター(東京都)
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舞台上に巨大なプールを出現させて観客の度肝を抜いた1994年の『東海道四谷怪談』での旗揚げ公演以降、常に歌舞伎の新たな可能性を提示し続けてきたコクーン歌舞伎。Bunkamura20周年にあたる今年は、またアッと驚く新展開が企まれている。なんと四世鶴屋南北による名作『桜姫』を、6月には長塚圭史が脚本を書き下ろす現代劇バージョンとして、7月にはキャストを一新し、これまで上演してきたスタイルともまた別の新演出の歌舞伎バージョンとして上演するのだ。
4月某日に製作発表記者会見が行われ、その全貌が徐々に明らかになってきた。
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まずは現在フランスでサーカスを演出中のため会見を欠席した、両バージョンの演出を担当する串田和美からのビデオレターが紹介された。「今回の企画は10年以上前に、『桜姫』の現代的な解釈を話していたとき「現代劇にしてみようか」と勘三郎さんが言われたことがきっかけです。そして勘三郎さんの案で長塚くんに書いてもらおうということになりました。南北を読んで新たに触発された、長塚くんの世界ならではの『桜姫』になると思います。ロンドン留学中の長塚くんとも打ち合わせをしているところですが、どうやら物語の舞台はなんと南米のどこかと思われる国になりそうです。登場人物も桜姫がマリア、清玄がセルゲイ、権助はゴンザレスとなるようで、相当面白いものになると思います(笑)。2つの舞台の勝負でもありますが、僕にとっては自分と自分が勝負する企画でもあるので、楽しみと同時に緊張もしています」
そして6月の舞台では僧・清玄、7月は釣鐘権助というまったく違う魅力のある役柄を演じる中村勘三郎が「6月のほうでは大竹しのぶさんを初め、僕が大好きな人たちと一緒に芝居ができるので本当にうれしくて、夢のようです。しかも原作がどう料理されるのか、ドキドキ、ハラハラしながら稽古に臨みたいと思います」と、貫録たっぷりに挨拶。
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一方、その秋山と同じ長浦役を7月に演じるのは中村扇雀。「女優さんがお作りになった同じ役を参考にできるのは初めてで、今まで気付かなかったことが発見できそうな気がしています。今まで演じてきた長浦は一度白紙にし、考え直して作っていきたいと思います」と力強くコメントし、また7月の桜姫役の中村七之助は「桜姫という大役を務めさせていただくことになり、今から不安と緊張でいっぱいです。6月のこのメンバーは、いい意味で僕には恐怖でございます(笑)。大好きな大竹さんと同じ役をやらせていただくなんて、もうこれから毎日眠れないかもしれません。精一杯、がんばります」と初々しく語り、残月役の坂東彌十郎も「実は僕も15年前のコクーン歌舞伎は客席から観ておりましてすごく悔しい思いをしたんです。「なんで俺、あの舞台に出ていないんだ?」って。だからたぶん、この6月も「なんで俺、出ていないんだ? ちょっとだけでも出たい!」と思うんじゃないかと。そのくらいに楽しみです」と話し、新たなこの企画に刺激を受けた様子だ。
続く質疑応答では、特にヒロインを競演する大竹と七之助に質問が集中。お互いをライバル視するかとの問いには、大竹が「あまりそういうことは今まで感じずに女優をやってきましたが、今回初めて強いライバル心を七之助に感じます」と宣言すれば、七之助は「僕にはおこがましい話ですから。ライバル心なんて言ったら、あとでどんなことを言われるかわかりません! 大竹さんのことは心から尊敬しています!」と応じるなど、終始、笑顔と期待感が満ち溢れる会見となった。
(取材・文:田中里津子)
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このミュージカルはアメリカでは大変ポピュラーな「スペリング・ビー」という 全米から小・中学生が参加して行われる英語の綴りを競う大会がモチーフ。 日本でいうと漢字テスト・・・のようなこの大会、 作品では、とある地区大会を舞台に、8歳から15歳までの子どもたちの K-A-K-O-K-U で A-T-S-U-I 挑戦を、W-A-R-A-I とK-A-N-D-O たっぷりに描きます。
| ストーリー |
ここは、第25回パットナム郡のスペリング大会。 各地区大会を勝ち抜いてきた出場者たちは、性格も年齢も家庭環境も違う 子どもたち。 9年連続司会を務めるロナ(安寿ミラ)は、第3回大会の優勝者。 出題担当は、中学校の副校長ダグラス(村井国夫)。 出場者は、繰り上がり出場のリーフ(梶原善)や、前回優勝者のチップ(坂元健児)。 全国大会への出場経験もあるマーシー(風花舞)、そしてシュワージー(高田聖子)は 今大会最年少の出場者。辞書だけが友だちの孤独なオリーブ(新妻聖子)や、 昨年の雪辱を果たしたいバーフェイ(藤井隆)。 たった一つのスペル間違いで一人また一人と、去っていく子どもたち。 彼らを慰めるのは、カウンセラーのミッチ(今井清隆)。最後に残るのは、 いったい誰なのか。 そして、第25回パットナム郡のスペリング大会がもたらした奇跡とは?
| ちなみに・・・ |
スペリング・ビーの“Bee”は、ここでは「ハチ」という意味ではなく、 人々が仕事や競技のために寄り集まって何かをするという意味の “Bee”を指します。 2005年トニー賞 最優秀脚本賞・最優秀助演男優賞 受賞作品 (作品賞・演出家賞・助演女優賞・楽曲賞ノミネート) 少年少女の内面をコミカルに描いたユーモアに富んだ脚本と、 素朴な愛らしい楽曲で大絶賛を受けた名作。 心躍るキャストが揃って、待望の日本初上演です!
公演日・会場:
2009/7/17(金)〜8/2(日) 天王洲 銀河劇場(東京都)
2009/8/4(火) 愛知県勤労会館
2009/8/5(水)・6(木) サンケイホールブリーゼ(大阪府)
2009/8/8(土) 福井市文化会館ホール
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4月3日東京グローヴ座にて、森見登美彦の人気小説『夜は短し歩けよ乙女』舞台版の幕が開いた。
京都の町で春・夏・秋・冬に巻き起こった物語がそれぞれ「夜は短し歩けよ乙女」「深海魚たち」「御都合主義者かく語りき」「魔風邪恋風邪」の4つの章に分けられ展開する本編は、まさに奇想天外、摩訶不思議の世界。ストーリーのメインは意図せざるうちにあらゆる事件の主役となってしまう「黒髪の乙女」の活躍と、そんな乙女に恋い焦がれ、偶然を装いひたすらその姿を追い続けながらも結局は路傍の石ころに甘んじる「先輩」の純愛の記録なのだが…。
派手な巨大3階建てバスに乗って現れる謎の老人・李白(ベンガル)、春画収集家であり鯉の養殖をしている東堂さん(綾田俊樹)、酔っぱらい美人の羽貫さん(辺見えみり)、天狗を名乗る文学青年風の樋口さん(原口健太郎)ほかパンツ総番長、古本市の神様、学園祭事務局長などなど、ふたりをとりまく登場人物すべてが奇々怪々なキャラクターの持ち主だけに、観客はあっという間にファンタジーの世界に引き込まれてしまう。
ファンタジーとは言っても、登場人物たちはあくまで現実世界のちょっぴり上を覆っている“紙一重の非現実”的なところを漂っているのがまた心地よい。日常生活の中でふとした拍子に沸き起こる「歩きなれたあの角を曲がったら、今日は何か違うことが起きるのでは!?」という感覚。八百万の神との思いがけない接近遭遇。うっかり逢魔時に踏み込んでしまったような、ありふれた毎日と地続きに存在する魔法の時間がここにはある。
乙女役の田中美保は本作が初舞台ながら、原作から抜け出したかの如くピュアで凛々しく溌剌とした乙女像を見せてくれた。同じくこれが初舞台の先輩役の渡部豪太も、ピュアでひたむきな(巻き込まれ型の)恋する青年をナチュラルに好演。共通する透明感を称えた2人のコンビネーションは、舞台全体をよりキュートで愛おしいものへと導いていた。
伝説の老人と一晩中かけて偽電気ブランを呑み比べ(もちろん勝利。乙女は底抜けの酒豪なのだ!)、古本市では見事子供の頃手放してしまった大好きな絵本と再会する。初体験の学園祭では緋鯉の巨大ぬいぐるみを背にゲリラ演劇のプリンセスダルマを演じ切り、秘薬を抱えて世にも恐ろしい風邪の神様と対峙する。それが黒髪の乙女。可愛らしさと力強さ、そして運の強さを兼ね備えた“ザ・ヒロイン”ながら、あり得ないほどの天然さと素直さを兼ね備えている不思議少女でもあるだけに、 一歩間違えば鬱陶しいだけの“勘違い女子”となってしまいそうな彼女の特異キャラをしっかりと3次元に定着させたのは、演出の東憲司(劇団座敷童子)。独特なテンションを持つ物語世界に素直に飛び込んで行った若手俳優と、彼らをしっかりと受け止めながらオリジナルの味つけを楽しんだベテラン勢とのバランスも絶妙に、森見氏本来の個性的な文体を見事に舞台へ再現し、原作ファンも納得の舞台を創り上げた。
舞台上で転換していく“いかにも書割り”といった手書き風のセットも味わいがあり、京都の町で大学の構内でと騒動に乗って縦横無尽に舞台を駆け回るアンサンブルのテンションもゴキゲン。劇場を後にする頃には、生きる強さ、生きる楽しさ、身の回りに潜んでいる素敵な魔法の存在を再確認しているはず。乙女や先輩たちと一緒に思わずマーチの行進でも踏みたくなる、楽しさあふれたステージだ。もちろん黒髪の乙女と先輩の恋の行方も、是非その目でご確認を。
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>>動画メッセージはこちら!!
スペリング・ビー:全米から小・中学生が参加して行われる単語の綴りを競う大会のこと。アメリカでは全国大会がTVで中継されるほどの人気がある大会。
オフ・ブロードウェイで人気を博し、ブロードウェイに彗星のごとくあらわれたミュージカル。ユーモアに富んだ脚本と、素朴な愛らしい楽曲で大絶賛を受けた名作。
この作品の注目点は、大人が子どもを演じるということ。個性豊かな子どもたちを演じるのは、10年ぶりのミュージカル主演となる藤井隆を始め、新妻聖子、梶原善、高田聖子、坂元健児、風花舞が集結。子どもを見守る大人たちには、安寿ミラ、今井清隆、村井国夫など演技・歌唱力にも定評のある俳優陣が揃う。
登場人物のキャラクターを細かく創作した脚本は、見事2005年にトニー賞脚本賞を受賞。競技会で優勝することで親を喜ばせたい子どもや、世の中での自分の存在を証明するために出場する子どもの複雑な心情まで表現。その脚本に、ウィリアム・フィンの心優しい音楽が見事にマッチ。この作品をいっそう愛情あふれるものにしている。| ストーリー |
ここは、第25回パットナム郡のスペリング大会。各地区大会を勝ち抜いてきた出場者たちは、性格も年齢も家庭環境も違う子どもたち。
9年連続司会を務めるロナは、第3回大会の優勝者。出題担当は、中学校の副校長ダグラス。出場者は、繰り上がり出場のリーフ。前回優勝者のチップ。
全国大会への出場経験もある秀才マーシー。そしてシュワージーは、家庭環境が複雑な今大会最年少の出場者。
辞書だけが友だちの孤独なオリーブや、昨年の雪辱を果たしたい、「魔法の足」が武器のバーフェイ。
たった一つのスペル間違いで、一人また一人と去っていく子どもたち。彼らを慰めるのは、カウンセラーのミッチ。
最後に残るのは、いったい誰なのか。そして、第25回パットナム郡のスペリング大会がもたらした奇跡とは?>>チケットの詳細・申込み
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──今回の作品は「円形舞台ありき」で発想されたそうですが、なぜ今のタイミングで円形舞台に挑戦しようと思われたんですか?
上田 これはもう「抜かってた」としかいいようがないです(笑)。というのもここ2〜3年は、公演場所が小劇場から中劇場になって、中劇場ならではのやり方を楽しんでいた時期だったんですね。サイズがちょっと大きくなって、それをどう使おうかと。
──特に何か円形の舞台を観て触発された、とかではなく?
上田 もともと僕は「お芝居の空間性」に、すごく興味がありまして。普通の舞台が平面だとしたら、円形は四方囲みの客席で、立体感を意識する空間になるわけじゃないですか? それはむちゃくちゃ興味があったし、円形舞台の芝居の映像を観て「なるほどなあ」とか思ってたんですよ。で、今回やっとそのタイミングが来たという感じです。
──「自分たちで円形をやるからには」みたいな希望や狙いは、何かありますか?
──全方向から観察される感じにすると。でも確かに普通だと、円形舞台の場合「どこに向けて芝居をしたらいいか?」で、まず悩むというのをよく聞きますよね。
上田 たとえばプロレスって、闘ってる人は試合中「全部の客席に向けて見せよう」なんて考えてないと思うんですよ。というかプロレスというスポーツ自体が、そもそもどの席に座っていても、ある程度は楽しめる構造になっているわけで。それと同じように、どの角度から見ても面白く観られるような構造を最初から僕が作っておけば、どんな芝居をしてもちゃんと成立するんじゃないかなと思っています。
──というわけで、ここに舞台美術の模型の写真があるわけですが……美術を見るだけでも面白そうですよねえ(笑)。でもこの舞台って、高低差が結構ありそうですよね。
上田 そうなんですよ。まあヨーロッパ企画って、役者が10人いるんでね。やはり円形舞台の場合、少人数の芝居にした方が、役者同士が重なり合わなくて都合がいいのは当たり前の話。で、人数が多いからどうしようかと考えた時に、こういう美術に。
──以前『あんなに優しかったゴーレム』(08年)の取材で「“高い所に上ると面白い”ということをちゃんとやっていきたい」と発言していましたけど、この美術を見る限り、今回も引き続きその辺りを追求することになるんでしょうか?
上田 それはなるべくなら、今後もずっと。“高さ”は「お芝居の空間性」を考える上で、今後僕らの長年のテーマになっていくかもしれないです。やっぱり人間の肉体には、高さが変わると気持ちも変わるという作用があると思うんですよ。たとえば歩道橋を歩いてる時って、何かテンション上がるじゃないですか? 高さによって人間の気分は絶対に変わってくるし、それによってドラマも変化してくるはず。そこは何か、目を付けない手はないと思います。
──たとえば『ゴーレム』は、地上と地下に舞台が分かれてましたが、上の層と下の層とで、実際に役者の芝居が変わったりとかはあったんですか?
上田 やっぱり地上にいると「ゴーレムなんかいるわけないだろ」という気分になって、地下に入ったら、何か信じるような変な空気になっていくというのはありましたね。で、それまで信じてなかった人が、地面にズボッとはまってからゴーレムの存在を信じるようになるとか。もう完全にあれは、人間の気持ちと高さをリンクさせた作品でした。
──あの舞台の構造に、そんな心理的なメタファーがあったとは!
上田 実はそうだったんですよ(笑)。お客さんも、後ろの高い席から見下ろすように観るのと、前の方で見上げるように観るのとで、全然舞台の印象が違ってたはず。だから“高さ”の心理的な影響って、観る側にも演じる側にも絶対あると思うんです。演劇の世界でもその辺のことが、どんどん意識されるようになれば面白いんじゃないかなあ。
──舞台美術の話に戻りますが……なんかちゃぶ台らしき物がありますね。
上田 あ、ちゃぶ台はどうなるかわからないですね。今は試しに置いてるだけ。今、この場所の役割を探している所なんですよ。たとえばちゃぶ台があれば、そこがコミュニティスペースになりますし。何かそういう、充てになる物を探している段階。
──この空間をどういうシチュエーションにするかは、まだ模索中だと。
──現時点ではどのようなストーリーを考えていますか?
上田 詳細はまだ秘密ですが、多分「ムーブメントに取り残された人たち」の話になると思います。何か僕ら自身の現状とか、現在の世相に反映されそうな題材ですけども、でも一番描きたいのはそこじゃないんですよね。むしろいつの時代も変わらない、人間の特性みたいな部分を見せていきたい。人間ってなんだかんだでムーブメントが起こらないと寂しがるし、結構それに流されたがるものだよなあ、とか。
──演劇の世界だと「人間」を描く場合、個人の細やかな心理や小さなコミュニティ内での関係性などを見せるような話になることが多いですけど、ヨーロッパの芝居はそれらとは全然違う視点ですよね。
上田 動物としての人間を描く、って感じですかね? 猫がイカを食べたら腰を抜かすみたいな感じで(笑)、人が集まったら必ず1人イジられる人が出てくるとか……いわば「習性」みたいな部分。そういうのって、すごく観察の対象として面白い。
──そういう習性の中から「ここ笑えるなあ」というのをピックアップすると?
上田 そうですそうです! さっきも言ったように、ちょうど動物園の檻や水族館の水槽から、中にいる動物や魚の生態を眺めるようなイメージ。あるシステムにの中にいる人たちを、引いた視線で観るという世界です。
──ただ舞台の構造がこれぐらい複雑だと、逆に物語はシンプルにしようとか……。
上田 いや、話の方も結構複雑になると思いますね。この舞台の形に合った話をって考えると、どうしてもオーソドックスなものにはならないだろうなあと。なので物語の語り口も、今までの僕らの芝居とは、ちょっと変わってくるんじゃないでしょうか。
──まさに前例がないような舞台になるだろうと。
──最近のヨーロッパ企画は、役者の永野宗典君が『ケセラセラ日和』で作・演出デビューをしたり、『町内会ディスコ』っていうTV番組で編集まで手がけたりと、相変わらず動きが活発ですが。
上田 1劇団に作家が1人だけというよりも、お互いの手の内をわかっている人が何人かいて、いろんな角度から物語を作れる方がきっと面白いことになるはず。だから永野さんが作家を兼任するのは、いいことだと思います。TV番組に関しては、やっぱり映像を使って面白い物を作るってことをちゃんとやりたい。「それは劇団としてどうなのか?」と考えたりもしますけど(笑)、絶対それはやれた方がいいと思うんで。
──かようにメディアへの露出も増えてきているわけですけど「京都を拠点にし続けたい」とは、だいぶ前から明言していますよね。
上田 今や別に、東京に行かないと何かできないって時代じゃないと思うんですよ。だったら生活費とかが安くて、居心地のいい所で活動すればいいんじゃないか、という判断ですね。ただ京都って集客面が厳しかったりとか、まだまだ東京に比べると遅れてる部分は多い。その辺りが進化していく状況が、今後できていけばいいなと思います。
──実際ヨーロッパ以外にも、東京以外を拠点にしても全国的に話題になってる劇団は、ちゃんと存在していますし。
上田 今はたまたまTV局や劇場などが東京に集まってるので、表現をする人は何となく東京に行くことになってますけど、本来は……というか、多分もう少し成熟してきたら、各地にいろんな表現者がいて、それがフラットになっていくという形ができてくるんじゃないかと思うんです。実際に外国だと、地方の劇場に劇団が1つ付いている、というスタイルが定着してますよね? かなり遠い将来だと思いますけど、日本もそのようになっていくことを見越して、京都に居続けた方がいいかなという狙いもあります。
──創作の面で、京都にいることで独自性が生まれたみたいなことってありますか?
──じゃあ上田さんが演劇の物語性よりも空間性にこだわるのは、実は京都が拠点だったからそうなった、と言えるわけでしょうか?
上田 それはあるでしょうね。この場所だからこそこういうドラマが生まれるとかっていうことには、すごく関心があるんで。だからもし大阪を拠点にしていたら、もっと笑いを取ることに貪欲になっていただろうし。東京だったら、もっと新しい構造とかトリッキーな手法を生み出すことに気が向いていたんじゃないかなと思います。
──そういう意味では、未知の空間作りに挑戦する次回作は「京都を拠点とするヨーロッパ企画」ならではの特性が、まさに全面に出てくる感じになりそうですね。
上田 そうですね。久々に僕らがやりたいことを、グンと追求した作品になるんじゃないかと。今回は京都以外に5都市を回るわけですが、まさに「京都で生まれたモノ」を輸出して、各地の人に味わってもらう(笑)、そんな感じになるだろうなと思います。
(取材・文:吉永美和子)
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近年、W・シェイクスピアの作品であることが認められた幻の名作『二人の貴公子』。親友だった二人の騎士がある国の王女に恋をしたことで敵対していくという、愛と友情の悲喜劇だ。この作品を、若手注目株の劇作家・劇団モダンスイマーズの蓬莱竜太が大胆にアレンジして脚本を手がけ、そして人間ドラマを繊細に描くことで知られる栗山民也が演出することになった。出演は、二人の騎士を歌舞伎役者の片岡愛之助、中村獅童が演じるのを筆頭に、勇猛な王女役に黒木メイサ、騎士を愛する牢番の娘役に南沢奈央という個性的な面々が顔を揃える。果たしてどんな舞台になりそうか、キャスト4人に話を聞いた。
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――今回の舞台の話を聞いて、最も魅力を感じた点はどこですか?
片岡 今回は蓬莱さんが原作を大幅に書き直してくださるということなので、シェイクスピアの匂いを残しつつもだいぶ雰囲気の違う作品に仕上がると思うんですよ。できあがった部分を少し読ませていただいたら、登場人物がみんな、それぞれ向く心のベクトルが違っていたりして、非常に面白かった。それから、今回は殺陣師の素晴らしい方が付いてくださるそうなので、こちらのほうも期待しています。キャストの方々がとても若くて…って、僕たちも一応、若いですけど(笑)。中村 そうですよ、まだまだ若手です(笑)。
片岡 ガンガン、体当たりでがんばっていきたいですね。
中村 僕と愛之助さんとは、ふだんは歌舞伎の舞台で一緒に活動させていただいているわけなんですが、こういう舞台でまたいろいろな役者さんと一緒に共演できるのは本当にうれしい。ひとつのゴールに向かってみんなで突っ走っていくってことが、僕はすごく好きなんです。みんなで心をひとつにして、いい作品を作りたいですね。
黒木 愛之助さんが演じられる野望に満ち溢れた男性と、獅童さんが演じられる愛にまっすぐな男性。私は、越えるべき壁は父親だと思っているような強い王女で、奈央は獅童さん演じる男に惹かれてしまうという純粋な女の子。そういう、それぞれにすごく対照的な人たちが、面白く交わっていくところが今回の見どころになるんじゃないかと思います。南沢 蓬莱さんが、今回はシェイクスピア作品なんですけどヨーロッパっぽくはしないでアジアっぽくするっておっしゃっていたんですね。そこが自分でもすごく楽しみですし、原作とはまた世界観が変わって、とても面白くなりそうだなと思いました。
――お客様にぜひ、お誘いのメッセージをいただきたいのですが。
中村 やはり、演劇はまずお客様に劇場へおみ足を運んでいただくってことが醍醐味だと思うんです。ひとつの空間で、役者とお客様が同じ空気を吸って、同じ夢を見る。一緒に笑ったり泣いたり、そういう人間的なことがなんとなく薄れてきている現代だからこそ感じられる演劇の強烈な魅力みたいなものを、この作品を通してお客様に伝えたい。なので、ぜひ大勢の方に劇場に来ていただいて、ナマ愛ちゃんを観ていただければ。今回、脱ぎますから!(笑)片岡 いやいや、脱がないですよ(笑)。
中村 じゃ、カーテンコールで歌いますから!
片岡 だから、歌わないって(笑)。
――今、一番楽しみにしていることは、どんなことでしょうか。
黒木 私は特に、殺陣がすごく楽しみなんです。男性の方を相手にやらなければいけないので、私のミスでヘタしたら相手にケガをさせてしまう可能性もあるにはあるんですけど。片岡 みんな鍛えてる人ばかりだから、大丈夫ですよ。そういえば僕が観た『あずみ』でも、黒木さんはものすごく斬りまくってたね。
黒木 そうなんですよ。でもあれは、周りの方に助けられっぱなしでやっていたので。ちょっと本当に、気合い入れて鍛えてきます。体力をまずはつけないと。今回は、ばっちりキメていきます!
南沢 私は初舞台なので、たぶん余裕が全然ないとは思うんですけど。舞台って、お客さんが目の前で見てくれていてその反応が直接伝わってくるというのが良さだと思うんです。そういうお客さんの反応をきちんと感じながら、演じられるくらいに早くなりたいです。
片岡 僕は、本番ももちろん楽しみなんですけど、お稽古でみんなとディスカッションしながら作り上げていく段階が一番楽しいだろうなと思うんです。お客様にも、舞台に一緒に参加するような気分で観てほしい。面白かったらウワー!って拍手してくださってもいいし、まあ、歌舞伎じゃないんで「松嶋屋!」ってかけ声はかけなくてもいいですが(笑)。そして本当に面白かったらまだ観ていない方を「ちょっと面白いのがあるよ」と誘って、何回も観に来ていただけるようなね。そういう作品づくりをしていきたいと思っています。>>チケットの詳細・申込み
『その男』記者会見に続きまして、主演の上
川隆也に単独でお話をうかがうことができました! 最近はドラマ『花ざかりの君たちへ』でゲイの保健室校医を演じるなど、一風変わった役どころへの挑戦が目立つ上川。しかし周囲の人たちと誠実に向き合い、師の教えを律儀に守り抜く杉虎之助は、「まっすぐ」という言葉がことさら似合う上川に、実にしっくりと来る役柄だろう。『その男』の抱負に加えて、実は今回の取材中で一番熱心に語っていた(?)『ウーマン・イン・ブラック』英国公演の話も、オマケとしてちょっぴり掲載させていただきます。>>動画メッセージはこちら!
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──『その男』の原作を読んだ感想はいかがでしたか?
上川 舞台化の話をいただいてから読んだのですが、バカ正直なことを言うと「これを舞台化するのはかなり難しい」でした。まずは物語が相当長くて、ストーリーの取捨選択に難渋するだろう、と。しかも……たとえば『燃えよ剣』の主人公の土方歳三は、リーダーとして新撰組を率いているという、図式として大変分かりやすい人物ですよね? だけど虎之助は、時代は動いているのに、その中に大きく踏み込んでは行かない主人公。描き方として、わかりやすく作るのは難しくなるだろうとは思いました。
──確かに原作を読んでいても、虎之助の本性はちょっとわかりにくい感じがしましたね。でもそこは、上川さんなりにどんな人物だと考えていらっしゃいますか?
上川 (やや長い時間考えて)……わかりにくい人間だとは、実は思ってないんですよ。義理にも熱いし、友情も人一倍感じてる男ですし。実の親子愛には恵まれませんでしたが、その分固い師弟愛を手に入れることができ、愛する女にもめぐり会えた。だから虎之助は、時代というものではなくて、自分を取り巻く人たちと向き合って生きてきた人物だと思うんですよ。だからこそ師の教えを全うすることを選んだわけだし、一方で凶刃に倒れた妻の敵もしっかりと取る。自分と関わった人々と、ちゃんと向き合って生きた男なんだなと思います。──特に「ここがカッコイイ人だな」と思うところはありますか?
上川 もし彼が自分の欲求のままに生きていたら、多分幕末の志士か、それに付随する立場の人間になっていたと思うんですね。それをあえて曲げて生きたところが、他の人とは違う部分。先ほどの話と重複してしまいますが、自分が関わった人たちとの関係性に、より重きをおいて生きてきたのがカッコイイんじゃないでしょうか。と言っても、何かを成し遂げたわけではなく、ただ天寿を全うするまで生きてみせただけなんですけど。でもその「天寿を全うすること」こそ難しいことだし、人間の幸せの選択肢の1つが、そこに間違いなくあるという気がします。
──今回の演出プランなどについては、現時点でどこまでうかがってますか?
上川 ラサールさんからうかがっているのは、20歳前後から90歳過ぎまでの虎之助を描こうとされていること。原作では途中で虎之助の回想の言葉が入ったりしますが、舞台では語りとして参加することはなく、最初から最後まで物語の登場人物の1人として描かれるだけになっています。
──物語の尺が長いので取捨選択があるだろうという話をしていましたが、逆にこの部分は絶対に生かされるだろうというところはありますか?
上川 やはり圧縮されるとしたら、後半の西南戦争の部分でしょうね。あの部分はもう、虎之助の物語ではなくなっていますから。でもそれ以前の……たとえば礼子の敵討ちですとか、(中村)半次郎とお秀との三角関係みたいなものだとかは、むしろしっかりと描くべき部分じゃないかなと思います。
──虎之助と関わった人々との関係をキチンと見せる、という話になると?
上川 そうしてこその、この物語の舞台化かなと思っています。でもこう言っておきながら、取捨選択するのは僕ではなく、(脚本家に)全権委任してるんですけどね(笑)。
──記者会見では「食べるシーンが欲しい」とリクエストしていましたが(笑)
上川 やっぱり池波先生の作品の、1つの大事な要素ですからね。特に贅沢なものを用いているわけではないのに、旨そうに書いてあるのがあまりにも何かこう、そそられるんですよ。「食ってみたい」と思わされるじゃないですか? 実際、食べ物の描写がお好きなファンも多いでしょうし。まあ、反映されるかどうかは微妙なところですけど(笑)。──原作の中で、特に食べたいメニューはありますか?
上川 あの、廓で朝になると出してくれるという、大根に梅か何かをまぶして、おかかをかけて、しょう油をグルッと回してって料理(註:原作での料理名は〔浦里〕)。あれだけでもいいですから、ちょっと出してほしいです(笑)。
──時代劇と現代劇で、何か演じ方が違うところなどはありますか?
上川 言い回しなどももちろんありますが、それより何より、目にする物、手にする物、身にまとう物が、何から何まで現代とは違うわけですよね? その道具にはその道具なりの扱いようがあり、その着物なりの所作がある。そうなると「時代劇だからここを気を付けよう」と考えなくても、それを踏まえて動けばそうなるんですね。状況がそれを要求する、というようなことなんですかね。
──同じ時代劇でも、たとえば今回の作品と、この前出演されていた『表裏源内蛙合戦』とでは、やはり何か違いが現れるものですか?
上川 たとえば僕があの芝居で演じた平賀源内は、虎之助と同じ侍の身分であっても、剣というものに重きを置いていない……むしろ二本差しをやめることを選んでいる。そうして選んだからこその扮装になっていった、と思うんですよね。
──逆に虎之助は、剣に関してかなり神経を使ってますもんね
上川 はい。だから剣に対しての思いが変わってくれば、おのずと立ち振る舞いも剣の扱いも変わるでしょうしってことなんですよ、一事が万事と言うことでしょうか。
──今はキャラメルボックスに限らずいろんな舞台に出演されていますが、これまでに「ターニングポイントになったな」って思える作品は、何かありますか?
上川 己の主義主張を大きく変化させたり、軌道修正させたって意味での作品は、実はないかもしれません。でも集団でしか芝居を作ったことがない僕に、そうでなくても豊かに芝居を作り上げることができるんだと思わせてくれたのは『ウーマン・イン・ブラック』ですね。あれは最初二人芝居ということで、実は一度お断りまでしていたんですが、今となっては「やらせていただいて良かった」と、強く思える作品です。
──そういえば『ウーマン……』は、昨年本家本元のイギリスで上演をされていますが、実際に向こうで演じてみていかがでしたか?
上川 実に希有な体験をさせていただきました。『ウーマン……』のオリジナルの舞台が生まれた劇場で、しかもそこで演じる初めての外国人として、さらに自分たちの国の言葉……日本語でお芝居をさせていただいて。それがまた、初めてなのにものすごく見知った小屋でお芝居をしている錯覚に陥るほど、不思議とアウェー感がゼロだったんですよ。向こうのお客様も、滑稽なシーンでは笑って、最終的にはスタンディングオベーションまでしてくださって、イギリスなのにホームのような感じを受けました。他の海外公演の経験がないので比較のしようはないんですが、こういう海外公演って、なかなか経験できないんじゃないでしょうか(笑)。『ウーマン……』で初めて海外公演を経験できたことは、とても貴重な時間として、僕の中に残っていくんだろうと思います。──舞台に限らず、今後挑戦してみたいことなどはありますか?
上川 それに関してはあまり持ち合わせがないんですよ、僕自身。むしろ「こういうことやってみない?」って持ちかけられる方が、僕としてはモチベーションが上がります。だからやっぱり、発信者じゃないんですよ僕は。表現者……演者ですね。
──それでは作・演出とかも将来的には考えてない?
上川 多分、その才はないと思います(笑)。
──では最後に、今回の舞台の意気込みを聞かせていただけますでしょうか
上川 この公演は「ぜひ今の新歌舞伎座があるうちに出ていただきたい」というオファーから始まった公演で、その時は演目すら決まってなかったんですけれど、僕も「ぜひ」と思ったのが全てのスタートラインでした。それが今回実現したことをまず喜びたいですし、最後の最後ではないにせよ、もう二度とお目にかかれないミナミの新歌舞伎座の舞台に乗れることを、とても光栄に思っています。しかも劇場に縁の深い、池波先生の作品で舞台に臨むことができるのが、とても嬉しいですね。その作品だからこそ、とにかく楽しんでいただける舞台を作りたいというのが、僕の唯一にして最大の望みだし、意気込みだと思います……日頃はあんまり意気込まないんですけど、これって『意気込み』になりますか?(笑)。>>動画メッセージはこちら!
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Bunkamura 20周年記念特別企画のひとつとして、台湾のコンテンポラリーダンスカンパニー「クラウド・ゲイト・ダンスシアター(雲門舞集)」の来日公演が、3月にオーチャードホールで上演される。カンパニーの芸術監督・振付を務めるリン・フアイミンは、あのピナ・バウシュやシルヴィ・ギエムをもって「愛してやまない」と言わしめる、舞踊界の旗手。今回、数ある作品の中でも秀逸と絶賛されている『WHITE ホワイト』の上演を控えた、リン・フアイミン芸術監督に話を聞くことができた。>>チケットの詳細・申込み
―73年にカンパニーを創設して以来、あなたは実に様々な作品を手がけてきました。処女作『The Tale of the White Serpent』(74)ではグラハムメソッドを用いて中国の伝統民話を舞踊化し、その4年後の『Legacy』(78)では台湾の歴史を題材に政治的な作品を生み出します。そして90年代に入ってからは、よりミニマルで抽象的なダンスを創作しつづける。なぜこのような創作的変遷を辿ったのか簡単に教えてください。
リン まず言えることは、すべての時期のすべての作品は私の人生の日記のようなものだということです。なので創作的変遷の話をすることは、おのずと私とは何者かという話につながっていきます。特に台湾人である私は、まず西洋の模倣ではないダンスを作る決意からすべてを始めました。そこで70年代のアメリカでグラハムメソッドを学び台湾に帰国した私は、クラウドゲイト、という中国最古の儀式舞踊から名前をとり、カンパニーを創設することにしたのです。また『Legacy』では台湾史上初めて、国の歴史を題材にとる舞台芸術作品を作りました。オランダ植民地時代から、日本統治時代、蒋介石により厳戒令が敷かれていた時代と、いつでも台湾人には戦うべき「壁」がそこにあった。それを作品化することは、私にはとても意義深いことに思えたのです。―けれどその壁が90年代半ばに崩れてしまう。
リン そうです。それまで押したり、蹴飛ばしたり、体当たりしたりし続けていた壁が突然なくなってしまった。そして気づいたら、目の前には青い空と白い雲が広がっていた。すると途端に、自分は、どうすべきかまったく分からなくなってしまった。それまでのように壁からの反動で自己存在を認識することができなくなってしまったのです。そして私は変わりにひとつの問いを突きつけられることになった。その問いとは「自分の想像力をどこまでのばせるか見せてごらんなさい」ということ。これは、なにも拠り所がないという意味でとても怖い問いです。けれど私はこの問いにぶつかって初めて、自分が本質的に向き合うことができるのは「この身ひとつだけだ」ということを認識した。そして深く自分の内面と向きあい、台湾の政治とも歴史とも関係のない「自由な身体」を生み出していった。なので私はいまだに、自分のカンパニーのダンサーたちが舞台上に立つ姿を見て感動することがあるんです。彼らは伝統的役柄も政治的意味も背負うことなく、ただ自分自身としてそこにいる。「なんて自由なんだ」と。その事実に心から感動するのです。―今回、日本で上演される『WHITE ホワイト』について教えてください。
リン 私は98年に本作の第一部を40歳以上のダンサーのために創作し、3年前により若いダンサーのために第二部と三部を創りました。なのでこの作品で提示される「白」をひとことで言い表すことはできません。あえて例をあげるなら、この作品の後ろには竜安寺の穏やかな石庭があります、とても純粋な白さを保つ台湾磁器の影響があります、中国の一望千里の景色のなかにふと佇む空白の間が見られます。またより肉体的なことを語るなら、白さのまえでは、何もごまかしがききません。絶対的な適確さが要求されます。つまり光のまえでは、身体のすべてが衆人環視に晒されることになるのです。そんな空間に身を置きながらも、白黒の明るさと暗さ、そしてエネルギーとただ奔放に戯れる、ダンサーたちの自由な姿をぜひご見にいらしてください。クラウド・ゲイト・ダンスシアター 『WHITE ホワイト』
2009年3月4日(水)〜6日(金) Bunkamura オーチャードホール
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2007年の第1弾『SHOW店街組曲』、2008年の第2弾『SHOW店街組曲2』と息のあったコンビネーションで魅せる中山秀征&真琴つばさ。前回公演から1年を待たずして、早くも“あの二人が帰ってくる”。
『SHOW店街組曲』シリーズは、てんこ盛りの歌とダンス、ポップなストーリーで楽しめるミュージカルショウ。第1弾(パート1)では、ポップス界の最強の作曲家「筒美京平」、第2弾(パート2)では昭和の大作詞家「阿久悠」と、2人の巨匠のヒットナンバーがたっぷりと盛り込まれ、観客を喜ばせた。噂では、観劇の帰りにカラオケで2人の名曲たちを歌う人が続出したとか、しないとか!?
そして、2009年2月。今回は第2弾の舞台をベースに、筒美京平と阿久悠の二人のナンバーを一挙にバージョンアップして楽しませてくれるという、まさにBEST版が登場する。
出演の中山秀征、真琴つばさの二人に話を聞いた。>>前回公演「SHOW店街組曲2」のダイジェスト映像はこちら!
>>インタビュー映像はこちら!
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──今回なぜ新ストーリーでのパート3でなく、パート2をバージョンアップした「THE BEST」になったのですか?
中山:パート2は、観て頂いたお客様も、演じた僕たちの感覚も非常に良かったんです。ここまで作ったので、これをベースに、今まで以上のものに仕上げてみたいなと思ったのがきっかけです。真琴:自由人な私たちにとっては、ここで1回「BEST」として、「SHOW店街」をひとつの完成版にしてみよう。掘り下げて、じっくり取り組んでみたいなってね・・・。
中山:それはありますよね。3年前のとき、僕と真琴さんと一緒にできることって何だろうっていう、ざっくばらんなミーティングから歩みはじめた「SHOW店街組曲」シリーズ。これまで培ってきたものの集大成をお見せしたいですね。そこで今回は、筒美京平さん、阿久悠さんのお二人の曲を入れさせてもらいます。名曲中の名曲ですからね。お芝居に関しても前回をより上回るような内容になればいいなあと思っています。
真琴:じっくり練りこんで・・・。口紅も練り込めば練りこむほど、華やいでくる。
中山:漬物も漬け込めば、漬け込むほど・・・。
真琴:ちょっとしょっぱくなりますけど(笑)。味が染み込んでますよ!
──2回の舞台を通じて、お互いの印象は?
中山:まず、真琴さんの姿勢に驚いたんですよ。とにかく稽古場に来る時間が早い! 例えば12時集合だったら、真琴さんは11時に来てウォーミングアップを終えて、集合時間からは始められるというふうにしてるのは素晴らしい・・・。
真琴:あったりまえでしょう(笑)
中山:とにかく見習わなきゃと・・・。
真琴:それは、Me Tooよ。ヒデさんは夜遅く11時、12時まで、翌朝「ラジかるッ」の生放送があろうが無かろうが自主練習。あれにはビックリ。タップダンスなんて、脚がしびれても練習続けてるんですよ。中山:納得いくまでやらないと気が済まないタイプですね。稽古が終わってから、1人で覚えたことを整理してます。 稽古場といえば、普段真琴さんはイヤホンで聞きながら、台詞や歌などを覚えていらっしゃる。稽古場ならいいですど、外の廊下で大きな声で歌いながら歩いているので、真琴さんの声だけが外からドーンと聞こえてくる・・・。
真琴:宝塚時代からずっとです。「申し上げまーす」って言いながら走ったりすると、上級生から「熱心なのはわかるけど、ちょっとうるさいかな?」って言われてた(笑)
中山:途中で休憩しないんですよ、真琴さんは・・・。
──筒美京平さんの中で好きな歌は?
中山:最初(パート1)では筒美さんの曲を40以上やったんですよね。
真琴:やりましたねー。筒美さんの曲だったら1幕の最後に歌った「東京ララバイ」が好き。
中山:僕は「スニーカーぶる〜す」。僕の青春時代でまさに“たのきん時代”。レコード買って覚えたっていう時代の歌なので、「スニーカーぶる〜す」は中学生時代の気持ちに帰れる。
真琴:マッチより多くうたってるんでしょ?
中山:そう(笑)。学生時代から歌ってて、今もカラオケで歌ってるじゃないですか。だから、たぶん回数ではマッチを超えてますね
真琴:(笑)
──阿久悠さんの作品で好きな歌は?
中山:パート2では、沢田研二さんに名曲が多い。
真琴:そう!やっぱ、ジュリーだもん。「時の過ぎ行くままに」とか「ダーリン」とか。好きなんですよ、カバー曲まで出してますから。
中山:「勝手にしやがれ」も歌わせてもらいましたし、「ダーリン」も歌わせてもらいました。 今回は、新しい歌も入れていただいて、そしてタップも復活させようかと思っています。沢田さんの曲で(タップを)踏んでみようかと。この辺は是非期待していただきたい!
真琴:いいですね!
──今回の舞台「SHOW店街組曲 THE BEST」の見どころをお聞かせください。
中山:パート1、パート2とやってきて、3回目ですからトーンダウンしないでテンションを(さらに)上げていくっていう所が一つありますよね。積み重ねてきて、発見した事がいっぱいありますからね。やり切れてない事もいっぱい。
真琴:あります、あります。
中山:公演回数が5回や6回だったりするんで、「これから」って時に、いつも(公演期間が)終わっていたので、今回は「それ以降」をやりたいですね。
真琴:やりたいですね。熟して熟して・・・
中山:漬け込んで、漬け込んで・・・
真琴:味のある作品になるのかな〜と。
中山:やっと「自分たちの作品」になったらなって思いますね。
真琴:うん。そして楽曲の素晴らしさとともに・・・。
中山:アレンジなんかも変わっていると思います。いろんな世代の人に、いろんな思い出を感じてもらえる舞台になるのかなと思います。
真琴:ミュージカル慣れしてない方にはとても向いてる作品だと思います。
中山:敷居が高くなくて、観客の皆さんにとても“近い”。自然に笑って、泣ける。
真琴:ある意味、“日本のミュージカル”の一つの形と言えると思います。これ、(東京芸術劇場の)「ミュージカル月間」の参加作品なんです。他のいろんな作品が、この期間中に上演されるわけですけれども、気分をミュージカルにして、とくに「SHOW店街組曲」で思う存分“日本のミュージカル”を楽しんでください。
中山:古き?良き昭和をたっぷり味わってもらえます。現代風にアレンジしている所もたくさんありますので、是非感じていただきたいなと思います。

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ナイロン100℃主宰で、日本を代表するコメディ作家・演出家の1人でもあるケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)。元東京乾電池の看板女優で、退団後も数々の舞台で不可思議な魅力を発揮する広岡由里子。この2人による演劇ユニット「オリガト・プラスティコ」が、3年ぶりに新作を発表する。今回上演する『しとやかな獣』は、夭逝の天才監督・川島雄三が62年に発表した映画が原作(脚本は新藤兼人)。豊かな生活を維持するために悪事を重ねる4人家族を中心に、アンチモラルな人々の激辛な人間模様が描かれるブラックコメディだ。オリガトの中心人物であるKERA&広岡に、意外と世間では知られていないオリガトの結成秘話や、本作の見どころなどをいろいろ聞いてきました。
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──まずオリガト・プラスティコが結成された経緯から教えていただけますか?
KERA (オリガトのプロデューサーの)大矢(亜由美)さんから「広岡と一緒に芝居をしませんか?」と持ちかけられたんですよ。その時に「いっそのことユニットにしたらどうか」という話になって。だから最初は広岡抜きでというか(笑)、多分広岡も大矢さんと話し合って、みたいな感じだったと思う。
広岡 そうですね、本当に「KERAさんと芝居作りたいですよね」「じゃあ聞いてみましょうか」みたいなノリでした(笑)。私自身は、KERAさんの芝居は(劇団)健康時代から毎回観ているぐらい好きで、一度ご一緒したいなあとは昔から思っていたんです。でも私がナイロンの舞台に客演で入るというのは、ちょっと違う気がして。だったらじゃあ、KERAさんをこっちの方に呼び込んでしまおうと。
KERA 確かに当時の広岡は、乾電池とかJIS企画(註:竹内銃一郎と佐野史郎による演劇ユニット)の舞台に出ていたりして、僕とは畑が違う人という感じがありましたね。
──じゃあ巷のユニットでよくあるような「気が合うので一緒に芝居を作ることにしました」みたいな感じではなく……。
KERA うん、その頃は直接話をしたことすらなかった。というのも柄本(明)さんがね、広岡のことを「日本で一番すごい女優だ。あいつにはかなわない」って言ってたんですよ。あの柄本さんにそう言わせるなんて、何か怖いじゃないですか?(笑)だからあえて、こっちから仲良くなろうとは考えなかったんです。
広岡 本人は、こんなにゆるい人間なんですけどねえ(笑)。
KERA でも「すごく積極的にプランを立てて動くような人じゃないな」という印象もあったんで、そういう人とユニットを組むのも面白いかもなあと思ったんですよ。
広岡 そうですね。年に1回とかだったら、あわただし過ぎてここまで続いてなかったかもしれない。2・3年に1回ぐらいの単位でちょうど良かったです。
──マイペースを守れたからここまで続いた、ということですか?
KERA うん。窮屈じゃないし、ダラダラとした感じがいい。でも守るっていうよりは「取りあえず終わりじゃない」という気配があるだけ(笑)。
──でも旗揚げ公演の頃は、お互い探り探りだったとうかがいましたが。
KERA そうですね、広岡はどうもつかみどころがないというか……「実は心の中でどう思われてるのかわかんねぇぞ」みたいに感じながら演出していました(笑)。
広岡 まさか、そんなことを思われていたとは(笑)。
KERA でも前回の『漂う電球』ぐらいから、細かくカッチリと演出を付けることができるようになって、ようやく楽しくなってきましたね。それと公演を打つたびに、自ずと次の展開が見えてくるというのも、このユニットの楽しいところ。だいたい公演中に「次はこれをやりたいね」という話になるんですよ。広岡 公演中じゃないと、そんなに会う機会がありませんからね(一同笑)。
──今回の『しとやかな獣』も、前回公演中に決まったんですか?
KERA 前作はウディ・アレンの芝居だったんで、次は日本映画をやってみようかな、と。そこで昔広岡が、乾電池の舞台で『しとやかな獣』をやっていて、あれは面白かったなあという話になったんです。日本にはないタイプの、ドライなブラックコメディで。昨年ぐらいから僕の芝居は、ブラック具合が影を潜めて人間味のある優しい世界になってきているので(笑)、ああいう乾いた笑いを久々にやりたいと思ったんですよね。
──この取材のために初めてその映画を観たんですけど、めっちゃくちゃアナーキーで面白かったですねえ!
KERA そうでしょ? すっごく面白いでしょ? パーフェクトな映画なんですよ。
広岡 もっとみんなに広めたい! って思いますよね。
KERA コメディではあるけれど、いわゆるギャグ芝居ではない。やっぱりブラックコメディって、ゲラゲラ笑うものじゃなく、ニヤニヤ笑うものなんですよ。外国の映画だと『毒薬と老嬢』とか、そういうテイストの作品は多いんですけどね。すごく暗くてシリアスにも描ける題材を、ユーモラスに作ってるというジャンル。そういう外国のブラックコメディと同じ匂いがする、すごくカッコイイ作品です。
──東京乾電池公演の時は、広岡さんは魔性の女・幸枝役を演じてらっしゃったとか。
広岡 そうですね。母親役をふられるかと思いきや、まさかの幸枝役で。「魔性の女」感を出すために一応努力はしたんですが、間違った方向の努力だったみたいで(笑)、実を結ばなかったですねえ、あの時は。KERA 乾電池の舞台は若干コミカルだったよね、映画版よりも。
広岡 そうですね。笑わせるポイントは、すごくわかりやすく作っていたと思います。でも結構、映画の完全コピーを目指してたんですよ。夫婦役の柄本さんと角替(和枝)さんなんか「夫婦で毎日映画を観てんじゃないか」ってぐらいのテンポでしたし(笑)。
KERA へええ。僕はそういう完コピのような演出をしたことがないけど、方法としては有効かもね。映画版のキャストと舞台版のキャストとは、当然身体が違うわけだから、同じことをしようとしても完全に一致なんかしないじゃないですか? そのズレを楽しむというのは、1つあるかもしれない。ただ完コピをするには、自分があまり繰り返し映画を観たくないというのが(笑)。毎日確認に追われるというのは、不毛な気がするなあ。
広岡 でも完コピをしながら、この人間関係の状態に持っていくというのはアリだと思いますね。あの嫌らしい夫婦や家族の関係性を保つというか、そこに行き着くためにコピーから入ってみるというやり方は。その関係性がピタッと来たら、きっとそこから、今回演じる役者同士で成り立つ芝居に変わっていくんじゃないかなあと思います。
KERA ……すごいこと言ったね、今。
広岡 え? そうですか?
KERA うん、主宰のようなこと言ってたよ(一同笑)。
広岡 いやあ、出過ぎたマネを(笑)。
──今回は特に加筆・訂正などは加えず、そのまま上演するんですか?
KERA 基本変更はしないというか、できない(笑)。もともとが団地の一室を舞台にした演劇的な脚本だし、あまり「舞台だからこう変えなきゃ」みたいなのがないんですよ。でも原作の脚本を読むと、川島監督が後から付け足したのかな? って部分も案外多いんです。映画では自衛隊や安保の話題が出てくるけれど、原作にはそれがない。
──監督の方が、後から戦争とか時代の影を反映させたってことですか?
KERA そうだと思います。それと映画の方が、1人1人が悪人になっていった、それぞれの動機がわかりやすくなっている。「あの貧乏な生活に戻りたいのか!」とかって。でも僕は、そういうのって説明しちゃうと野暮だと思うんですよ。
──確かに悪いことをする動機がわからない方が、ずっと怖いですよね。
KERA うん。動機なんて、お客さんが勝手に想像したらいいこと。そんな説明をしなくたって十分面白い話だし、むしろ根拠レスな現代の方が「こういう人もいるんだ」と、あっさり思ってもらえるんじゃないかな。でもそういう、原作になくて映画版で加わっているシーンも、生かす部分は多々あると思います。
──ただ映画の方は、家族の生活を全方向からのぞき見るようなカメラワークが、1つの魅力となってますよね? あの雰囲気を舞台でどう出すのかは、すごく気になります。
KERA 確かに舞台だと、映画ほど縦横無尽に視点を回り込ませることができないという、物理的な制約がありますからねえ。でもそれを逆手に取る、という手もある。直接姿を見せなくても、観客に「あ、今盗み聞きしていたな」という風に思わせるやり方はいろいろあるし。それ以外にも時間が飛んだり、イメージが挟まるなどの映画的な見せ方をするシーンがあったりするけど、その辺りをどう演劇的に処理できるかでしょうね。──もう1つ気になるといえば、登場人物の中で一番イチモツ抱えてそうなあの母親役を広岡さんが演じるというのが、楽しみなような怖いようなって感じなんですが(笑)。
KERA 決して前面には出ないけど、この母親が家族の中で一番弱みを見せてないからね。
広岡 しとやかな役なんですけどねえ(笑)。でもしとやかにすればするほど、あの秘めた怖さみたいなのは出るんじゃないかなあと。ただこの役に関しては、父親役の浅野(和之)さんと、いかに「2人のトーン」みたいなものがうまく作れるか、でしょうね。
──自分の役作りというよりも、2人のコミュニケーションの取り方の方が大事だと?
広岡 そうですね。いい感じに台詞がやり合えれば成立するんじゃないでしょうか。
KERA あの夫婦は、水面下で駆け引きが行われてるって印象があるんですよ。仲は良いけど「仲良し」って感じじゃない。力関係のバランスというか、お互いが了解しながらバランスを取っているという夫婦関係ですね。
広岡 でも「ああ、夫婦だなあ」というか……“The 夫婦”って感じ。ただ「理想の夫婦か?」と聞かれると、理想ではないなあ(笑)。
──まあいろいろと興味が尽きない作品ですが、特に見どころとなりそうな所などはありますか?
KERA やっぱり広岡じゃないですか? 乾電池時代のリベンジなるか?! みたいな(笑)。
広岡 ええー?! 何ですか、いやいやいや。
KERA 毎回オリガトは、主宰者の広岡の見どころを作るために公演をしているから(笑)。
──座長芝居だったんですか?!(笑)
広岡 とんでもない! もう、縁の下の力持ちのようなものです。
KERA まあでも見どころは、登場人物たちのアンサンブルでしょうね。誰かが主役という世界でないので、1人だけが目立っちゃうような作り方をすると失敗すると思います。あと原作を基本的にはいじらないから、上演時間も映画と同じ90分ぐらいになるはず。2時間を超えることはないです、今回は(笑)。
(取材・文:吉永美和子)
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舞台の世界でも、映像の世界でも、役者にはターニングポイントとなる“運命”の作品との出会いというものがある。
そんな幸せな出会いとなった作品が、女優・米倉涼子にとってはおそらく『黒革の手帖』だと言えるだろう。
2004年のテレビドラマ化、2006年の舞台化と共に、ヒロイン・原口元子に扮し“悪女”的なキャラクターを演じながらも観客の心をグイグイつかみ、
カタルシスへと導くその颯爽とした魅力は、ほかの誰にも真似できない米倉の独壇場だ。そんな米倉のハマリ役・原口元子が、またまた復活することになった。 キャストを大幅に入れ替え、初演では2億円と言われていた衣裳も今回はなんと3億円にグレードアップするという、 豪華再演バージョンが実現する。昨年、出演した初ミュージカル『CHICAGO』とはまたかなり違う世界に再挑戦する米倉に、意気込みを語ってもらった。
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| 「“舞台はナマモノ”という言葉の意味が、経験してみてすごくわかるようになりました」 |
――『黒革の手帖』が早くも再演されることになり、ご感想としてはいかがですか。再演は、なんとなくですが、どこかであるだろうなと自分では思っていました。『黒革の手帖』という作品がどなたかに注目されている限り、私は絶対やり続けたいと思っていたので。私も松本清張さんの作品全てを知っているわけではないんですけれど、でもやっぱり『黒革の手帖』って本当におもしろいなって思うんですよね。でも、実際に再演が決まったら、逆にちょっと怖かったりもするんですけど(笑)。
──えっ、怖いですか? でも初演はものすごく評判がよかったので、米倉さん自身もいい手応えを感じられていたのでは?
だって、私自身は座席に座って観てみることができないじゃないですか(笑)。だから本当にお客様がどう感じていたかというのは、微妙にわからないところがありますから。
──では初演を振り返ってみて、一番印象に残っていることというと?
お稽古がとにかく大変でしたけど、楽しかったです。1か月くらいかけて、ひとつのものをつくりあげるという作業はあのときに初めてやったことだったので。そういう経験をずっとしてみたかったんですよ。でも、たとえ3か月間かけて稽古をしていたとしても、たぶん決まらないものは決まらないものなんだろうし、どんどん良くなっていったり、いろいろ変化していくものなんだろうなって思いました。本番中も、どうしてこの言葉に気付かなかったんだろうって、日々、新しい気持ちが浮かんだりしていました。よく聞く“舞台はナマモノ”という言葉の意味が、経験してみてすごくわかるようになりましたね。──原口元子という役を演じるにあたって、一番意識していたことは。
特にないんです。「どうやったら人を言いくるめられるだろう」とか、原口元子と一緒に考えるということが大事だと思っているくらいで。別にカッコ良く見せようとか、そういうふうには思っていないです。それは、単に私のやり方なのかもしれないですけど。
──役と一緒に考えるのが、米倉さんの役づくりなんですね。
もちろん、セリフはきちんと覚えて、毎日同じように言えなきゃいけないんですけどね(笑)。でも、よけいなことを考えちゃうと、私の場合は段取りとか、いろんなことを忘れちゃうんですよ。
──今日もとても素敵なお着物ですが、本番中の舞台裏は衣裳の早替わりがたくさんあって、とても大変だったそうですね。私ももちろん大変ですが、着付けてくれる方やカツラを替えてくれる方、周りのスタッフがもっともっと大変でしたね。とにかくワンステージ4時間くらいかかるんですけど、1回も楽屋には帰れませんし。
──早着替えの記録は何秒くらいでしたか。
10秒くらいのときも、あったんじゃないかな(笑)。最初のうちはツラかったけど、最後のほうでは当たり前のように、みんな、あうんの呼吸になっていましたね。
──観ている側は、華やかなお着物がクルクル替わっていくから、とても楽しかったんじゃないでしょうか。
そうですね。お芝居の途中で、歓声が聞こえるんですよ。なにもしていないのに「ワーッ」て聞こえるというのは、服や髪型が変わったことにみなさんが喜んでくれたんだと思って。あの歓声は、ほぼ毎日ありましたね。「また変わったの?」みたいな感じの声が漏れてきたりして。
──そういう声が聞こえると、舞台裏で頑張った甲斐もあるというか(笑)。
ふふふ、まあ、そうですよね。うれしかったです。
| 「悪い人に見えていい“悪女”役。だからこそ、お芝居が思いっきりやれるんです」 |
──それにしても、4時間という上演時間は出演される側からしたら本当にハードですよね。よく考えてみると、私自身が観る側だったら4時間の舞台だと聞いた時点でちょっと躊躇しちゃうかも(笑)。だからみなさん、本当によく耐えてくれたなーって思っているんですよ。だから私としては、今回はできればもっと内容をギューっと凝縮して、それでも「今回もやっぱりおもしろかった!」って思っていただけるようにしたいです。そうじゃないとご覧になる皆様のほうも集中力がどうしてもなくなってきてしまうと思いますから。お弁当を食べたあとだったら、もっとでしょう?(笑)だけど「たとえ4時間でもまた観たいわ」って思っていただけたら本当に幸せですけどね。そのへんは、脚本の金子成人さんと演出の西川信廣さんに私からもお願いしておきます(笑)。
──今回も、同じように早替わりはたくさんあるんでしょうか?
それが、まだ具体的にはわからないんですよ。多少、台本が変わってくると思うので。でも、あれ以上にはならないでくれって思っています、もうムリです(笑)。まあ、確かに衣裳がコロコロ変わったほうが楽しいんだろうとは思いますけど、人間には限界というものがありますから(笑)。
──再演に向けて、米倉さんのテーマ、目標みたいなものはありますか。
次は、もう「初舞台だから」と許してくれる人は少なくなると覚悟していますので(笑)。そういう意味では、みなさんの目が優しくはなくなってくると思うんですよ。なので、まだ若輩者だからと言い訳するのではなく、確実に進歩しているところを見せなきゃいけないなというプレッシャーはあります。キャストも新しくなるので、まずはいいカンパニーにしたいですね。
──座長としての責任やプレッシャーを感じることはありますか?ないです!(笑) 私は頼る側なので。座長とかそういうのではなくて、ただチームのひとりという感じです。でも、仲のいいチームでやるのと、チームワークがないチームでやるのとでは絶対にできあがるものが違うと思うんですよ。ですから今回も、そこから始めないといけないんだろうなとは思っています。
──元子役もそうですけど、米倉さんは悪女的なキャラクターを演じることが比較的多いように思います。悪女を演じるとき、苦労することってありますか。
逆に、いい人の役のほうが苦労すると思います。だって、いい人に見えなきゃいけないじゃない?(笑) 悪い人に見えていいんだもん、悪女は。だからこそ、お芝居も思いっきりやれますしね。
──お客様に、ぜひ座長・米倉さんとしてお誘いのメッセージをいただきたいのですが。
座長として、というのは本当によくわからないんですけど(笑)。再演という言葉は、私にとってはプレッシャーでもあり、でもやはり楽しみでもあって。ただ本当に、今回は大幅にキャストも変わりますし、脚本も新しくなりますしね。初演をご覧になった方にも新鮮な気持ちで観ていただけるはずですし、絶対そうしたいと思っているんです。なのでぜひ、初めての方はもちろん、一度ご覧いただいた方にも観に来ていただきたいです。再演にして完成版っていうのもなんですが、また気持ちを新たに、カンパニーの全員で挑んでいきたいと思っています。劇場で、お待ちしています!!>>チケットの詳細・申込み
元宝塚トップスターら豪華キャストによるミュージカル「愛と青春の宝塚 〜恋よりも生命よりも〜」のマスコミ向け公開舞台稽古とプレビュー公演が12月1日、東京・新宿コマ劇場で行われた。
2002年フジテレビ系で2夜連続放送され話題を呼んだ長編ドラマのオリジナルミュージカル化。脚本は大石静、演出は鈴木裕美。第ニ次大戦へと向かう嵐の時代に翻弄されながらも、つねに舞台に夢をかけたタカラジェンヌと、彼女らを支えた人々との哀しくも美しい愛と青春をきらびやかに描く。
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テレビドラマと違う大きな特徴は、登場するタカラジェンヌ役を、元宝塚トップスターはじめ宝塚OGが熱演。コミカルなナンバーも含めて、美しいオリジナル曲が溢れ、切ない中にも華やかさもふんだんに盛り込まれている。
華やかなレビューシーンを挟みながら、いつの時代も舞台に情熱を注ぎ、多くの観客に感動を届けてくれるタカラジェンヌたちの裏側の姿を、感じとることが出来る舞台だ。
公開稽古終了後のマスコミ向け撮影には、それぞれダブルキャストで主演する元宝塚トップスターが勢ぞろい。
続く囲み取材では、本作をきっかけにシングルCDを12月3日にリリースするプレミアムユニット「T4(ティーフォー)」を先日結成したばかりでもある、元宝塚の月組トップスター紫吹淳、彩輝なお、星組トップスター湖月わたる、宙組トップスター貴城けいの4人がインタビューに臨んだ。4人は、「小林一三先生(宝塚歌劇団の創始者)が建てたコマ劇場の最後のミュージカルに出られるのは光栄。裏方さんなど劇場に関わるたくさんの方々の色々な思いを胸に務めたい」、「戦争という大きな(時代の)渦に立ち向かうタカラジェンヌの清く正しく美しい姿を是非感じてほしい」、「(作品に登場する時代から)タカラジェンヌの絆が繋がっているのを感じます」、「宝塚というとキラキラしたイメージが強いが、今回はバックステージ(の物語)をお届けしているので、モンペ姿でキラキラしている私たちを観に来てください」と語った。
なお、本作は今年12月末で閉館する同劇場の最後のミュージカルとなる。新宿コマ劇場は、1956年(昭和31年)開場以来、数々の名ステージを届けてきた日本を代表する大劇場。ミュージカルの公演も数多く行われ、開場8年目から1981年(昭和56年)までは宝塚歌劇団の公演が毎年行われていた、つながりの深い劇場である。本公演は、新宿コマ劇場にて12月2日本公演が開幕し、12月22日まで上演される。期間中、8公演で出演者によるアフタートークも開催予定(詳細はこちら 公演公式サイト http://www.ai-takarazuka.jp/)。その後、12月27日に神奈川・グリーンホール相模大野、2009年1月11日・12日に福岡サンパレスホテル&ホール、1月29日に大阪・岸和田市立浪切ホール大ホール、2月7日に静岡市民文化会館大ホール、2月11日〜16日まで大阪・梅田芸術劇場メインホール、3月4日北海道厚生年金会館、3月10日愛知県芸術劇場大ホール、ほかで上演される。 >>チケットの詳細・申込み ◎関連情報 プレミアムユニット「T4(ティーフォー)」のシングルCD、2008年12月3日発売。 「恋よりも生命よりも〜愛と青春の宝塚〜」 MUCD-5145 1,500円(税込) >>CDの予約・ご購入はこちら!
あなたを感動で包みます。
舞台にはテーブルと二脚の椅子。
大掛かりな仕掛けも、目をひく照明や音響もない、シンプルな舞台。 並んで座った男優と女優が、手にした台本を読み上げるだけの2時間。 俳優が何の身体的演技も行なわないゆえに一層、その声と姿に彼等の演技を超えた真情がほとばしるのを目の当たりにし、観客は新鮮な感動を共に分かち合うのです。
「ラヴ・レターズ」は1989年ニューヨークで初演されるやいなや、全世界で上演され静かなブームを巻き起こしました。
パルコ劇場でも1990年8月19日に幕を開け、以来この一つの台本を、 年齢も個性も異なった様々な延べ約360組のカップルが読み続けています。
今回の『ラヴ・レターズ 〜2008 Christmas Special』は、クリスマスが近づき賑わう銀座に、魅力溢れる6組のカップルを迎えて、華やかにお贈りします。

12/9(火) 19:00開演 音尾琢真(TEAM NACS) ♥ りょう【SOLD OUT】
12/10(水) 19:00開演 鈴木亮平 ♥ 安めぐみ
12/11(木) 19:00開演 奥寺健(フジテレビアナウンサー) ♥ 加藤紀子
12/12(金) 19:00開演 森山開次 ♥ 坂本美雨
12/13(土) 19:00開演 加藤健一 ♥ 久野綾希子
12/14(日) 14:00開演 別所哲也 ♥ 古村比呂
それぞれのカップルが奏でる、それぞれの音色のラヴ・ストーリー。
感動が生まれる瞬間に、あなたも立ち会ってみませんか。
■イープラス会員限定
「ラヴ・レターズ 2008 CHRISTMAS SPECIAL」
パーカー(PARKER)万年筆プレゼントキャンペーンのお知らせ
世界で最も愛されるペン、パーカー
PARKER - The World's Most Wanted Pen
1888年、「ラッキー・カーブ・ペン」の誕生から、パーカーの歴史は始まりました。
それまでの万年筆では防ぎようがなかったインクの漏れやインク詰まりを起こさない画期的なインク供給機構を持つこのペンは、瞬く間に人々の心を魅了しました。
1921年には、当時万年筆といえば黒という通念がまかり通っていた中で、“ビッグレッド”の愛称で呼ばれた「デュオフォールド・オレンジ」を発表、一大センセーションを巻き起こしました。書く道具としての万年筆が、持つ人の個性を表現する筆記具となり、その価値を大きく変えた瞬間でした。
その後もパーカーは、名品と呼ばれる万年筆をいくつも世に送り続けながら、人々の大切な想いを伝え続けてまいりました。
120周年を迎えた今年、パーカーは、“大切な人への大切な想い”を込めた、すべての「ラヴ・レターズ」を応援してまいります。
キャンペーン期間中にお申込みのうえ、こちらのフォームからご応募ください。応募頂いた方の中から抽選で12名様に下記賞品をプレゼント!
ぜひとも、この機会をお見逃しなく!
>>ご応募はこちらから!
◎キャンペーン期間
11/21(金)0:00〜12/10(水)23:59
※期間前のご応募はできません。
◎プレゼント賞品
PARKER ソネット ステンレススチールCT 万年筆
(メーカー希望小売価格:8,400円 税込)
パーカーのベストセラーシリーズ「ソネット」は、優雅でバランスのとれた美しいスタイリングと最高の書き味で時代を超えて人々に愛されています。
「ソネット ステンレススチール」のなだらかなボディラインにマッチするしっとりとしたステンレススチールのフィニッシュは、パーカーの技術が光る逸品。永くご愛用いただける「ソネット」のスタンダードモデルのひとつです。
商品のお問合せ:
ニューウェル・ラバーメイド・ジャパン株式会社
オフィスプロダクト事業部
フリーダイヤル 0120-673-152
◎当選発表
商品の発送をもって代えさせていただきます。
当選者の方には2009年1月中旬までに、会員ご登録住所宛に宅配便でお届けする予定です。
【公演情報】
会場:ル テアトル銀座 by PARCO (東京都)
日程:12/9(火)〜12/14(日)
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10月22日、午後3時30分。会場のシアターBRAVA! からほど近い大阪城港から、ヨーロッパ企画劇団員(山脇唯のみ欠席)+10数名の記者を乗せてアクアライナーは出港しました。当日はあいにくの雨でしたが、関西に住んでいるとなかなか乗る機会がない乗り物だけに、ヨーロッパメンバーも記者たちも窓の外を流れていく風景に、ついつい気もそぞろな感じ。普通会見というと、多かれ少なかれピーンとした空気が流れているもんですが、今回に限ってはそんな気配は微塵もありません。
まずは本日の司会兼観光ガイドである毎日放送の大月勇アナより、アクアライナーおよびカウントダウンの解説が。続いて劇場支配人のあいさつの後、ヨーロッパ企画主宰・上田誠から「こうもお話に集中しにくく、しかも揺れている中で物を書かなければいけないという苛酷な状況で申し訳ありません」とのお詫び(?)をはさんで、カウントダウンの全貌……もとい、現時点での展望が明らかにされました。
「今回はこの船旅よろしく、ヨーロッパ企画のこれまでのルーツをたどりつつ、今後10年の新たな船出となるような舞台をイメージしています。また僕らがやる興業は、こういう感じで日頃の喧騒からちょっと離れるというか、非日常的なモノでありたいなとつねづね思ってまして。特にカウントダウンは、通常の公演に比べるとお祭ムードであったりとか、普段ならちょっとやらない試みもこのタイミングならできるなというのを、毎年意識しながらやっています。それで今年は劇団10周年ということで……」
……と上田が解説をしてる最中に、突然大月アナより「すいません、今窓の外に大阪城が見えます!」との案内が! ヨーロッパメンバーも記者たちも、反射的に会見そっちのけで、窓の外に目線を向けてしまいました。大阪城が見えなくなってから、コメントに水を差してしまったことをお詫びする大月アナでしたが、上田はサラッと「いえ、そっちの方が重要ですから(笑)」と応えて、何事もなかったようにコメントを続けます。
「まず会場が、今まで僕らがやったことがないような大きな劇場なので〈ヨーロッパ企画を10年間やってきて、ようやくここにたどり着いた〉というようなお話にしたいと思ってます。それと普段僕らは、ちゃんとセットを作り込んだシチュエーションコメディをやってるんですが、今回はエピソード集やコント集みたいな、ちょっとお祭感のある舞台にしてみたいなと。その中に、カウントダウンも有機的に組み込めればと考えています」。
続いて役者を代表して、諏訪雅・中川晴樹・本多力が登場。それぞれ
「劇中にカウントダウンが入るということで、1秒の狂いも許さない緻密な演技で(笑)役者としては臨んでいけたら」(諏訪)、
「年末年始はなるべく実家の名古屋で過ごしたいと思ってるんですが、今年は10周年、しかも会場がBRAVA! ということで残ろうと決意しました」(中川)、
「生まれてから29年間、毎年実家のある京都で年を越してたんですが、今年は初めて大阪で年を越すことになりました。大阪の人にいろいろリサーチをかけて、万全の準備で年を越そうと思ってます」(本多)
とのコメントを寄せてくれました。
ちなみに上田以外のヨーロッパメンバーたちは会見の間ほとんど、窓の外を見て歓声を上げたり、珍しい景色を携帯のカメラに収めたり、岸辺や橋の上から船を見ている人たちに手を振ってみたりと、会見に来たのか観光に来たのかどっちやねん! という状態。このマイペースぶりったら、ほとんど彼らの舞台の延長線てな感じです(笑)。アクアライナーの天井を下げる実演(註:アクアライナーは満潮時に船が橋に衝突するのを避けるため、天井を30cm下げることが可能)の時なんか、もう全員仕事を離れてテンション上がりまくり状態でした。いやこの実演は確かにちょっとした迫力で、最大下げ幅まで来た時には記者側からも自然と拍手が起こってましたけどね。
このラストの質問の辺りで、折良く窓の向こうに今回の会場である[イオン化粧品 シアターBRAVA!]が見えてきて、会見は終了とあいなりました。最後の集合写真は必然的に、アクアライナーとその向こうに
見えるBRAVA! の黄色い屋根をバックに……って、芝居の会見というよりも、まるっきり観光の記念写真ですね、コレ(笑)。
◆ヨーロッパ企画 〜ヨーロッパ企画10周年記念〜カウントダウン公演 2008−2009 チケット好評発売中〜♪ >>チケットの詳細・申込み
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▼作・演出のケラリーノ・サンドロヴィッチさんよりメッセージ!
▼出演の余貴美子さんよりメッセージ── 今回まず目を引くのは、余貴美子さん、高橋ひとみさん、渡辺いっけいさん、高橋克実さんと、主役級の大人の役者さんが4人もキャスティングされていることです。 「そうでしょう? 舞台でこういう顔ぶれってあんまりないでしょ。2時間ドラマっぽい印象を抱く人もいるかもしれないけど(笑)、そういう話にはおそらくならないので安心してください」 ── 当然、この4人の皆さんが中心になると思いますが、どんな物語を考えていらっしゃいますか。 「核は2組の夫婦の話で、彼らの子供、その友達、それと旦那のほうの仕事のアシスタント、その周辺に集まった若者がそこに絡んでくる予定です。夫婦は、克実さんとひとみさん、いっけいさんと余さんという組み合わせ。で、余さんとひとみさんが高校時代の同級生。萩原(聖人)は彼女達の先生なんだけど、若くして亡くなってて、その時の年齢のままなの、みたいな設定を考えてます。今のところ」 ── 死んでいるけれど、生きている人達の人生に関わってくるんですね。 「妄想みたいなものですかね。まだわからないけど。」
── その夫婦は、年齢から考えると倦怠期ですか。
「完全にそうですね。だから、全体的にかなり大人っぽい内容になってくると思いますよ」
── 夫婦を前面にフィーチャーする話は初めてだと思いますが、なぜそういう話を書こうと?
「そろそろね、僕も大人の男なので(笑)、大人の女の人の話を書きたかったんですよ。60年代あたりにフランスを中心に、女性の生き方を描いた“女性映画”がたくさん撮られた時期があって、そういう雰囲気の芝居がつくりたいな、と思ってて。でもちょっと舞台では展開が難しくなりそうで、夫婦の話に移行していきました。ただ、どちらかというと妻のほうに重点は置かれることになるかな」
── 『フローズン・ビーチ』(98年)、『すべての犬は天国へ行く』(01年)など、登場人物が全員女性の話を書かれたこともありましたし、KERAさんは「女性を描くのが上手い」とよく言われますね。
「書きやすいんですよね、女性のせりふのほうが。なぜかって、たとえば、すごく仲の悪いふたりが数年後にすごく仲良くなってたとか、さっきまで大笑いしてた人が突然大泣きするとか、そういう変化に対して女の人の場合は説明が要らない気がするんですよ。男の登場人物だったら、関係性とか感情が変化すると、そこには根拠が必要になる。そういう点で女性を書くほうが自由だし、楽しい」
── ところで今回、赤堀雅秋さん、村上大樹さんと、それぞれThe Shampoo Hat、拙者ムニエルと劇団で作・演出をしている方が役者として出演されます。KERAさんは、演出家を演出することに抵抗はないですか。
「あ、それはね、むしろ好き(笑)。演出もやってる人って稽古場の空気を敏感に読んで動かしてくれるし、僕のやりたいことが伝わりやすい気がする。だから『シャープさんフラットさん』でも、河原雅彦君やマギーに出てもらったんだけど」
── 40代の夫婦と、その子供に当たるくらいの若い方と、その中間にあたる赤堀さん、村上さん。きれいに3層が揃ったキャストですね。これまでのKERA・MAPは30歳以下で揃えたり、小劇場の役者さんでまとめたりとひとつの傾向がありましたが、今回はむしろバラエティに富んでいるのが特徴で。
「こんなに年齢も出自もいろいろなのは、KERA・MAPに限らず初めてかもしれない。上手い人が揃ってるし、いろんな刺激を受けながら脚本を書ける。これまでにないテイストの話になる気がしていて、自分でもすごく楽しみです。」
◆公演概要
公演名:KERA・MAP #005『あれから』
公演日:08/12/13(土)〜08/12/28(日)
会場:世田谷パブリックシアター (東京都)
作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演:余貴美子/高橋ひとみ/萩原聖人/岩佐真悠子/柄本佑/金井勇太/赤堀雅秋/村上大樹/三上真史(D−BOYS)/植木夏十/山西惇/渡辺いっけい/高橋克実
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▼出演の余貴美子さんよりメッセージ
<連載・第9回>
エンゲキとシネマはベストフレンド!
今回はエリアフリーで映画化←→舞台化の話題作に注目
常に数ヶ月先、ワンシーズン先の情報をあれやこれやとたぐり寄せて心待ちにするのが観劇の楽しさだったりするわけですが、やっぱり日々の身の回りの変化にも敏感でいたいものです。少しずつ陽が短くなったり、遊歩道に落ち葉が増えたり、食卓に並ぶ野菜のメンツが変わっていたり。深まって行く秋の歩みって、なんだかとっても好きです。特にコートを羽織る前くらいの気温のこの時期はいいですよね。今年最初のセーターに袖を通す瞬間にも思わずハナウタが♪ そんなとき、なぜか遠い昔の文化祭の頃の気分を思い出したりして。フコフコセーターに包まれながら、春や夏に感じるのとはちょっと違う、そんな静かなドキドキを味わってます。
さて、今年の秋の初めにヒットを記録した映画の1本に『パコと魔法の絵本』がありますが、本作はご存知の通り'04年に上演され今年再演も果たした・・・・後藤ひろひと作の『MIDSUMMER CAROL ガマ王子 vs ザリガニ魔人』の映画化です。大貫老人とパコちゃん、そして愉快な病院ピープルが心が震えるようなファンタジックなお話を魅せてくれたガマザリの世界は、中島哲也監督の手によって見事にもうひとつの命を与えられていました。(そういえば初演の舞台を観に行ったとき、後半、室町役の伊藤英明さんが赤いかぶり物をまとってドラッグクイーン的なテンションで舞台に登場した瞬間に客席がドッと沸き、思わず拍手喝采が起こったのが印象的でした)
まあ、この作品を例に取るまでもなくこれまでも映画と舞台はなかなか密接な関係があったわけですが、改めて見回してみると舞台→映画・映画←舞台という作品、この秋冬のラインナップにも結構あるんですよね。
現在赤坂ACTシアターで上演中の『CHICAGO』(出演:米倉涼子、川村隆一、和央ようか ほか)もその筆頭。もともとは演出家・振付家であるボブ・フォッシーによるトニー賞受賞ミュージカルですが、'02年にロブ・マーシャルが映画化。レニー・ゼルウィガー、リチャード・ギア、キャサリン・ゼダ=ジョーンズという豪華キャストの競演でミュージカル映画としては予想外と言えるほどのヒットを記録し、日本でも大いに人気を博したのは記憶に新しいところ。その後来日キャスト版のミュージカルも上演。さらに作品ファンが増えた今、満を持しての日本人キャストでの舞台が実現された1作です。
レオナルド・ディカプリオ主演の『タイタニック』も日本で国民的ヒットとなった映画ですが、ミュージカル『タイタニック』は映画の舞台化ではないんですよね。悲劇的な事故で海に沈んでしまった豪華客船タイタニック号の乗客たちの様々な人間ドラマを描いているのは共通ですが、舞台はブロードウェイミュージカルの日本版で、松岡充さん演じる設計士を中心にした物語になっています。映画を観て感動したという方も、映画とミュージカル、歴史的な事件をそれぞれ異なった角度から描く2作を見比べてみると、そこにいた人々の心情をさらに深く感じ取ることができるはず。
市村正親さんと鹿賀丈史さんが20年来パートナーとして生きて来たゲイカップルを演じる『ラ・カージュ・オ・フォール』は、'73年にフランスで上演されたのが最初。その後'78年に『Mr.レディ Mr.マダム』というタイトルのコメディ映画として日本にもお目見えしました(公開後、“Mr.レディ”という言葉は今で言う“おネエマン”的ニュアンスで定着したそうです)。映画はその後'96年にロビン・ウィリアムズとネイサン・レインのカップルで『バードケージ』としてハリウッドリメイク版も製作されています。一方、舞台版は'83年にブロードウェイでミュージカル化され'84年にトニー賞を受賞と、初演以降各年代で必ずカタチになっている本作。世代を超えて多くの人々を楽しませてきた愛すべき作品ですね。
11月に幕を開ける大地真央さん主演の『月の輝く夜に』は、'87年にシェールとニコラス・ケイジが主演したロマンチック・ラブコメディ。月の輝きの不思議なチカラに誘われるかのように恋の迷子になっていく大人たちを、やさしくハッピーエンドに導いてくれるちょっとお洒落な物語。秋の夜長のデートにもぴったりかも。
『スーザンを探して』は、平凡な主婦がちょっぴりの好奇心とひょんなきっかけで“人生の冒険”を体験する'84年の映画が元ネタ。ポップスターとしてのマドンナの放つ魅力とロザンナ・アークエットのキュートさをうまく取り入れた80'Sテイスト溢れる映画の世界、結構好きでした。舞台版の『スーザンを探して』は、'07年にロンドンで誕生したジュークボックス・ミュージカル。使われているのはマドンナの楽曲ではなく、「コール・ミー」などでおなじみのブロンディのサウンドです。演出のG2氏はロンドンミュージカル『OUR HOUSE』でもマッドネス・サウンドとガップリ組んだ経験がありますので、今回も音楽にもしっかりと愛情を注いだ舞台を届けてくれるはず。真琴つばささんと香寿たつきさんがマドンナが演じたスーザンをダブルキャストで演じ、ロザンナ・アークエットが演じたロバータを保坂知寿さんが演じる今回のバージョン。きっと、アラサー&アラフォー女子の心にピピッとくる一本になりますよ。
ほかにも現在上演中の『から騒ぎ』は'93年にケネス・ブラナー、エマ・トンプソン、キアヌ・リーブスらが出演していた映画があったし、来年春の上演となる『マイ・フェア・レディ』は'64年にオードリー・ヘプバーンが主演した映画は名作中の名作となっています。最近なら『スウィーニートッド』や『ラストゲーム』あたりが上演時期と映画の公開が割と近かったような気もするので、同時期に両方を見比べることができた人も多いでしょうね。
駅伝にかける青年たちの熱い日々を描いている『風が強く吹いている』も、来年の舞台ではずみをつけるかのように映画化の話が決まっているとのこと。中谷まゆみさん作の舞台『今度は愛妻家』は、行定勲監督のメガホンで来年公開されるようです。
一方、“舞台作品を映画館で観る”という新しい楽しみ方を教えてくれたのは劇団☆新感線のゲキシネですが、ゲキシネ同様にスクリーンで演劇体験のできる作品はいろいろ。 『FROGS on Screen』は、'09年2月に4度目の公演が決定している舞台『FROGS』(出演:桜田通、青柳塁斗、植原卓也、柳澤貴彦ほか)の前回公演を映画館上映用に収録したモノ。好評だった今年6月の公開に続き、10月から全国各地で上演されます。
'05年にスタートした歌舞伎の新たなるプレゼンテーションのカタチ「シネマ歌舞伎」では中村勘三郎×山田洋次監督の初タッグで10月18日より『人情噺文七元結』、12月27日より『連獅子』の2本の上演が決まっています(上映時間や劇場は公式サイト http://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/ でご確認を)。
来春には演劇集団キャラメルボックスが公演内容を収録したものをデジタルシネマとして映画館で上演するサービスを始めるとのこと。現在、『嵐になるまで待って』と『君の心臓の鼓動が聞こえる場所』の2本の上演が決定しています。
好きだからこそのめりこむのか、好きだからこそ厳しい目で挑むのか…は人それですが、自分の好きな作品、好きなストーリーがスポットを浴びて新たな命を吹き込まれるっていうのもなかなかオツなもの。それに、素敵な映画に出会ったとき「これを舞台でやったらどうなるのかな」なんて妄想するだけでも楽しいし!(もちろんその逆も)
そんな中、私が最近楽しみにしているのが『鈍獣』の映画化。すでに浅野忠信さん、北村一輝さん、ユースケ・サンタマリアさん、真木よう子さん、南野陽子さんといった素敵キャストで着々と撮影は進行、来年全国公開が決まっているわけですが、あの混沌としていかがわしくも怖面白い世界がどんな映像となって現れるのか。ものすご〜く興味があります。そういえば、舞台で生瀬勝久さん、池田成志さん、古田新太さんがやっていた“キオスクおばさん”のシーン。本編とはちょっとズレてるかもですが(笑)、ギュウギュウの売店ボックスで3人があれこれ絡むくだり、悪夢チックで気に入ってたんだよなぁ…。映画でもあるかしら??
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■初演は、ダンサーとピアニストとのバトルのようなものでした
――1989年が初演ということは、それから約20年ぶりということになりますね。そもそも、イズマエル・イヴォさんとコラボレーションすることになったいきさつというのは?
1985年の夏、僕はミュンヘンでレコーディングをしていたんですね。クローズされている劇場でやっていたんですが、そこでピアノを弾いているときに、ひとりの黒人ダンサーがピアノの周りをまわりながら舞っているというイメージをもったんです。それがこの作品の生まれたきっかけになりました。そしてその後1988年に、ソロで踊っている黒人のダンサーで、ブラジル人なんだけれどもずっとドイツで活躍している方がいると紹介してくれる人がいて。それがイヴォさんだった。彼がちょうどその直後に日本のダンスフェスに呼ばれて来日したというので観に行ってみたら、すごく自分と共通するものを感じて。ぜひ、この人と一緒にやってみたいなと思ったんです。さらにその数日後に僕のソロコンサートがあったんですが、彼は帰国を延ばして聴きにきてくれて。それで、二人でやろうということになったわけです。
――お互いのパフォーマンスを観て、共感するものがあった。
そうですね。音楽家とダンサーという立場だし、日本人とブラジル人なんだけれども。アーティストとしては同じ世界に属している人だなという感じがしたんです。それをきっかけに、初演に向けて準備を始めたんですが、二人だけで舞台作品を作り上げるのは危険であると思いましてね。もっと第三の目というか演出をしてくれる人、作品に一本の骨を通してくれる人が必要だということになり、それで音楽にも造詣が深くて本人も踊られる、山海塾の天児牛大さんにお願いすることにしました。
――初演で感じた手応えや、やってみて新たに得たものはどんなものでしたか。
すごい充実感でした。とにかくダンサーとピアニストとの、バトルのようなものなんですよ(笑)。当時はまだお互いに若かったから、あるだけのエネルギーをステージで全部ぶつけあって。人間がここまでパワフルでエネルギーを出すことができるものなのかと、たぶん観に来た人は驚いたんじゃないかな。それから、普通のコンサートとは違い、ダンサーの身体の動きと音とでコミュニケーションをしていく舞台だったので、それもすごく新鮮でした。とにかく素晴らしい作品を作ることができたということは、実感できましたね。
――そして今回、東京で再々演しようと思われたのはなにかきっかけがあったんですか。
1992年に一度再演をやったあと、長い年月がたっていたこともあって、もうこの作品をやることはないだろうと思っていました。非常にパワーを使う作品でもありましたしね。それが一昨年の夏に、イヴォさんのほうから彼がずっとやっているウィーンのモダンダンスのフェスティバルで再演したいんだけど、と。僕自身は弾けると思ったので、だからあなたが踊れるのなら大丈夫だよと返事をしました(笑)。それでもう一度ウィーンで3日間、シュツットガルトで4日間やったんです。これが、予想した以上に素晴らしかった。長い時間がたっているし、年齢的にも心配していたんですが、彼は見事に自分の身体を維持していましたね。お互い、20年近い経験が随所に生かされていて。それで、これはもう一度、日本にもってくるべき作品なんじゃないかなと思ったわけです。もちろん、演出をお願いした天児さんの存在も、この作品にはものすごく重要なんですよ。二人で作り上げたものではなく、三人で作り上げたものなので。彼が作る舞台空間の美しさ、それはいわゆる舞台美術で飾り立てたものではない。何もないんです。あるのはピアノだけで、僕がいてイズマエルがいる。その何もない空間がものすごく美しく、特別な空間になっているのは彼の演出のおかげ。照明の力も大きいですし、余分なものをそぎ落としたシンプルさもポイントだと思いますね。
■他には存在しない舞台。そして今回が最終公演だと思ってください
――本番に向けて、今、一番楽しみにしていることはどういうことですか。
僕が通常やっているコンサートや、曲のスタイルを楽しみにしてきてくれているファンの方もいるでしょうけど、今回の作品は一味違うと思います。一味違うけど、僕自身は同じレベルで深く感じることができ、楽しむことができるものだと思っているので、そういうふうに聴いていただけたら一番うれしいなぁ。あとはウィーンの公演からさらに2年たっていますので、この2年の経験も生かした上でまたアップグレードして(笑)、ウィーンの公演をも超えられるような舞台にしたい。二人とも現役でやっているわけですからね。
――もしかしたら劇場には、加古さんの世界をまだ知らないダンスファンも大勢いらっしゃるかもしれません。
当然、そういう方もいらっしゃるでしょう。僕はそんなにダンスに詳しいわけではないですが、だけどね、ダンスファンの方が観た場合これは立派なダンス作品だと思うはずです、それは間違いない。でも、この作品はある意味では僕のコンサートでもあるんですよね。音楽だけでも楽しんでいただくことができますから。そのふたつが一緒になって、しかもお互いにライブで反応し合うという。こういう作品って、他には存在しない舞台だと思うんですよ。古今東西どこに行っても、おそらくこれから先も、ないと思います。僕自身もたぶん、もうできないしね(笑)。かなり稀有な例だと思うんだ、この作品は。だからこそ、これだけ年齢を重ねていても、まだやれるのならやってみたいと思ったわけなので。
――本当に、貴重な体験ができそうな舞台です。
はい、それはもう。そしてこれが間違いなしに、最終公演だと思ってください。
――この機会を逃したら、ものすごく後悔しそうですね。そして、今回は加古さんの代表作でもある『クレー』も演奏されます。これはどういう作品なんですか。
これは『アポカリプス』とほぼ同じ時期の、1985年くらいを中心に作曲し、1986年に発表した作品です。スイスの画家パウル・クレーの絵から12作品を選び、それぞれのイメージで作曲したピアノ曲なんです。ちょうどこの頃から、違うジャンルのアートがコラボレーションすることがもてはやされるようになったというか、その最初の頃だったんじゃないかな。僕自身も、他のジャンルのものとコラボレーションすることを始めた、最初の作品なんです。そして、この静止画とのコラボレーションが、人間の肉体が動くダンスとのコラボレーションに広がっていくきっかけにもなったということですね。
――加古さんのコラボレーション作品としての第一歩と第二歩、その両方が今回の舞台で披露されるわけですね。そしてこちらも、演出をされるのは天児さんです。
はい、これは今回初めて天児さんに演出をお願いすることになりました。今までコンサートでは曲だけを弾いていたんですね。それを今回は視覚的な面でも天児さんにアイデアを出してもらって、クレーの絵を映像素材として見せたり。その見せ方も、いろいろと工夫してやりたいと思っているところです。
――耳だけでなく、目でも楽しめる。
もちろん! ちょうどデビュー35周年の記念する公演でもありますし、いずれにしても今回の舞台は、“アートオブコラボレーション”と副題をつけていますけれども、僕のコラボレーション作品の自分なりのひとつのまとめ、という感じです。ぜひ、楽しみにしていてください。
左:マニュエル・ルグリ/右:ウラジーミル・マラーホフ
いま世界の頂点を極める男性舞踊手の二大スター、マニュエル・ルグリとウラジーミル・マラーホフ。
間違いなくバレエ史に名を残すであろう、このふたりのスターダンサーによる「ジゼル」でのアルブレヒト対決が東京で実現します!
ふたりのアルブレヒトの役作りを対比することは、古典の名作「ジゼル」にこれまでとは違った角度から光をあてることになり、これまでこの作品に潜んでいた魅力を新たに浮き立たせます。
つまり、これまでとは違う「ジゼル」が動き出すのです“この対決はライバルを叩きのめそうという格闘ではありません。ふたりが演じる至高の美を対比させることは、相手を活かし輝かせることでもあるのです。
♪e+MOVIE♪ ▼東京バレエ団『ジゼル』に出演する「ルグリ&小出領子」よりメッセージ到着!! ▼東京バレエ『ジゼル』に出演するマニュエル・ルグリさんの演技がご覧いただけます ▼東京バレエ団『ジゼル』に出演するウラジーミル・マラーホフさんの演技がご覧いただけます
また、ルグリとマラーホフのパートナーは公演ごとに代わりますが、9月11日(木)と9月16日(火)は、同じ小出領子。
ルグリとマラーホフが同じパートナーを相手にどうアルブレヒトを演じるか、比べて見るのも一興でしょう。
そのルグリ氏のインタビューが届きました!
ルグリ 領子とは『眠れる森の美女』で共演しているので、彼女が役柄に対してどのようなアプローチをとってくるのかなんとなく想像することができます。私にとって領子は、純粋なクラシックバレエのエッセンスを持つバレリーナ。一緒に踊っていると、とても優しい気持ちになれる。なので今回も決して女性に乱暴なアルブレヒトにはならないと思いますよ。
−パートナーによって、ルグリさんのアルブレヒトの解釈は変わるということですね。
ルグリ そうです。私にとっては何よりパートナーが大切。ですから今回は(斉藤)友佳理とも踊りますが、そこではまったく違うアルブレヒトが生まれてくるはず。それに経験を積むにつれ20代のころとはおのずと異なるアルブレヒトが生まれている感覚もある。ですから日本のお客さんも今まで舞台やビデオで見たマニュエル・ルグリのアルブレヒトのイメージを固めずに、私が進化しているのと同じように、進化した新鮮な気持ちで観に来てもらいたい(笑)。20代のルグリのアルブレヒトは、きっとそこにはいないと思いますよ。
しかしいったん勇気を持って、この強迫観念的な「活動中毒」に対する考えを捨ててみる。そして、ゆったりと沈黙のなかに身をゆだねてみる。すると、外の情報に向けていた目が、おのずと内に向かうようになり、それまでとは明らかに異なる風景が見えてくる。思索的に内に向かうことで、余剰な夾雑物が自分の心から洗い落とされ、心の底からなしたいことや考えたいことがシンプルに浮かび上がってくるのだ。これは飲み会ではしゃぐことや、ショッピングに興ずることや、株式投資で大金を稼ぐこと以上に、喜びに満ちた体験だといえる。沈黙と対話することで見えてくる真理――、自分の価値観がくっきりと見えてくることほど人生が十全たる意義に満ちあふれることはない。
『時のなかの時―とき』(C)Sankai Juku
では、そんな有意義な沈黙をこの巨大都市のどこで得ることができるのか。筆者が薦めたいひとつの方法は、山海塾の舞台と向きあうことだ。世界43カ国で活躍を続けるこの国際的舞踏カンパニーの舞台には、筆舌に尽くしがたい美しい沈黙がある。まるで最小限の言葉で最大の哲学を語るような。シンプルでいて力強い思考時間がそこには流れている。だから彼らの舞台に臨むと、人はおのずと日常の世俗的な思考――今日の夕飯のおかずはどうしようだの、明日の会議の資料をそろえなきゃだの、から切り離され生死・時間・宇宙といった茫洋たる思索の海に身を浸らすことができるようになる。そしてそこから顧みて、自分の人生の意味を問いただすことができるのだ。人生を顧みるなんて十代の若者じゃあるまいし青臭い、と顔を赤らめる人もおられるだろう。けれど、たまには自分の価値観を触発し押し広げ浄化してくれるようなこうしたアート作品に触れることは、人として視野狭窄な状態に陥らないためにも必要な行為であるように思える。そう考えると議論し哲学し思索することを愛するフランス人が、山海塾を四半世紀以上にわたり評価しつづけてきたことにも納得がいく。
『時のなかの時―とき』(C)Sankai Juku
山海塾の演出・振り付け・デザインを一手に引き受ける天児牛大は、自身の創作の原点に関して、かつてインタビューで次のようなことを語ってくれた。以下のような平易な質問が、平易であるがゆえに、絶対的な解を得ることなく常に天児の鋭い創作衝動を刺激しつづけているというのだ。
生死とは何か。
時間とは何か。
身体とは何か。
これらは古代哲学の時代から現在に至るまで、洋の東西を問わず人間がつねに考えつづけてきた命題だ。そして普遍的な問いであるがゆえに、いまだ老若男女の誰をも惹きつける力強さを持っている。山海塾の舞台ではこうした始原的な問いを、幽玄な舞、無駄のない美術、叙情的な音楽などを通して観客に投げかける。そして舞台と客席とのあいだにダイアローグのブリッジを築き上げる。一方的に舞台上から哲学を押しつけることはない。彼らは彼ら独特のエナジーレベルの高い沈黙のなかで、観客個々の能動的な思考を押し広げていくのだ。
今回の2年半ぶりとなる日本ツアーでは、『かがみの隠喩の彼方へ―かげみ』『時のなかの時―とき』そして今年5月にパリ市立劇場でワールドプレミアを迎えたばかりの『降りくるもののなかで―とばり』の3作を上演する。それぞれに焦点をあてているテーマは少しずつ異なるものの、上記にあげた、生死・時間・身体という普遍的な問いはすべての作品から丁寧にあぶり出されてくる。
『降りくるもののなかで―とばり』 (C)Sankai Juku
特に最新作となる『とばり』では、生死や時間に対する「なぜ」を宇宙規模にまで拡張。茫洋たる宇宙のなかでちっぽけな人間が誕生し、喜びも哀しみも、光も闇も、夏も冬も、とどまることのない時間のなかでほぼ同等に享受し、いつか訪れる宇宙の終焉に向けて果敢な前進をつづける生命体の姿が描かれる。すでに30年という長き歴史をもつ山海塾だが、フランスの全国紙ル・モンドが『とばり』に関して「この心癒される哲学的な作品に観客は思わず見入ってしまう」と賞賛するように、山海塾の、観客の深い思索を促すスタイルはいまだ力を失うことはない。今年の秋はテレビやケータイやiPodによってもたらされる狂騒的な情報の渦から数時間抜け出して、沈黙の思索のときに、ゆったりと向かい合ってみてはどうだろうか。
『降りくるもののなかで―とばり』 (C)Sankai Juku
>>チケットの詳細・申込み
山海塾 08/10/1〜08/10/5 世田谷パブリックシアター (東京都)
(新作)『降りくるもののなかで−とばり』
http://sort.eplus.jp/sys/T1U14P006001P0050001P002001588P0030023
山海塾 08/10/10〜08/10/13 世田谷パブリックシアター (東京都)
『時のなかの時−とき』
http://sort.eplus.jp/sys/T1U14P006001P0050001P002001588P0030024
山海塾 08/10/25 グリーンホール相模大野 大ホール (神奈川県)
『かがみの隠喩の彼方へ−かげみ』
http://sort.eplus.jp/sys/T1U14P006001P0050001P002001588P0030025
山海塾 08/9/20〜08/9/21 北九州芸術劇場 中劇場(リバーウォーク北九州6F) (福岡県)
(新作)『降りくるもののなかで−とばり』
http://sort.eplus.jp/sys/T1U14P006001P0050001P002001588P0030022
山海塾 08/9/27〜08/9/28
びわ湖ホール 中ホール (滋賀県)
『時のなかの時―とき』
http://sort.eplus.jp/sys/T1U14P006001P0050001P002001588P0030021
♪e+MOVIE★ダイジェスト映像が到着しました!♪
>>山海塾「降りくるもののなかで−とばり」
>>山海塾「時のなかの時−とき」仮名手本忠臣蔵
お待たせしました!
中村勘三郎率いる平成中村座が5年ぶりに浅草寺境内に復活!!
常に新たな挑戦をし続けている中村勘三郎が率いる平成中村座、今年はナント2カ月間にわたるロングラン公演が実現する。まず10月に上演するのが、中村座としては初めて手がける演目『仮名手本忠臣蔵』だ。全十一段をさまざまな視点から構成した4種類のプログラムを日替わり上演するという趣向となる。
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【一般発売】:08/8/29(金)10:00〜
>>チケットの詳細・申込み
8月某日に行われた記者懇親会には勘三郎と、今回初参加の片岡仁左衛門が登場。舞台への意気込みや演目に対する想いを語った。
「以前から、平成中村座には出たいと思っていたんです」と胸の内を語る仁左衛門は、四国・金丸座で過去に勘三郎と共演した折、「こういう劇場が東京にもあったら」と話したことを告白。勘三郎も「そもそもは中村座で生まれた『忠臣蔵』を古典の演出のまま、お客さんとの距離も近いあの小さな小屋(劇場)でやらせていただけるというのは、またいろいろな発見ができると思う」と意欲満々の様子。また「狭い空間なので意思疎通がとりやすい楽屋なんです。つまりみんなが四十七士で、大星由良之助さん以下全員一緒になって演技に取り組めると思う。熱の感じられる芝居を作りたいね」と勘三郎が話すと、仁左衛門も「とにかく中村座はひとつのものを作り上げるためにみんなが一緒になる精神が素晴らしい。誰一人怠けていないし、それが自然に舞台に出ていると思います」。さらには今回の出演者の血液型が全員O型であることまで明かされ「これこそ“O”歌舞伎!」と、勘三郎が笑いとともに会を締めくくった。
そして公演期間中の浅草界隈は江戸時代の街並が再現され、あちこちで大道芸が行われるなど情緒溢れる空間に変身。観劇の行き帰りのそぞろ歩きもいつも以上に楽しいはずだ。この秋はぜひ、粋な時間を過ごしに浅草へ!
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お馴染みの場面から、上演が希な場面まで一挙上演!
平成中村座十月大歌舞伎
通し狂言 仮名手本忠臣蔵
2008年10月2日(木)〜26日(日)
浅草寺境内 仮設劇場
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それぞれに魅力溢れる、4種類のプログラム!
今年の平成中村座はA〜Dまで、それぞれに趣向を凝らしたプログラムが組まれている。ごくごく簡単に説明してしまうと、通常よく上演されるおなじみの段をチョイスした前半がAプロ、後半がBプロ。そして今回の目玉ともいえるのがCプロで、物語を登場人物の一人“加古川本蔵”一家の悲劇という視点から捉えて上演する段で構成。さらにDプロは、誰もが知る大きな役に若手たちがそれぞれ挑むという新鮮さが楽しめる。配役も見せ場も、それぞれのプログラムによってかなり変わってくるのでじっくりとチェックの上、お好みに合わせてどうぞご検討のほど!
| 大序 | 鶴ヶ岡社頭兜改めの場 | 塩冶判官 | 勘三郎 |
| 三段目 | 足利館表門進物の場 | 高師直 | 橋之助 |
| 同 松の間刃傷の場 | 顔世御前 | 孝太郎 | |
| 同 裏門の場 | 桃井若狭之助/早野勘平 | 勘太郎 | |
| 四段目 | 扇ヶ谷塩冶判官切腹の場 | 足利直義/おかる | 七之助 |
| 同 表門城明渡しの場 | 大星力弥 | 新悟 | |
| 薬師寺次郎左衛門 | 亀蔵 | ||
| 石堂右馬之丞 | 彌十郎 | ||
| 大星由良之助 | 仁左衛門 |
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【Bプログラム】16時45分開演| 五段目 | 山崎街道鉄砲渡しの場 | 大星由良之助 | 仁左衛門 |
| 同 二つ玉の場 | 斧定九郎/寺岡平右衛門 | 橋之助 | |
| 六段目 | 与市兵衛内勘平腹切の場 | おかる | 孝太郎 |
| 七段目 | 祗園一力茶屋の場 | 千崎弥五郎/小林平八郎 | 勘太郎 |
| 十一段目 | 高家表門討入りの場 | 竹森喜多八 | 七之助 |
| 同 奥庭泉水の場 | 大星力弥 | 新悟 | |
| 同 炭部屋本懐の場 | 判人源六 | 亀蔵 | |
| 引揚げの場 | 不破数右衛門 | 彌十郎 | |
| 早野勘平/服部逸郎 | 勘三郎 |
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【Cプログラム】11時開演| 大序 | 鶴ヶ岡社頭兜改めの場 | 加古川本蔵 | 仁左衛門 |
| 二段目 | 桃井館力弥上使の場 | 大星由良之助/桃井若狭之助 | 橋之助 |
| 同 松切りの場 | 顔世御前/お石 | 孝太郎 | |
| 三段目 | 足利館表門進物の場 | 塩冶判官/大星力弥(九段目) | 勘太郎 |
| 同 松の間刃傷の場 | 小浪 | 七之助 | |
| 八段目 | 道行旅路の嫁入 | 足利直義/大星力弥(二段目) | 新悟 |
| 九段目 | 山科閑居の場 | 高師直 | 彌十郎 |
| 戸無瀬 | 勘三郎 |
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【Dプログラム】17時15分開演| 五段目 | 山崎街道鉄砲渡しの場 | 大星由良之助 | 橋之助 |
| 同 二つ玉の場 | 早野勘平/寺岡平右衛門 | 勘太郎 | |
| 六段目 | 与市兵衛内勘平腹切の場 | おかる | 七之助 |
| 七段目 | 祗園一力茶屋の場 | 一文字屋お才 | 孝太郎 |
| 千崎弥五郎 | 亀蔵 | ||
| 斧定九郎 | 彌十郎 | ||
| 判人源六 | 勘三郎 | ||
| 不破数右衛門 | 仁左衛門 |
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■公演概要■
通し狂言 仮名手本忠臣蔵
公演日:08/10/2(木)〜08/10/26(日)
会場:浅草寺境内 仮設劇場
【一般発売】:08/8/29(金)10:00〜
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>>チケットの詳細・申込みマーチングバンドやブラスバンド、バトントワリングをミックス。視覚と聴覚を Wで刺激する迫力のステージ。 2部構成のショーで演奏される曲目は観客の心を奮わせる。 打ち鳴らすパーカッション、息をのむ巨大な2つのドラムタワー対決「トライバル・タワーズ」。情熱の燃える赤がきらめき、力強い演奏と動きが印象的なナンバー「マラガ」。心弾むスウィング・ジャズのアップテンポナンバー「スウィング・スウィング・スウィング」。そのほか、クラシック、ジャズ、ポップスなど様々なジャンルの音楽を昇華した極上のエンターテインメント。そしてもちろん「ブラスト!」名物となった休憩時のパフォーマンスやキャストとのミート&グリートも健在。まさに120分ノンストップ、魅了されっぱなし! 43人ものパフォーマーが繰り広げる大迫力の演奏、楽しいステージング。 この夏は、五感をフルにして劇場で「ブラスト2:MIX」を楽しもう! ▼関根勤さん・エド・はるみさんのおススメメッセージはこちら! http://etheatrix01.eplus2.jp/article/102007059.html ▼「ブラスト2:MIX」関根勤さんからの動画メッセージ&舞台映像をご紹介!! http://mv-theatrix.eplus2.jp/article/96951174.html ▼スポーツバトンの“世界チャンピオン”本庄千穂インタビュー! http://etheatrix01.eplus2.jp/article/89333249.html ▼公演特集 http://etheatrix01.eplus2.jp/article/96953180.html 【今後の公演スケジュール】 公演日・会場:2008/8/6(水)〜31(日) 東京国際フォーラム ホールC (東京都) 9/3(水)〜7(日) 中京大学文化市民会館 オーロラホール(愛知 県) 9/11(木)〜15(月・祝) 福岡サンパレス(福岡県) >>チケットの詳細・申込み
>>チケットの詳細・申込み以前、大阪でのテレビ番組の収録の際、スタジオのお客さんの前でネタを披露したことがあったのですが、お笑いに非常に厳しいなという印象を受けましたね。登場した瞬間の盛り上がりは東京と同様ですが、その後の「…で、どんなことをやってくれるの?」という空気が大阪は違う。自分のお笑いをきちんと伝えなくてはと、いつも以上に一つ一つのセリフをていねいに演じるよう心がけたのを覚えています。お笑いの神様にもっと頑張れと言われているようで、芸人として本当にいい勉強になりました。ダウンタウンの浜田(雅功)さんのように、大阪ゆかりの方の物真似ネタも積極的にやっていきたいですし、織田(裕二)さんの物真似が、織田さんが大活躍した「世界陸上」が開催された大阪でできるのも楽しみ。シアター・ドラマシティで新たな挑戦をさせていただける今回、900人の空間に山本高広のお笑いをきっちりお届けできるよう、力を尽くしたいと思っています。
公演日:08/10/19(日)
会場:シアター・ドラマシティ (大阪府)
出演:TIM/アンガールズ/やるせなす/ザブングル/禅/山本高広/ほか
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●維新派『呼吸機械』
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●ヨーロッパ企画『あんなに優しかったゴーレム』
>>チケットの詳細・申込野外劇は基本的にお祭り騒ぎで 松本 そういえば『あんなに優しかったゴーレム』は、俺らの芝居(『聖・家族』)のすぐ後に[さきら](註:滋賀県栗東市の劇場[栗東文化芸術会館さきら])でやったらしいな? 上田 ああ、プレビュー公演はそのタイミングでしたね。 松本 あのポスターに写ってたゴーレムの人形は、芝居にも出てきたん? 上田 出ましたよ。あれが舞台上にまずドーンとあって、という所から始まりました。 松本 動きよんの? 上田 そこがまあ、ポイントなんですけど、見た人の間で「動くんじゃないか?」って話が蔓延して、それで「動いた!」みたいなムードになっていくという。芥川龍之介の『薮の中』みたいな……観客からはもう完全に客観でしかないけど、登場人物にはいろいろ主観があってっていう。いわば超常現象があるかないかの、間(あわい)を見せるような話です。 松本 それをああいう風な、役者の芝居の調子でやってしまうわけ? それが不思議やな。俺この前チェルフィッチュの芝居観てんけど、ずっと役者が舞台上で普通にダラダラダラダラしゃべってるのを見せるっていうやり方は、自分らの方が早かったよなあ(笑)。 上田 それは役者全員がそういう話し方というか、そういう身体なんでそうなってしまうというのが。でも最近は役者の身体性も含めて、ごく日常的な要素をそのまま舞台に乗せた上で、どうやってエンターテインメントに仕立て上げることができるかってことを、すごく考えてます。逆に松本さんはここ最近……この前の『nostalgia』もそうでしたけど、タイムスケールがどんどん遠大になってきてますよね。 松本 大げさになってるやろ?(笑)まあ実際、うちの芝居は難民とか漂流民がよく出てくるんやけど、そうなるとどうしても地理や歴史なんかと抵触する部分が出てしまう。漂流をテーマに据える以上は、やっぱりその辺のことは触れておいた方がいいのかなあと。 上田 人間関係がどうこうっていう局所的な芝居とは違って、広い目で時代をとらえるというか、世界を外から描いていくような視点ですよね。僕はすごい……ものすごい、そのやり方に憧れてるんですよ。自分の作品でも、人間を材料みたいに使って時代のムード的なモノを醸し出そうというのは、結構意識してるんですけど。 松本 そうやねえ。わしは人間の心理とかそういうのはよう描かんし、どっちか言うたら映画的に、カメラを引いて全体の雰囲気を映し出すみたいなことの方がね。 上田 僕それって、実はすごく舞台表現向きの描き方だと思うんですよ。むしろ映画の方が、カメラが寄ることでその人の内面を浮かび上がらせるってことができるから、人間の心理とかを描くのに向いているかもしれない。でも舞台はズームとかができない分、引いた視点で世界全体を見せるようなやり方に、どうしたってなるので。 松本 なるほどね。 上田 だから大劇場で観ると何か空々しく見えてしまう芝居もあるんですけど、逆に『nostalgia』は作品のスケールが空間の広さに負けてなくって、すごく観てて心地よかったですね。それでですね、この作品も含めて、ここ数年ホールでの公演が続いてたじゃないですか? なぜこのタイミングで野外劇をやろうと? 松本 ホール公演が続いたんは、海外公演との兼ね合いがあってん。やっぱり野外は雨が降ったら終わりやから、どの国も「小屋でやってくれ」と言われてね。あと前回の『キートン』で無茶しすぎたんで、しばらくこぢんまりとやっとこうかなあと(笑)。 上田 創作上の戦略とかではなく、割と興行的な理由だったわけで(笑)。野外公演って、どの辺りが一番苦労されますか? 松本 野外はね、基本的に間に合わない。 上田 やることが多すぎて? 松本 そうそう。途中で「こうすりゃええのに」と気が付いても、その頃には作業がどんどん進んどって。「いつ言い出そうかなあ」と、ものすごくビビッてたりするわけや(笑)。 上田 そうでしょうねえ。実は僕もむっちゃ野外劇をやってみたいんですけど、やっぱりすごくハードルが高くて。でもそれができてしまうのって、何と言うんでしょう……公演というよりも、言ってみたらお祭の準備に近い雰囲気なんですかね? 松本 まあ基本的にお祭り騒ぎでやってないと、保たんことは保たんね。やっぱり野外は準備期間が長いから、人によっては3ヶ月ぐらいアウトドアライフをせなあかん。だから作品作りとかじゃなく「祭」を支える的な盛り上げ方をせんと、心身共に保たないというのはあります。かと言って俺まで一緒に浮かれてると、やっぱあかんねん。 上田 はいはい、客観的なバランスはどっかで取らなきゃと。 松本 そうやね。みんなつい観客が入るってことを忘れがちになるから、どうしても俺は客席におって「頑張ってるみたいやけど、こっちまでは伝わらへんで」とか、シビアな視線を送っとかなあかん。だから他の人はお祭やけど、俺だけ葬式やってるみたいな感じや(爆笑)。皆楽しそうにしとって、1人だけ寂しい顔して考え込んでるっていう。多分ね、スタッフが一番楽しいんちゃう? 上田 ああ、そうでしょうね。なんか見ていて「参加したい!」って普通に思いますもん。それってすごい、祭度合いが高いってことだと思うんですけど。 松本 だからそれを高めるために、どんな脚本書いたらええのかなあってね。やっぱりベースに祝祭的なモノがなければという、そんな暗黙の要求をされている感じで。ただ維新派のスタッフは、ストーリーがどうこうって説明しても「……」とか「?」にしかならへんから(笑)、結局は今回の水上舞台のように、メインとなる美術的な仕掛けをお題として与えた方が、むしろ盛り上がる気がします。
舞台に立つ人間は身体に対する思想性を持ってほしい
上田 でもそういう視点があるからか、野外なのに感動的なぐらい快適なんですよね。僕ら以前『ロケコメ!』という番組で、京都のいろいろな場所に行って10分ぐらいの芝居を作って、実際に観客の前で上演するってことをやったんですよ。それで屋内はそうでもないんですけど、公園とかの屋外だと声が散っちゃったりしてなかなかうまくできなかったんです。野外でちゃんと芝居を観せるってことは、やっぱり大変なんだなあって。
松本 結局いくら野外でも、基本的な所で劇場に近づけようとする作業は、どうしても必要なんよ。野外やけれどワイルドじゃないっていう(笑)。初期の頃は、そんなこと全然考えてなかったけどね。
上田 初期っていつぐらいですか?
松本 もう、何十年も前の話(笑)。僕はもともと美術の出身なんで、やり始めの頃は「芝居を作る」って意識がそれほどなかったんですよ。すっぽんぽんになって外を走っとったらええやん、お客さんもその辺に座ってもらったらええやんって感じで。
上田 芝居というよりアートパフォーマンスっていう方が、かなり近いですよね。
松本 当初はね。そこからだんだん劇場化していく過程があって、それはそれで面白かった。やっぱり演劇って大きいなあと思ったわ。単なるアートパフォーマンスよりも、雑多な要素がいっぱいあるやん? そういう楽しさを見出したら、やっぱり「劇場的な法則」というのを意識的にやり出すようになった。でも同時にそういう法則を、できるだけ否定していこうって意識も持たないと、やっぱり野外でやるのに面白くないねん。劇場論理に近づきつつ遠のいていくという、そんなことのリフレインでずっとやってる感じやな。
上田 つまりはある程度コントロールしなきゃ成立はしないけど、閉じこめちゃっても面白くないってことですよね? その間を行ったり来たりすることにこそ、楽しさがある。
松本 そうやなあ。
上田 でも先ほどおっしゃっていた、歴史を題材にされたりとか、あるいは場所にインスパイアされて物語を紡ぎ上げるやり方って、演劇よりもアートの考えに近いんじゃないんでしょうか? たとえば白いキャンバスに絵を描く時って、色は白くても素材感とかはあるわけで、それはもう作品を描く上で無視できないというか。
松本 うん、タッチがあるからね。僕らが絵を描いている時には、もうキャンバスというのが「第1現実」としてすでに1つの現実として存在し、その上に「第2現実」という絵の具を乗せていくっていう考え方があった。これが野外だと、まず風景が「第1現実」としてそこにあるというね。とらえ方として、そういうのはあるかもわからへんな。
上田 それで役者さんを、逆に記号化してみたりということを? 白塗りすることも含めて、場の表情は生かしても、役者さんの表情は記号化してるという印象があるんですが。
松本 確かにどっちか言うたら、記号的というか「表情は抑えてくれ」って言う方が多いね。野外はどうしても空間がデカいし遠いから、表情よりも立ち方とか走り方とか、そっちの方を重視する。だから身体のとらえ方が、よりデッサン的になってるかもなあ。
上田 だからですかね? 僕は維新派の役者さんを、顔よりはむしろ「あの形の人」っていう印象で覚えているんですよ。各々の身体のフォルムに合わせて演出を付けるという方が、野外ではより有効ってことになるんでしょうか?
松本 そうやね。ホンマに役者には失礼やけど、素材的な感じ。だから役者をチーム分けする時も、上手い下手じゃなくて、ちんまい奴と中ぐらいの奴とデカい奴って分け方にしてる(笑)。でも役者たちも、自分たちが何を要求されてるのかは、ちゃんとわかってるみたい。やっぱチビにはチビのやれることしかできへんねんなあ、っていう風に。
上田 それに最近は振付というか、役者さんの動きがすごく複雑になってますよね?
松本 それには単純に、複雑にせんと面白くないからやね。俺はよくダンスを観に行くねんけど、なんか最近のダンスってあんまり面白くないねん。ある程度動きのパターンを覚えて、それを繰り返すようなもんが多いやん? やっぱり舞台に立つ人間は、ある程度身体に対する思想性を持ってやってほしい。わしらはダンサーではないけれど、身体に対する論理をちゃんとつかんだ上で、それをゆっくり作っていくってことはやりたいね。
上田 そうなんですよね。たとえば4拍子の曲だったら、自分でもリズムを取りながら観ることができる。でも5拍子や7拍子になってくると、こっちにはない身体の論理というか、レベルが1つ上のモノを見せられてるって感じがするんですよ。では今回も、野外のダイナミズムはありながらも、結構役者さんにはいろいろと細かい要求を?
松本 うん、かなり厳しくね。6月から稽古始めてんねんけど、本番まで4ヶ月あるやん? 普通の芝居やったら4ヶ月も稽古したら十分やけど、それでも足りるかどうかって。
上田 はあー……相当複雑そうですね。
舞台と琵琶湖が一体化し、役者はまるで水の上に立っているかのよう…
上田 『呼吸機械』は、前回の『nostalgia』の続編になるんですよね?
松本 テーマ的には続編やけど、前のとはまた別の話になりますね。ギリシアのテオ・アンゲロプロスって映画監督おるやん? あの人が「20世紀三部作」いうて、その第1弾として『エレニの旅』って映画を作ってるんですよ。それを観た時に「わしも真似しようかな」と……やっぱりなあ、映画って観たらあかんで!(笑)何かしら影響されんねん。まあでも、南米の次はヨーロッパが舞台というのだけはお題のように決まってたんで、取りあえず第二次世界大戦の渦中のヨーロッパから始めようかなあとは思ってます。
上田 このポスターの写真、すごいですよねえ。
松本 うん。一度ね、水の上で芝居をやってみたかったんよ。人間が立っていること自体が何か危ういという、そういう風景が見たいなあと。それで早速、琵琶湖の湖面上に人間が立ってるように見えるポスターにしてんけど。
上田 へえ……実は『ゴーレム』の発想も、それに近いんですよ。舞台が高さ6尺(約180cm)の所に設置されているんですが、それは人間が普段よりも高い所にいるだけで、きっと常識では得られない異様な感覚が生まれるだろうという狙いがあって。
松本 なるほどね。この写真「CGちゃうか?」って言われるけど、実際に水の中に台を置いて立たせてるんよ。だから舞台の方も同じような感じで、目の前で観てるのに「うそ! これCGちゃうん?」って思ってまうような、異様な風景にできたら面白いなあと。
上田 ……あ!「水上舞台」っていうのはそういうことなんですか?
松本 うん。最後の方で舞台の上に水が流れ込んで河となって、それが琵琶湖と一体になって、役者がまるで水の上に立ってるような状態になるっていうのを考えてる。
上田 水の上に板場を組んで舞台にするのかなあ、ぐらいの印象でした。
松本 やっぱり「びわ湖水上舞台」言うたら、能や歌舞伎のように四角に切った感じの、スウーッと静かに動くような芝居を想像するやろうな。でも琵琶湖って「鏡の如き水の面」とか、静かなイメージを皆持ってるみたいやけど、秋から冬にかけては結構日本海並みに荒れるんですよ。だからそれに合わせて、「静」ではなく「動」って感じの舞台にしたいね。
上田 『nostalgia』に出てきた巨大モンスター〈彼〉は、今回も登場するんですか?
松本 うん。〈彼〉は最初「20世紀が生んだ奇形児」みたいなある種の哲学を持って作っててんけど、それとは関係なしに、そこにおるだけで面白くなってきて(笑)。なんか哀れで、滑稽な存在。だから〈彼〉はこれから、僕の脚本を離れて一人歩きしていきよるんちゃうかなあと。その姿を後ろから見つめて、シナリオ化していく感じになりそうです。さらに今回は〈彼〉に加えて、もっとデカいモンスターを出そうと思ってる。〈彼〉が身長4mだから、もう1つは10mぐらいにするつもり。ただそれぐらいデカいと人力では歩かされへんし、どうやって動かそうか今考えてるところです。だから自分らの芝居の話を聞いた時に、あの人形をどないして動かすのかが気になってね(笑)。
上田 いやもう延々と、ゴーレム取り囲んでいろいろやってるだけですから(笑)。その辺りの所は、東京公演……は見られないでしょうから、ぜひDVDでご覧下さい。
松本 『Windows5000』はDVDで観てんけど、「ガーディアン・ガーデン」の頃からは、ずいぶん作風変わったよね?(註:ヨーロッパ企画が01年の「ガーディアン・ガーデンフェスティバル」の最終予選に出場した際、松本は審査員を務めていた)
上田 そうですね。あの頃はそれこそ会話のアンサンブルだったんですけど、最近は野球みたいにグラウンドとルールだけを決めて、あとはプレイヤー……役者に自由に動いてもらってっていう。それで「誰がどんなプレイをしても面白い見せ物になる」という新しいフィールドを作れないかなというのが、最近の作劇の動機です。そういう「フィールドから発想する」ってやり方は、もう完全にあれですよ、維新派を観て(笑)。
松本 よう言うよ(笑)。
上田 いやいやいや、だってそうですよ。今って映像で何でもできる時代なので、舞台でしかやれない……演劇だからこそ面白いモノって、結構探すの大変やなあと思うんですよ。そういう意味では維新派は、身体を思想的に使うこととか、世界をパノラマ的に見せていくこととか、劇場を飛び出して野外に行かれることとか、全部が演劇だからこその必然という風に、僕には見えるんです。
松本 まあ確かに、演劇とかのライブもんって、これからどうなって行くんやろうなってのはあるね。なんかやっぱり先細りしかね、見えないのが普通やんか(笑)。
上田 だから僕は「横につなげる」っていうのを、最近すごく意識してるんです。たとえば舞台と映像とか、舞台と音楽とか、インターネットとかと。やっぱり横につながっていかないと、どんどんその領域だけで血流が悪くなって終わっていく気がしますんで。
松本 まあ、若いからな! 俺もそういうのんってやろう思ったらできるやろうけど、なんか「おっちゃん無理すんなや」って言われそうで、恥ずかしくてできない(笑)。
上田 いやー、そんなことないですよ!
松本 いや絶対言われるって! まあだからこそ、琵琶湖みたいな所で実験的な芝居をやりたいって思うわけ。それがうまいこといったら、何かライブもんの表現の明日みたいなことが、ちょっとは見えてくるんちゃうかなあと期待してるねんけどね。
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http://eplus.jp/page/eplus/sugu/guide.html■■太平洋戦争末期の広島。 原爆投下直前の街で、ひたむきに生きる人々を描く■■ …… 光は 闇を乞い 心を亡くした 全てを飲み 焼く為に 風は 泣き狂い 街をたぎらせる 太陽は 弾け飛んで あの日 神様に忘れられた僕の頭を砕く …… ◆ストーリー 2008年夏、医療少年院。 親殺害と遺体切断で世間を震撼させた元「少年」が出所した。 自分が生きている事に答えが見出だせない青年は、ふと奇妙なものを見つける。亡き祖母がノート残した日記のような自伝「夏唄」だ。 朧げな記憶で祖母の顔を思い出しながら、ノートを開いた青年は、いつの間にか祖母が生きた1945年の広島へ足を踏み入れる。 路面電車が行き交い、ラジオが流れる街。タイムスリップした青年の目に映る光景は、ドラマのワンシーンのよう・・・しかし戦時下での暮らしはドラマより辛く、ひたむきなものであった。 現代と変わらぬ蝉の合唱を聞きながら、青年は広島の街をさ迷い歩く。祖母の残したノートを手にして。 そして、あの「夏の朝」が訪れる。青い空に、ふと現れた超空の要塞B29・・・その時、現代に生まれた、親殺しの青年は、一体何を見たのだろうか・・・? ◆公演情報 公演名:D・Nプロデュース vol.3 夏唄日記 公演日:7/30(水)〜8/3(日) 会場:シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都) 出演:IZAM/今立進(エレキコミック)/小出由華/他 >>チケットの詳細・申込み 【すぐチケ】セブン-イレブンで支払&受取なら手数料0円! http://eplus.jp/page/eplus/sugu/guide.html
このたび、ブラスト2:MIXのエキサイティング・サポーターに就任しました。
僕はずっと前からブラスト!の大ファンでしたが、このブラスト2を一言で言うと、エキサイティング、スピーディー、間違いなく観客を楽しませてくれるショーです。
僕がお薦めしたい見所は、なんといってもたった1人の日本人キャストでもある、本庄千穂さん。彼女は、バトントワリングで世界チャンピオンに何度もなっている選手で、そのバトンさばきは見物です。他の出演者のパフォーマンスももちろんすごいです。トランポリンでジャンプしながらサックスを演奏するシーンがあるんですが、あれは考えられないです。あの人達の脈拍は1分間に50ないですね。そうじゃないと、あれはできないです。
もし、自分がブラストの一員になるとしたら。僕はドラムをやってみたいですね。ショーの中に、ステージの後ろではバンジージャンプ、その前でずらーっと並んだドラマー達が一斉にドラムを叩くというところがあるんですが、あれには圧倒されっぱなしでした。その激しさといったらまるでナイアガラの滝を観ているようですよ。
ブラスト2:MIXは、楽しくて、迫力満点で、驚きの連続、そして何より元気をもらえるショーです!生で体感すれば、日頃のストレスが発散できること間違いなし!免疫能力まで高まっちゃいます。僕だったら、軽いウイルスなんてパーン!とはじき返しちゃう勢いでした。
更に進化して帰ってくるブラスト2:MIX!ぜひ会場で体感してください!
私は、ブラスト2の大ファンで。サポーターに就任させていただいて大興奮でございます。サポーターを引き受けた理由?むしろ、私がお聞きしたいです。引き受けない理由がございますか?こんな素晴らしい、パフォーマンス。そしてこの仰せつかった任務、全うさせていただくこの喜び。あふれ出る想い。断る理由など、ございません。
ブラスト2の魅力。それはまさに、演じている皆さんの熱い心、そうハート。そしてそれを体現する高い高いテクニックー!その二点です。神はいくつの天賦をこの43人の方々に与えたのでしょう。そのパフォーマンスをご覧いただけたらと思います。
出演される43人の方々。やはりみなさん、イケメン、そしてお綺麗。そして鍛えられた肉体と磨き上げられたテクニック。その一人一人が、ステージ上の一瞬でさまざまなことをやられています。どこを見ても、手を抜いている方など1人もいらっしゃいません!みなさんも、それぞれその瞬間を楽しんでください。色んな想いが溢れ出るキラキラした瞬間がございます。ぜひ、瞬きなどお忘れになって!!
ダンシングー!もすごいです!さらに、バトントワリングー!も加わって生音の迫力はまさにエキサイティングー!更に進化して帰ってくるブラスト2:MIXにショッキングー!ぜひ、会場に行ってミーティングー!してください!!
▼「ブラスト2:MIX」関根勤さんからの動画メッセージ&舞台映像をご紹介!! http://mv-theatrix.eplus2.jp/article/96951174.html ▼スポーツバトンの“世界チャンピオン”本庄千穂インタビュー! http://etheatrix01.eplus2.jp/article/89333249.html ▼公演特集 http://etheatrix01.eplus2.jp/article/96953180.html
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>>チケットの詳細・申込み<斎藤> 「上川さんとやっていると、“あーこの人は本当に芝居が好きなんだなぁ”と思うんですね。上川隆也っていうナマの自分を出さない。必ず役としてそこにいる。それはすごいことだと僕は思ってるんですよ」。 <上川> 「これは僕にとっては劇団以外の初めての舞台だったんですが、不思議な充足感を持って板の上にいた記憶があるんです。自分は全然100には足りないけど、それが不安にならない。ふたりしかいない舞台の上がものすごく満ちている。これはもう、斎藤さんに委ねることができたからだとしか言いようがありません。本当に、ただ濃厚な空気に身を預けていられた感じがするんです」。 そのふたりだけの舞台で描かれるのは、まさに濃密な世界である。若い俳優を訪ねてとある劇場にやって来た中年の弁護士。彼は過去に体験した恐ろしい出来事を、俳優の力を借りて再現し始める。若き日の弁護士を俳優が演じれば、弁護士は彼が出会った人々に扮することに。舞台に置かれたわずかな小道具は馬車になったりデスクになったり。想像力を刺激する劇中劇が繰り広げられるのだ。 <斎藤> 「この芝居は、実に不思議で複雑な構造を持っているんですね。最初はこんなことが自分にできるのかと思いましたよ。でも、ロビン・ハーフォードという演出家がわかりやすく演出してくれたこともあって、この構造がどんどん楽しくなってきた。こういう楽しみは、ほかの芝居では僕も経験したことがないですね。ひとつの役を求心的に深めていくというのではなく、逆にどんどんいろんなことが出てくるんですから。お客さんにとっても、役者の感性をいっぱい感じられるという面白さがあるんじゃないでしょうか」。 <上川> 「斎藤さんに比べると僕が演じる人格は2つと少ないんですけど。でも、確かにそれをことさらに追い詰める必要がない芝居なんですね。むしろ、非具体的なものの上にお客さまがいろんな情景を見出していくという構造なので、ある程度の余地があって然るべきだといいますか。ですから、いかようにでもアプローチできますし、どんなやり方を選んだとしてもちゃんと着地していくんです。この不確定なものをお客さまがどんなふうに補完して見てらっしゃるのか。演者としては、それを想像できる楽しみもあるんですね」 そうして想像力を駆使していった先に観客を待っているのは、すさまじい恐怖である。この“ホラー”を表現するにあたって、工夫していることはあるのだろうか。 <斎藤> 「いえ、怖がらせようとしなくても、お客さんは素朴に怖がってくれる。それがこの芝居のすばらしいところなんです。細かい段取りはあっても、それが計算でやっているように見えない。だから我々も、自然な芝居をやることがいちばん重要で。といっても、それほどの難題はないんですが(笑)。ただ、これまでの公演でも大きい劇場だからといって声を張ろうなんて思ったことは一度もないんです。お客さんが聞こうとしてくれるから、小さな声で話していても聞こえる。マイクなんかなくても。それは衝撃的でしたね」。 <上川> 「その通りなんです(笑)。どんな劇場でもお客さまのほうが寄ってきてくださるんですよ。演出のロビンさんもそれがわかってらっしゃるんでしょうね。だから、斎藤さんと僕がリアルな距離感で芝居することを求めてらっしゃるし、お客さまは臨場感を持ってその空間を共有することになる。実に巧妙な作りになってるなと思います」。 イギリスで生まれた芝居が国境を越えて受け入れられているのは、この巧みな劇構造ゆえ。それに日本人ならではの情緒が加わって、さらに深みが増した芝居になっていった。今回は、日本全国での公演とともにロンドンでも上演されるとあって、期待は尽きない。 <上川> 「日本版にはロンドン版にない湿度やぬくもりがある気がするんです。自分で言うのも変なんですが(笑)。でもだからこそ、これをロンドンのお客さまがどう受け取ってくださるのかとても楽しみにしてるんですね」。 <斎藤> 「怨念とか怨霊というものに対して、僕ら日本人は、ただ怖いだけじゃなく悲しみの感情が入り混じるんでしょうね。それが上川さんの言うぬくもりになっているのかもしれない。しかし、どんなカタチでもどんな場所でも、この芝居は大丈夫だって思うんです。だってこれは、お客さんの想像力によって成立する芝居なんですから。無責任な言い方ですけど(笑)、研ぎ澄ました感覚で見ていただければ、それだけでいいんですよ」。 ★特集ページはこちらから★ >>チケットの詳細・申込み
>>チケットの詳細・申込み■■■ 男女のストロングな格闘 ■■■ ──ルヴォーさんが考えるこの『人形の家』の素晴らしさとは、どういうところですか? 100年以上も前に書かれたものなのに、結婚生活のなかで男女が話し合わなければならないさまざまな問題点が、ダイレクトに取り上げられています。日本でも最近、結婚しない人が増えているようですが、それは若い女性が自立したいと思っていることが大きいと思います。この戯曲はまず、どのようにすれば結婚はうまくいくのだろうか?というテーマを与えてくれています。また1つのケースとして、この戯曲を通して自分たちのありかたを見直すことになればいいし、どうしたら男女関係がうまくいくかという答えの1つになると思います。 ──「新しい女」ノラの自立の物語として長く受け止められてきましたが、ルヴォーさんの視点では、男女の愛の戦いということですか? この戯曲には、男女のエネルギーのぶつけ合いが描かれています。格闘するストロングな関係です。ノラは戦う女性で諦めないし、おもしろい女性だと思います。そして最終的にはこの物語には1つの視点があります。女性の自立というテーマは、もちろんこの戯曲に存在していますが、問題はそんなに簡単ではないんです。ノラの場合は子供がいますし、しかも結婚が失敗だったという単純な判断はできません。夫のトルヴァルはノラを愛しているんですから。ただその愛し方が、彼の生きている社会の価値観によるものであり、彼自身がそのことに気づいていないのが問題なのです。単に暴力的な夫に立ち向かう妻の話ではないんです。またノラは夫にいつも子供扱いされているのですが、彼女のなかにあるものがそれを許しています。つまりこの戯曲は男性と女性の両方が対等であること、互角に話し合うことが大事だと言っています。 ■■■ 自由と困難がノラを待っている ■■■
──主演の宮沢りえさんと堤真一さんにはどんな感想を持っていますか?
2人がコンビを組むのは初めてということで、楽しみです。堤くんとは1990年にTPTのプロジェクトで出会って、それからたくさんの舞台を一緒に作ってきました。今の彼は人間としても俳優としても大きくなってますし、舞台にこだわり続けていることは素晴らしいと思います。彼が演じるトルヴァルという役は、とても視野の狭い世界観を持っている男性ですが、大きな教訓を学びます、どれだけ自分が変わらなくてはいけないかに気づくんです。もちろん彼だけでなくみんなが変わらないといけないのですが。ノラ役の宮沢りえさんとは初めての仕事になりますが、独特な魅力を持った女性であり女優だと思います。現代的で自立心を持っている。そんな彼女がノラとして、人形から1人の人間になっていくプロセスを見せてくれることは、とてもエキサイティングだし期待しています。
──ルヴォーさんの演出は、とても洗練されていて現代的で、どんな古典作品でも今の時代にフィードバックしてしまうのがみごとだなと。
私はノスタルジックな作品は作りたくないし、今の時代に適応した方法で戯曲をアダプテーションしていきたいと、いつも思っています。現代的な装置やビジュアルは、観客を物語に入りやすくさせます。まだ現段階では決め込んではいませんが、たとえば衣装だけはクラシックにするのも面白いかもしれません。なぜなら、違う時代のものを持ち込むことで対照が生まれるからです。現代のレンズ越しに見ることで、古くからある世界がより明確に見えるということなんです。シアターコクーンという劇場がある渋谷は、現代的な街で若者も多いところです。そこで『人形の家』が、どこまでリアリティを持てるか、それが私の挑戦でもあります。
──この芝居の最後は、ノラが家を出ていくことで終わりますね。ルヴォーさんは、その後のノラについて答えをお持ちですか?
ノラのしたことは勇敢な行為ではありますが、それが成功かどうかといえば難しいです。ノラが出ていく社会は、まだ現代のように成熟していませんし、夫だけでなく子どもまで棄ててくることは批判されると思います。たくさんの困難がノラを待っているでしょう。出ていくぎりぎりまで、彼女は戦っています。なんとかこの結婚を破局から救いたいと思っているからです。彼女が最後に締めるドアの音は勝利感ではないんです。でも彼女が踏み出した1歩は、100年後の私たちが手にしている自由への1歩です。また、この物語を観ることで、観客はうまくいく結婚生活を思い描くことが可能です。男女双方が少しだけ自分を変えればいいのだと教えてくれています。でも、それは簡単なことではありません。『人形の家』は、女性の自立というテーマだけでなく、いつの時代にも男女の愛の厳しさは変わらないということも描いています。だから、いつまでも普遍的なのです。
■ 公演概要 ■ 日時:2008/9/5(金)〜9/30(火) 会場:Bunkamura シアターコクーン (東京都) 出演:宮沢りえ/堤真一/山崎一/千葉哲也/神野三鈴/松浦佐知子/明星真由美/他 作:ヘンリック・イプセン 演出:デヴィッド・ルヴォー e+プレオーダー:7/1(火)12:00〜7/8(火)18:00 一般発売:7/19(土)10:00〜 >>チケットの詳細・申込み
>>チケットの詳細・申込ドラムストラック and 石川直 at『アフリカン・フェスタ2008』 海風を感じる横浜・赤レンガ倉庫の野外ステージに、開演30分以上も前から観客が集まり、座席を陣取った。客席に用意された50個のジェンベと呼ばれるアフリカンドラムを手にして、大人も子どもも嬉々として叩きながら、開演のときを待っている。皆、太鼓を手で叩くという行為に、驚くほど先入観や照れがない。 『ドラムストラック』のメインキャストのリチャード、マンドラ、ターボがステージに現れ、ジェンベという片面太鼓や、スティックで叩くドゥンドゥンという三連の両面太鼓を携えた。冒頭からジェンベを肩にかけたファシリテーター(進行役)を務めるマンドラが人懐っこい笑顔と、大きな身振り手振りで、巧みに観客を巻き込み、ともにリズムを奏でていく。リチャードはジェンベを両手に、ターボはバスドラムの役割を担うドゥンドゥンによって、個々に全く違うリズムを刻み、複雑なアンサンブルを生み出していた。キャストの繰り出す複雑なリズムと、観客の思い思いのリズムが不思議と折り重なり、打楽器ならではの温かみのある音色と、場内の一体感が味わえる。パーカッショニストの石川直もジェンベを手にして途中参戦し、リラックスした様子でリズムを刻んだ。セッション半ばからスネアドラムに切り替え、エッジの利いたソロ演奏でも魅せてくれた。 後半、マンドラがハンドベルやシェイカーなど、多種多様な楽器を次々と取り出しては演奏して見せ、観客に手渡して演奏に加えていく。石川はこの間、シェイカーを振って、援護する。終盤にはマンドラがコール・アンド・レスポンスや手拍子で、客席の周りを二重三重に取り巻く楽器を持たない立ち見客をも扇動し始めた。声や手拍子すらも楽器に成り得ることや、誰にでも音を奏でたい原始的な衝動があることを裏付けるかのように、会場は盛り上がりを見せる。MCではリチャードが「日本初演となる『ドラムストラック』で音楽、伝統舞踊、歌などを通して、南アフリカの文化を分かち合いたい。楽器ができない人でも、心臓が鼓動してリズムを持っている。どんどん参加してほしい」と語りかけた。オフ・ブロードウェイで公演を見たという石川も「ニューヨークでは『ドラムストラック』に『ブラスト!』のメンバーもふたりほどドラムで加わっていた。とても楽しいショーで元気になれること間違いなし」と太鼓判を押す。2008年は8月の日本公演以外に、ニューヨークでのリバイバル公演も決定。客席数と同じ数だけジェンベが用意される同公演、キャストとともに夢中でリズムを刻む時間を過ごせば、心地よい達成感が得られるはずだ。 ■e+ special interview ドラムストラック×石川直 ドラムは人間がひとつになれる機会を与えてくれる ――先ほど初セッションを終えられて、いかがでしたか。
リチャード 石川さんは技術を研磨されて、最高峰まで到達している、素晴らしいアーティストだと思います。我々にとって、共演は本当に名誉なことでしたね。
石川 僕も何百年、何千年と文化に根付いているもので、人間の遺伝子に組み込まれているかのような現地の人達の作り出すリズムというのは、理屈抜きで面白く、最高でした。リズムをやっている人間としては、思わず叩かずにはいられないし、逆にこれ以上、被せたい音がないところもありましたね。
――南アフリカでは、ドラム演奏が日常生活に根付いているものだと聞きます。実際、どのような形で市民に浸透しているのでしょうか。
マンドラ ご存知のように、太鼓は何百年も日常の一環として、いろんなコミュニティで演奏されてきました。例えば、葬式や結婚式という場をひとつにするために、太鼓を叩くというコミ





